オリハルコンの研究
オリハルコンを加工した反響は、私が考えていた以上に大きかった。
自領にあるダンジョンからもオリハルコンが出ないかと発掘に力を入れるくらいならいい。技術協力を求められるならできる限りで助力したいとも思う。
「ノースマーク子爵、是非とも我がノセボ伯爵家にも聖剣を!」
問題は、こんな貴族が次々押し寄せてくる事だった。山の深いウェスタダンジョン攻略基地に、貴族車両が連日並ぶ。
それ以上に積み上がった面会の打診だけなら、断れば済む。でも直接来られてしまうと会うしかない。都市間交通網の試験走行は始まっているけど、ウェスタダンジョンは路線上にない。コントレイルを私的に運用できるのは私達くらいだから、ノセボ伯爵達は山を越えてきたって事になる。それを門前払いにするほど鬼にはなれない。
欲の皮は厚くても行動力はあるって事だから、会う価値はあるかもと割り切った。
研究の手を止めるほどとは思ってないから、面会は実験室になる。礼を失していると怒るかとも思ったけれど、間近でオリハルコンを見られると好評だった。
私の隣でお茶を飲んでる人がいるけど、熱弁に夢中で気にならないみたいだね。
そして今日も、ノセボ伯爵家がどれだけ歴史ある家なのか、そこへ聖剣をもたらす事が如何に栄誉なのかを熱く語ってくれた。私みたいな新興の子爵には光栄な事らしい。子爵家の発展の為に今後も支援すると言ってくれたけど、ガノーア元子爵からふんだくったのでお金には困っていない。と言うか、提示された金額はオリハルコンの剣を買うにはゼロが2~3個足りていない。
勿論、耳には入っても頭には残っていない。
昨日はギヤク子爵だったかな。記憶してないけど記録には残っている筈だから、後で名前だけは覚え直しておこう。
「どうだね? 私にとっても君にとっても悪くない話だと思うが」
ここに来る時点で成功者ではある。
当人の才覚であろうと、周囲の才覚であろうと、領地が発展しているなら当主の実績に違いはない。
オリハルコンの価値を低く見積もり過ぎではあっても、これだけの金額を提示できる自分はオリハルコンを手に入れるのに相応しいと本気で思っているみたい。墳炎龍討伐の時も似た問い合わせはあったし、潤沢なお金があると虚栄心を満たしたくなるんだろうね。
「では、こちらの書類をご記入いただけますか?」
「ん? 書類?」
「ええ、研究の為に管理を任せていただいておりますが、私的に流用できる権限はありません。収支は国へ報告しなければならないのです。ですから、聖剣を願うなら国の許可を貰わなくてはなりません」
この手の人達に理屈が通じるとは思ってないから、私は国家権力を頼る。
「聖剣を要求する正当な理由と希望量をご記入ください」
「あ、いや、その、これは……」
書類を見た途端にしどろもどろになるところが皆同じで、思わず笑ってしまいそうになる。
国を動かすほどの影響力はないけど、小娘なら言い包められるとでも思ったのかな。ついでに私が元侯爵令嬢だって事を忘れている点も共通してる。自力で領地を勝ち取った私に、栄誉とか今更だって気付いてほしい。
代替わりしたディルスアールド含めて4大侯爵家からこんな注文が来なくて、ちょっとだけ安心した。
「それとも直接希望を伝えられますか? 丁度、ここにイローナ様がいらっしゃる訳ですし」
「!?」
「そうですね。監視役として派遣されている身ですけれど、ノセボ伯爵の意向くらいは陛下に伝えておきますよ」
私の隣にいるのがイローナ様と気付いて、伯爵の顔が一瞬で青くなった。
公式の場ではジローシア様が殿下の隣に立つ事が多かった為、イローナ様の顔はお茶会に出席しない男性にあまり知られていない。王城へ招かれる機会も少ない伯爵が気付けなかった事自体は責められない。イローナ様も名乗らなかったし、化粧次第では尚更だよね。
ついでにウェルキンで共に移動したのでここに王家専用車両の影はない。
監視役と言うか、進捗が気になるディーデリック陛下への伝達役だけどね。
