水地両用潜航艇
何だかんだとダンジョン行きはあっさり決まって、翌日には準備が進む。
交通事情が激変したとは言え、貴族の移動に荷物は少なくならない。今回持って行く執務は最低限だとしても、研究に必要な機材は一通り運び込まれてる。
ダンジョン行って、素材を扱う設備がないとかあり得ない。
ウェスタダンジョンの深階層は新素材も多いと聞くから試したい実験も多い。オーレリアの情報から思い付く限りの機材を積み込んだ。
「………………」
その様子をオーレリアが呆気にとられながら見学していた。
何しろ、今回乗るのはウェルキンでもコントレイルでもない。
船を開発するのだと知らせてはいた。
この国の、と言うか大陸の何処にも存在しない船を作るんだって表明してきた。
見た目で船と分からない代物になるって事も伝えたと思う。
で、その新規開発された船体へ荷物が次々吸い込まれてゆく。
目の前の新造船でダンジョン、内陸へ行くと決めている。
色々訳が分からない。
そんな様子だった。
「忘れてた訳じゃないんです。ただ少し離れた時間が長くなったせいでいつものノリに付いて行けないと言いますか、世間との乖離に改めて驚いてしまうと言いますか、我ながらよく馴染めていたものだと感心してしまいます」
「何の話?」
頭痛がするみたいにオーレリアが顔を俯かせているから何事かと思ってしまう。
「レティが非常識だって話です」
「……酷い」
「船でダンジョンへ行こうって人が言う台詞ですか?」
「え? だって、水陸両用だよ」
「不思議そうに言わないでください。普通の船は陸に適応しないんです!」
私にとってもそうだけど、ここは魔法の在る世界だからね。
“普通”なんて歪める為に存在する言葉じゃないかって、最近では思ってる。前に風に乗って漂う蛸、とか見たしね。
そして、呆れるオーレリアに恐縮するのがノーラだった。
「ごめんなさい。わたくしがつい、思い付きを口にしてしまったんです……」
「ノーラの発案なのですか?」
「そうだよ。海に潜る船、潜水艇を作るなら、液状化の魔道具を応用すれば地面にも潜れるんじゃないかって」
「いえ、可能かどうかが気になったので少し聞いてみただけなのです」
「……目に浮かびますね。俄然生き生きし始めたんですよね、レティが」
「はい、そんな感じでしたわ」
「でも面白いと思わない? 速度的には空を行くウェルキンやコントレイルに劣るけど、誰にも気付かれず移動できるよ。どんな場面で使えるかはこれからだけど、諜報とかにも便利じゃない?」
「帝国との関係が過去のままなら重宝したかもしれませんね。でも戦勝国となった今では意義が薄いです」
確かにそうだね。
敵対関係にない皇国や北の小国家群にこんなものを潜ませたとして、もしもばれたら速攻で国際問題になる。
「画期的である事は間違いありません。非公表の視察、お忍びの訪問、秘密裏の調査……活用先はありそうですね」
「そうそう。その意味では、今回ダンジョンで試せるのはありがたいって思ってる。利用の可能性は広がってほしいしね。上手くいくならって前提だけど、階層を繋ぐエレベーターみたいに使えるかもよ?」
「それは攻略がぐっと楽になりますね」
「ま、現地で確認してみないと何とも言えない訳だけど」
ダンジョンは分かっていない事が多い。
長い時間をかけて自然発生する洞窟と違い、ある日突然入り口が開いたって報告もある。その時点で構造は完成していて、次々魔物も生む。
共通してるのは内部が複雑な迷宮となっているってだけで、深度も、生息する魔物の傾向も、構成する材質に至るまでダンジョン毎、多岐に亘る。
「あくまでも洞窟風、建造物っぽくはないんだよね?」
「ええ、足場も覚束ないゴツゴツした岩場でした。柱や回廊、人工物のようなものは見ませんでしたよ」
「なのに崩落とかは聞かない。魔法的な作用で形を保っているとも考えられるけど、アイテムボックス魔法みたいに別空間って線もあるよね」
「ワーフェル山のダンジョンは核となった魔道具を中心に広がっているようにも見えました。力場を広げ、範囲内を掌握しているのではありませんの?」
