未成年子爵は恋愛できない
ウォルフ領から帰ってきた私達は、ガノーア子爵追及の根回しに戻った。あちこち訪ねる必要があるのでそのままウェルキンが居住場所となる。
話を聞いてすぐ乗り気になったキャシーが戻り次第、新造船設計に取り掛かれるよう移動時間も惜しんで手続きに充てた。
便利な反面、自動的に仕事漬けになるよね。
ウォルフ家の長男は予定通りエッケンシュタインへ連行した。
じっとしていられない性格なのか、仕事を積み上げておくと次々片付けるらしい。特に数字に強くて、ノーラの確認作業が減ったと喜んでいた。
ただし交流する気はないらしく、部屋からは出てこないのだとか。それでも部屋の前に仕事や食事を置いておくと、いつの間にか消えている。引き籠り場所が実家からエッケンシュタインに変わっただけなのかもしれないね。
ま、ノーラの役に立つなら何でもいいや。
それからもう1つの変化として、グリットさんが冒険者活動を制限すると決めた。
私との契約があるから今すぐ引退って訳じゃない。リーダーの引継ぎもあるし、後任を募集するにしても誰でもいいとも言えない。
だからグリットさんのいない状態で少しずつパーティーを慣らし、なるべく早い段階で危険な仕事からは退くらしい。将来的にはウォルフ領で騎士を目指して、当面は私の領地の見習いやレオーネ従士隊と共に学ぶと言う。
その為、決めなくてはならない事が多くある。
グリットさんの穴をどう埋めるのか。
現行のメンバーでフォローするのか、新メンバーを加えるのか。
新メンバーを探すとして、どんな伝手を辿るのか。
今後の活動方針をどうするのか。
差し当たって、ダンジョン攻略をどうするのか、等々。
話し合いは私も無関係じゃないからウェルキンの一室を提供した。難航しているのか、誰かが部屋を出る気配はない。
「素材の収集は彼等に頼りきりでしたからね。しばらくは勝手が違うかもしれません。この機会に新しい冒険者と契約しますか?」
「んー、今のところ考えてなかったけど、決めるなら早い方が良い?」
ウォズに促されて、どうしたものかと悩む。
一時的に戦力が低下するからって見限るほど狭量じゃない。とは言え、これから船を作るなら素材は欲しいよね。
「打診だけでもしておいた方が良いかもしれません。先方にも考える時間が必要でしょうし、貴族との契約に前向きな冒険者ばかりではありませんから」
「金剛十字の人達は?」
「規模が大きい分、色々な商会や貴族との繋がりがありますからね。依頼は断らないと思いますが、専属は難しいかもですね」
「そっか……。狭域化実験で協力してもらったところなら信用できるから、一通り意向だけでも訊いておいてもらおうかな」
「分かりました。その線で進めておきますね」
あの時のメンバーはオーレリア、ウォズ、烏木の牙の紹介だったから、どうしてもそこから選びたくなるよね。今更腹の探り合いから始めようって気にもなれないし。
「こんな事なら、もっと早く動いておくべきだったかもね」
「ワーフェル山の一件以来距離が近付いてましたからね。意識しての事ではなかったようですが、時間の問題と言う気はしていました」
「だよね」
「そうなのですか?」
割と分かりやすかった気はしていたけど、ノーラは気が付いてなかったらしい。いや、彼女の場合はそう言った機微を気にしてなかったのかな。
「並んだ時、キャシー様は心持ち距離を詰めていましたし、グリットさんも気にする様子がありませんでしたからね」
「グリットさんの愛剣も変わってたよね。重量変化の付与剣を使わなくなってて、キャシーの作った伸縮する剣が標準になってた」
「重撃のグリット、二つ名が行方不明でした」
ワーフェル山では間に合わせだった剣を完成させて贈ったんだけど、吃驚するくらい大切に扱ってたんだよね。
「……なるほど、言われてみるとそんな気もしますわ」
「もっともそこまでは予想できましたが、ああもあっさりグリットさんが冒険から離れるとは思いませんでした」
「それだけ決意が固いって事じゃない? 聞いた限りだと随分慌ててたみたいだったよ」
「単身飛行ボードで飛んでくるくらいですからね。ヴァイオレットさん達も呆れていましたよ」
烏木の牙の面々はグリットさんの婚約を後になって聞いた訳だけど、そこに驚きはなかった。そのくらいの取り乱し方って言うのは少し興味があるかな。
「何にせよ、2人が幸せそうで良かったね。あんな恋愛も良いなって、私も少し思ったよ」
「…………」
「…………え?」
キャシーが羨ましいって話していたら、何故か2人が固まっていた。
私、何か変な事言った?