「いえ、これはそんな心算ではなかったのです! 少し気が急いたと言いますか、打診だけでもしておきたかったと言いますか、あわよくばと思ってしまっただけなのです。勿論、本意ではありません。当家が王家に並ぼうなどと不届きな事を考えている訳ではないのです。その、今日のところは失礼します!」
いろいろ失言を零しながら、これまでの来訪者と同様にノセボ伯爵も帰って行った。一々言葉尻を追及するほど狭量じゃない。あれを補佐するのは大変だろうなって彼の部下に同情しながら、私は伯爵を見送った。
これで静かになったから、作業に集中できるよ。
ちなみに、ウェスタダンジョンへの飛行列車の最寄り駅はコールシュミットになる。ここへ来る前に大貴族へ挨拶しない訳もないから、彼に釘を刺してもらおうかな。
「ところでスカーレット様は何を作っているのですか?」
去った伯爵にはさして興味もないのか、お茶を置いたイローナ様は試作中の剣を覗き込む。
「オリハルコンと聞くと、どうしても聖剣を連想する人が多いようですから、まずは武器としての可能性を追求しようと思ってます。部分的な使用での魔法剣ですね」
魔力充填器を作りたいところではあるけれど、分かりやすい形で成果を示す事を優先した。ダンジョン攻略を支援すればもっと美味しい素材が集まるかもなんて、ほんの少ししか期待していない。
刀身は別の金属を用意して、刃にオリハルコンを鍍金する。
魔力を吸引しても不壊特性は完全に失われないと分かったので、何処までも薄く延ばせる。おかげで厚みが単分子での鍍金も可能になった。現状、私の拳大の鉱石しかないから節約は必須だよね。
陛下に献上した剣についても刀身を透けるくらい薄くする事も出来たけど、あんまりオリハルコン量が少ないと威厳が欠けてしまうから仕方ない。
オリハルコン鉱石にダンジョン壁の一部が付着していた事で予想できた通り、オリハルコンとの接地面は合金になる。不壊特性も移るので砕けない。
この性質は鍍金する上で非常に助かった。何しろ剝がれるって心配が要らない。
ダンジョン壁のように、高い魔力を含有する物質ほど強く結合する。そこで刀身には、旋風竜の鱗を練り込んだ合金を用意した。
旋風竜はダンジョンの29層にいたと言う。
凍り付いた旋風竜を見て、私がいなくても帝国の運命は変わらなかったんじゃないかなって改めて思ったよ。
「あの……、スカーレット様?」
作業を続けていると、イローナ様が不安そうな様子で話しかけてきた。
「貴方が今研究している使い方と言うのは、陛下の聖剣でも再現できるのでしょうか?」
「今すぐと言うのは無理ですね。でも大丈夫ですよ。試作品で課題を洗い出した上で、その結果を基に陛下の剣にも改良を加えますから」
「そうですか、良かったです」
私の回答は満足のいくものだったみたいで、イローナ様は心底ほっとした顔を見せた。
大事な事だよね。
武器にこだわる気はないけどオリハルコン製の魔道具を次々開発して、陛下の剣をただの金属の塊にしておくと大変な事になる。具体的に言うと、駄々をこねる陛下が想像できる。
無駄に権力を持った人の機嫌は取っておかないといけない。
結果として戦略兵器になるかもだけど、国の象徴だしそのくらいは許されるんじゃないかな。
「ただその為にも、新しい技術を完成させなくてはいけません。使用者はオーレリアを想定しています。彼女へオリハルコン武器の正式な譲渡を申請していただけますか?」
「……そうですね。カロネイアにはオリハルコン発見の功績があります。その褒賞と考えれば難しくないでしょう。私の名で提案しておきます」
「お願いします」
よし、これで言質は取れた。
オーレリアの為なら、益々作業も捗るね。
新しい剣に使用するつもりなのはせいぜい数グラム。
もっともこれで城が建つけど、これからオリハルコンが生み出す利益に比べたら安いよね。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




