騎士
どうしたものかと悩んでしまった私より先に、エルグランデ侯が動いた。さっき笑ってしまった分を挽回するつもりかな。
「おかしな事を言いますな。少なからず貴族は権威を身にまとう。歴史に、家の規模に、軍事力に、財力、力関係に差が生じる以上、受け取り側が恫喝と捉えるのは常でしょう。さも自分がこの場の中心ですとでも言うように君臨しておきながら、スカーレット様には活動を控えろと言われるのかな?」
「ぐ……」
ここでエルグランデ侯爵が動いた意味は大きい。
彼は今回の非道についてのみ、私と共に糾弾する側に立ってくれた。
とは言え、そもそもとして派閥が違う。お父様なら身内の意見と流せても、バルドル・エルグランデ侯の発言は、私が影響力を広げる事を容認する宣言に他ならない。
「しかし、彼女が新参である事は変わらない。領地が襲撃されたなどと被害妄想に囚われているのが未熟な証拠だろう!」
「そうですかな? 短期間でこうして我々をまとめてみせた手腕が、不足しているとは思いませんが?」
次に動いたのはコールシュミット侯爵だった。
彼は派閥に寄せる比重こそ違うけれど、エルグランデ侯と同じ第1王子派となる。領地経営を主眼とする貴族なので今回の襲撃事件には敏感に反応した。
「それに未熟と言うなら家を継いだばかりのそちらも似たようなものでしょう。ええっと、ロイガー? 殿?」
続くエルグランド候はかなり辛辣だった。
私は“様”付けで一人前扱いしておきながら、新侯爵は名前すらおぼつかないと来た。
堂々子供扱いされた新侯爵はあからさまに顔を歪めた。ここで感情を出すと半人前だって認めるようなものだけどね。
彼が新侯爵然と大議堂に入ってきた時、驚いたのはエルグランデ侯達も同じだった。つまり、爵位の簒奪を彼等も知らなかった事になる。
過程はどうあれ爵位を継いで、同じ4大侯爵家に挨拶に行かないとか舐められても仕方ない。
「落ち着いてください、ディルスアールド侯爵。冷静さを欠くと議論の主導権を持って行かれますよ」
駄目押しを考えた私より先に、新侯爵の隣にいたローマン伯爵が割って入った。
40に届こうかって風格は、新侯爵より攻略し難そうかな。
「少し論点がずれてしまったようなので戻しましょう」
意図的にずらしておいて、よく言うよね。
つまり手を変えるって事だから、私は再び出方を窺う。
「ガノーア子爵が襲撃に加担した事実などないとわたくし達が主張する根拠、改めて提示させていただきましょう」
そのローマン伯爵の声に反応して、第6騎士隊長が前へ出た。
ここで彼を使う訳だね。
「私は第6騎士隊アゾート・クリッターです。今回、ガノーア子爵の要請を受け、調査に当たらせていただきました」
「騎士が調査にあたる事に、どんな意味が?」
「勿論、潔白を証明する為だよ。公正な騎士が調査したなら信用できるだろう?」
分かるようで分からない説明だったけど、キリト隊長みたいに特殊な任務に携わる例もある。だから、まあいいかと流しておいた。
騎士に貴族の逮捕権と捜査権がある事は間違いない。
「我々第6騎士隊はすぐに現地へ入り、調査を行いました。そこで確かに、50余名の脱走者があった事、武器を含めた大量の備品の流出を確認しました」
「そういう事だ、ノースマーク子爵。確かに信じられないような事態だったから、君がガノーア子爵を疑った気持ちは分かる。だが、決してあり得ない事でもなかったと言う訳だ。逃亡の手口や紛失の時期は調査したクリッター君が保証してくれる」
そう言って提出された書類は正式なものだった。
もっとも、内容についてはガノーア子爵と結託するならいくらでも捏造可能なのだけど。
「こちらは騎士の立会いの下、公正な取り調べを行った。そちらの内々で済ませた調査とは信憑性が違う」
「そうですか? こちらもキリト隊長立ち合いの上で全ての報告書を作成していますが?」
「……そ、そんな身内に取り込んだ騎士の報告など信用できるものか!」
おお、斬新な理論だね。
おそらくだけど、キリト隊長達第9騎士隊が私の護衛についてる事を知らなかったんじゃないかな。だから騎士を巻き込めば公平性を示せると思った。私の報告の証拠能力を下げられると思った。
「ヴィルゲロット騎士団長、第6騎士隊の調査が公式なものである事、キリト隊長の言葉は信用に値しない事、騎士団の総意と受け取って宜しいのですか?」
不思議理論が飛び出してしまったなら、騎士の責任者を巻き込む他ない。私は陛下達の後ろに護衛として控える騎士団長へ話を振った。
「それは……」
「勿論ですとも!」
言い淀む騎士団長を遮って、断言したのは副団長だった。
彼も責任を負っている事に違いはない。
でもいいのかな?