もしかして、本当にもしかしてなんだけど、私って恋愛に興味ないって思われてた?
私こそ“え?”って気分だよ!?
「ウォズ? ノーラ?」
「……申し訳ありません。その、てっきりスカーレット様は政略結婚を望んでいるとばかり……」
「わたくしも、領地の事を一番に考えてお相手を選ぶと思っていましたわ」
「……………」
仕事漬けだったから?
未だ男の影がないから?
私に取り入ろうって魂胆見え見えの見合い話をきっぱり断ってるから?
いやいや、私だって女の子だよ?
いつだって甘い恋愛に憧れるに決まってるじゃない。
キャシーの事だって、マーシャの事だってずっと羨ましいって………あれ?
キャシーはこれだと思った瞬間から迷わなかった。
マーシャは特殊なきっかけだったとはいえ、自分から機会を掴みに行った。
で、私は?
憧れはある。
羨ましいとも思ってた。
結婚するなら恋愛結婚がいいって思ってる。
恋愛したい気持ちだけはある。
でもその為に何か、した?
ノーラ達に勘違いされるくらい何もしないで、何を待ってたの?
受け身でさえいれば、運命的な出会いがあるとでも願ってた?
前提として、私はどんな男性を求めてる?
途中で幸せを諦めたとはいえ、待ってるだけで事態が好転しないのは前世で経験した筈だよね?
いつか理想の男性が現れて、優しく私を口説いてくれるなんて夢を見られるほど、子供じゃないよね?
あれ?
自業自得じゃない?
そもそも私の周りの男の子って誰がいる?
グラーさん、ニュードさん、クラリックさん。
人生の先達として尊敬はあるけど、そう言った目で見た事はない。
キリト隊長、他第9騎士隊の面々。
職務で傍に居てくれるだけだよね。
アドラクシア殿下。
王家に関わる気はないし、政略結婚も既に断った。
アノイアス殿下、3番目。
私が望めば話が動くだろうけど、その気は無い。
ハワードさん。
ただの知人って程度。
エノク。
論外。
カミン、ヴァン。
目に入れても痛くないけど血縁は越えられない。
ウォズ。
将来有望な男の子。友達。
出会いはただの偶然、仲を深めるきっかけはウォズの方から作ってくれた。私から何か動いたって事実はない。
でもって、その唯一有望な男の子を犬チックに可愛がってる私……何処までも罪深くない?
この様でホントに恋愛する気、あった?
「……………………………………………………………………………」
「スカーレット様?」
「申し訳ありません、わたくし……」
「いや、2人は悪くない。自分の不甲斐なさに慄いてるだけだから。それからウォズは……、ごめんね」
「えっと?」
いやいや酷いったらない。
恋に恋する14歳の女の子ならまだ許されるかもだけど、私、人生2回目だからね。
前世の分まで人生を楽しむんじゃなかったけ?
今、絶賛踏み外しかけてるけど?
「あー、うん。むしろここで気付けて良かったのかな? って事は、省みる機会をくれた2人にはありがとうだよね」
「え? 良く分かりませんけど、はい」
「何かが解決できたなら……良かったのでしょうか?」
当たり前だけど、ノーラもウォズも訳分かんないって顔してる。
でも、ごめん。
言葉にしたら死にたくなるから詳しい説明はできないよ。
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