「でも規模が大きいのが気になるよね。しかもウェスタダンジョンでは深層ほど広がったと言うし。それで空気は地上と同じ組成で満たしてある。自然の洞窟ではあり得ない。まるで、別の法則が働いているみたいじゃない?」
「魔物が生まれるのはダンジョンの内側だけ……、呪詛の作用とは言え、ワーフェル山のダンジョンも境界は明確でした。特殊な法則が働く空間が現世に重なった、と言った説はあり得そうですわね」
「その場合は地中から深層へ乗りつけるって訳にはいかないかもね」
ここで頭を悩ませても分からない。
確かなのは、今回地中からアプローチする事で、また1つダンジョンの謎が紐解けるって事かな。
「できるならダンジョン核も見てみたいよね。魔素を放出、魔物を生み出し、周辺の環境をも作り替えるのが魔王種。生きたダンジョンなんて呼ばれる事もあるらしいけど、改めて比べてみたいかな。墳炎龍にキミア巨樹、既に魔王種を知った今なら新しい事が見つかるかも。ノーラも居るしね」
「少なくとも魔物を生み出す機構は明確に違いますわ。そうなると他にも差異は多いのではありませんか?」
「どっちも不明瞭な点が多いから混同されたって可能性は、十分過ぎるくらいにあるかな」
墳炎龍を腑分けしたくらいだから魔王種についての知見は大幅に広がった。そうなるとダンジョンについても、もっと知りたいと思ってしまう。
呆れるオーレリアを放置してノーラとダンジョン議論を交わしていると、出発準備が整ったとフランが告げに来た。
「さて、水地両用潜航艇のお目見えだよ。試験航行すっ飛ばしていきなりウェスタダンジョン行きになったけど」
「レティ、それは大丈夫なんですか?」
「問題ない、問題ない。ちょっと距離が長いだけだから」
そのくらいの予備実験は繰り返したよ。予定外であっても、想定以上って程でもない。
ワクワクしながら私達も乗り込んだ。
潜航艇の船体はロケットに近い。大きくなると抵抗を強く受けるから、極力無駄を省いた点も似てる。
円錐状の本体、その外側には巨大な4枚羽根が広がる。これが回転し、水中や地中の魔素を集める。羽根は後方へ行くほど広がり、稼働中はドリルに近い。推進の為じゃなくて周囲を撹拌するのが目的だけどね。
「中は案外広いのですね」
見た目、軽自動車くらいしかない潜航艇に乗り込んで、オーレリアがホッとした様子を見せた。搭乗時間が長くなるなら居住性って大事だからね。
「アイテムボックス魔法で目一杯広げたよ。潜航するから、狭いと余計に息が詰まるしね」
「正式採用時にもこのくらいの広さを確保できるのですか?」
「いえ、今回は魔力消費量を度外視した特別製ですわ。今の形状でどのくらいの魔素が吸収できるか確定していませんから、内部拡張にどれだけの魔力を割くかはこれからになります」
「オーレリアからの要請がなければ、もう少し最適化を詰める予定だったからね」
何処まで行っても試作品、潜航の安全性は確保できたからって完成は遠い。
4枚羽根による撹拌効率は計算したけど、地中、水中の魔素分布が一定とは限らない。実際の魔素吸収量を計測する必要がある。実地でないと表面化しない要素は多い。
イレギュラーな出航にはなったけど、その分課題も多く洗い出せるかな。私が搭乗するから致命的なトラブルにも対応可、だしね。
「潜航、開始!」
「っしゃー! 了っ解!」
今日の操縦担当、クラリックさんの元気な声が返る。
キャシーがダンジョンへ行くって事は、グリットさんも当然同行する。その関係で烏木の牙の面々も自然と集まった。まだ完全に分立して活動できるほど体制が固まっていない。
そして是非とも新船舶を操縦したいと懇願された。断る理由もないけど圧が強い。クラリックさん、ホント運転好きだよね。
こうして、また新しい技術が1歩目を踏み出す。
「水地両用潜航艇アビスマール、発進!」
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