この件にがっつり関わっていると認めてしまうと、騎士団もただじゃ済まないと思うけど?
ま、いいか。
ガノーア子爵達に対して容赦しないと決めたんだから、騎士団が関わったからって遠慮する必要もない。
「そういう事なら陛下、キリト隊長達を私にいただけませんか?」
「……この場で堂々引き抜きはよせ。余は先程の其方の質問に同意していないし、爵位を得るほど優秀な者を其方の下に就けるのは問題がある」
ちょっと欲望が漏れてしまった。
残念ながら陛下が応じてくれる様子はない。
「けれど、優秀さなら第6騎士隊も相当ではありませんか。何しろ、ガノーアから王都まで10日はかかると言うのに、飛行列車も持たない彼等はこれだけ詳細な調査を終わらせてくれたのですよ。これが事実なら、第9騎士隊の引き抜きくらいは彼等が埋めてくれるでしょう」
「あ!」
調査を依頼するにはガノーア子爵が一旦王都まで来る必要がある。当たり前だけど騎士団の本拠地はここにある。
そして調査の為に再びガノーアへ、更にこの審議へ出席する為戻って来なければならない。
10日と言うのは貴族の足でって前提だけど、調査にはガノーア子爵の同行が必須になるから縮まらない。おまけに今は南ノースマーク、エッケンシュタインの通行を制限してあるせいで山道を行くしかない。
しかもガノーア子爵は、ディルスアールド候やローマン伯に協力を求める余裕まであったと言う。
そんな状況でどれだけの調査ができたのか。
その矛盾に今更気付いて、思わず声を上げる間抜けまでいた。
「お、憶測で彼等を貶めるのは止めてもらおうか! 困難な調査だったのは確かだが、それは内容を否定するものではないだろう!」
ローマン伯爵はまだ退かない様子ではあるものの、取り合う必要性は感じない。彼が頼りにしたかった報告書の信憑性は地に落ちた。
今更手に取ろうとする者もいない。
「伯爵がそう仰るなら、もう少し明らかにしておきましょうか。調査を担当されたと言う第6騎士隊長、貴方の忠誠は何処にありますか?」
「…………」
言葉は返らなかったけど、彼は咄嗟に副団長を見た。
見事に零点の回答だね。
これだけで報告書の作成を指示した人間が推察できる。
「ついでに聞いておきましょう。副団長、貴方の場合はどうですか?」
「……私は、ヴィルゲロット団長の、部下です」
この期に及んで繋がりがばれないと楽観視するほど馬鹿ではなかったらしい。観念したのか彼は、嫌そうに騎士団長の方を見た上で、不承不承と言った様子で答えてくれた。
これまた残念な回答だね。
「ヴィルゲロット騎士団長、教えてあげてください」
「…………騎士が仕えるのは常に国、我々の忠誠は国王陛下にあります」
できるならキリト隊長に話を振りたいところだったけど、警備が万全の大議堂に彼はいない。こんな馬鹿馬鹿しい話の場に不在だったのは正解かもね。
貴族の逮捕権と捜査権は、陛下の裁量に置いてのみ騎士に委ねられる。
そんな基本的な事も彼等は知らなかった。貴族の特権をむさぼりながら、その責任の重さを理解していない証拠だね。
「こんな有様の騎士の、何処を信用すればいいのでしょう? 兄弟仲が良いのも結構ですが、公私の区別は付けてほしいものです。ねえ、ローマン副騎士団長?」
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