改めてウェスタダンジョンへ
「これが私の剣、ですか」
試作品を受け取ったオーレリアは、刃を太陽に透かしながら確認する。
綺麗に鍍金してあるので一見しただけで国に納めた聖剣と違いを見つけるのは難しい。僅かな違いはその刃、恐ろしく鋭利に研ぎ澄ましてある。
これは陛下の剣を錬成した時にはなかった技術。構築の魔法陣を改良する事で微細な加工も可能になった。
どれくらい鋭いかと言うと、うっかり落とした際に強化樹脂製の実験台の天板があっさり切れた。こんな鋭い刃先、普通ならすぐに欠けてしまうのかもだけど、“永続”、“不壊”のオリハルコンには関係ない。どれだけ薄く加工しようと、決して砕けない。
絶対に人に向けちゃいけない武器が出来た。多分、肉との区別なく骨を断つ。
「形状は一般的なロングソード、いつも使ってるレイピアとは勝手が違うけど大丈夫?」
「ええ、軍の訓練ではこれを使う事も多いですから違和感って程はありません。突けない訳でもないですよね?」
「うん。欠けも折れもしないから、多少無茶に扱っても問題ないよ。ただ、鋭さが効果を発揮するのは斬った時かもね」
「……少しずつ慣らしながら戦術を増やしていきますね」
試しに何度か振ってみるオーレリアは、白い軌跡を描いた。遠目にもオリハルコンの輝きだと分かる。
「見た目にも美しい剣になりましたね」
「ありがとうございます」
イローナ様にも好評だった。
もっとも、この後の試し斬りに彼女は同行できない。監視役とは言え王族をダンジョンへ連れて入る訳にもいかないので、詳細をまとめて報告する事になっている。
イローナ様、毎日夜にはウェルキンで王都に帰るからね。
「それにしても依頼してからもう3週間、長い滞在になりましたね」
完成した潜行エレベーターへ向かいながら思い返すと、もうそんなにかと驚いた。王城へ行ったりイレギュラーはあったけど、基本、オリハルコンと戯れていたからあっという間だった。
「一番大変だったのはオーレリアじゃない? オリハルコンを魔力で飽和させるの、苦労してたみたいだし」
「あれは、まあ……。でもこうして完成したなら苦労なんてなんでもないですよ」
オーレリアの剣はその機能上、彼女の魔力を限界まで充填してある。
魔法剣を扱うには珍しい作業じゃない。ただしオリハルコンの魔力受容量が並外れて高い為、使用しているのが僅か数グラムにも関わらず、かなりの苦行になったらしい。
例えるならコップで水を運んでお風呂を一杯にするようなものかな。コップを満たすだけで全身の魔力を絞り切るから、体力の消耗も半端じゃない。私なら瞬きする間の作業を、彼女はポーションで回復しながら6日を費やした。
その間、ずっと恨めしい視線を向けられてたよ。
その甲斐あって“煌剣オーラム”はオーレリア固有の武装となった。
私としても、満足のいく出来になったかな。
潜行エレベーターはウェスタダンジョン入り口から少し離れた場所にある。構造が入り組んでいるから直線で繋ぐって訳にはいかない。そして浅階層へ繋ぐ意味も薄いので、地下20層までは5層毎、その先は毎層を結んでいる。
設置個所は基本的に外周付近で、探索の記録から比較的魔物の出現が少なく、開けた場所を選んだ。設置時には、周辺に比べてダンジョンの含有魔力濃度が薄い事をノーラに確認してもらっている。
それでも到達と魔物との接敵が重なる可能性は残る為、搭乗部分を接壁させず、出入り用のダクトを伸ばす方式を取った。数名が先行して周辺の安全を確保、その後私達が下りる番となる。
ダンジョンには元々魔素が無いから、魔道変換器で魔物を遠ざけるって訳にもいかない。何か魔物避けを考える必要があるね。
「それに地中からも魔素が供給できません。どうしても動力は魔石に頼る事になりますね」
この設計を僅か3日で終わらせたキャシーがぼやく。できるならアビスマール同様に地中の魔素で賄いたかったと口惜しさが滲んでた。
ちなみに、彼女はオリハルコンの研究に混ざりたいからって設計を急いでおきながら、イローナ様や日参する貴族に会いたくないと、その後の組み立てにも携わっていた。
「そうなると、探索を始めたばかりのダンジョンへの設置は難しいかもね。ある程度強力な魔物が頻出する階層までは、これまで通りで続けてもらうしかないのかな」
「ダンジョンがどれだけ続くかなんて分かりませんからね。あんまり慌てて設置すると赤字って事になりかねません」
「ウォズに費用対効果を計算しといてもらおうか。それを提示した上で設置を判断すればいいかな」
「オリハルコンみたいに希少な鉱石が採れるとも限りませんからね」
「ただ今回の成功で国家事業にできるかもだから、いつでも数字は提出できるようにしておいて」
「はーい」
ご機嫌でキャシーが資材一覧の見直しに移った。
それもその筈、自然にグリットさんと手を繋いでいるからね。護衛なんだか、ただデートしてるんだか、よく分からない。
羨ましく思うのも馬鹿らしくなるよね。モチベーションが上がるなら何でもいいや。
31層のエレベーター設置場所は確定していない為、私達は29層へ向かっている。ついでにオリハルコンの採取場所を見ておきたい。
大きく迂回しながら潜行するので、すぐ到着って事にはならない。私も報告書を作成しながら過ごした。
辿り着いた29層は、浅層とは世界が違っていた。
洞窟って感じの印象とは異なり、空間はドーム状に広がって、岩壁は宝石みたいな光沢でキラキラ輝いている。
もっとも本当に宝石ではなくて、魔力が凝縮して光を帯びているらしい。原理的には潜航艇で見た地中の煌めきに近いのだとか。
なのでダンジョン外へ持ち出しても、多少含有魔力の高い土塊でしかない。
「先行します!」
私の関心を余所に、オーレリアが通路の先へ飛び出した。
エレベーターからの下乗は無事済んだものの、その様子を窺う魔物がいたみたい。
一番に斬りかかるオーレリアを、誰かが止める様子はなかった。伯爵令嬢が斬り込むのも、カロネイアでは普通の事なんだね。
―――ギッ!!
―――ギャッ!
―――ギギッ!
身の丈3メートル近くある蟻っぽい甲殻魔虫は、3匹まとめてあっと言う間に斬り伏せられた。
防御の為に前脚をかざした個体もいたけれど、そのまま袈裟斬りにされただけだった。なんて言うか、まるで相手になっていない。
「……」
さっすがオーレリア……とか感心しているのは私達だけだった。
斬ったオーレリアの方が驚いて見える。
他のカロネイアの騎士達も、援護に向かおうとした姿勢で固まっている。爆笑してるのは将軍だけだね。
「どうしたの?」
「いえ、竜の鱗に近い硬度を持つ厄介な魔物だったのですけど……」
「へ、へー…………」
一撃だったよね?
私、とんでもないもの作ってない?
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