婚約拒否
大きなシャンデリア輝くダンスホール。ピアノを中心とした楽団の演奏が奏でられ、純白のレースカーテンと赤絨毯で彩られるこの場所は、王城。
入学歓迎パーティーと卒業記念パーティーの2回だけ、学生の為に開放される。普段は爵位持ちか、王族からの招待がなければ入れない。
王城自体、初めて来たよ。
歓迎パーティーと言っても、目的はやっぱり他貴族子女との交流、つまりは挨拶回りです。祝われるだけの立場じゃいられないんだよ。
オーレリアと一緒にホールへ入ると、それまで聞こえてきた談笑の声が止まった。侯爵令嬢と戦征伯令嬢が並び立つのだから、注目されるとは思っていたけど、想定以上だったね。
入学式は式典の場だったから、視線は感じても声をかけられたりはなかった。でも、皆機会を窺ってたんだね。あっと言う間に囲まれて、お父様たちの影響力を再確認したよ。
笑顔を張り付けて、ひたすら似通った挨拶の言葉を繰り返す。
貴族の家名と当主の名前は何とか覚えている私だけれど、幾ら何でも子息令嬢までは無理です。だからこの機会に、今後の付き合いがありそうな家の子を中心に、顔と名前を頭に叩き込んでいく。
知識の超詰め込み作業、再びです。
前世の学校であった形だけの自己紹介と違って、家の将来がかかっている子も多いから、聞き流す訳にもいかないし。
中には、滑るように名前が抜け落ちてしまう子もいたけど、顔になんか出さないよ。
大変なのは置いといて、挨拶に来る子を観察してたら割と面白かった。
家の方針で、私とつながりを作るよう言われてる子がほとんどだって知ってる。それを改めて観察してみると、仕方なくやってる感が丸出しの人、嫌々なのが隠せていない人、対抗意識が見え見えの人、嫌らしい目で見ているのがバレバレの人等々、いろんな人がいる。貴族と言っても未成年、思惑を見せない術まで習得してる子は意外と少ないんだね。
勿論、本心から言ってくれてそうな子や、内心をしっかり覆い隠して笑ってる人もいた。そういう将来有望そうな人は、案外すぐに覚えたよ。
顔合わせを続けて1時間と少々、とても全部終わったりはしないけど、一旦人波が離れていった。
理由は、前もって知らされていた王族の入場時間が迫ってきたから。
つまり、今度は私が挨拶に向かう番。
第3王子アロガント・ハーディ・ヴァンデル殿下のところへ挨拶に向かう私を、妨げない為に離れてくれた訳だね。
身分的に王子に挨拶する順番が遠い下級貴族は、会場の隅で今のうちにお互いの紹介を続けていた。
「お疲れ様です」
すぐに王子が入ってくる様子はなかったので、オーレリアが話しかけてきた。
「オーレリアもね。国中の貴族子女に囲まれると、気疲れが凄いよ」
「初対面の方へ挨拶するのは当然の事と分かっていても、こう一度に来られても覚えきれませんし、あまり有用な時間とは思えませんね。いっその事、魔物を狩りに行った方が有意義に思えてしまいます」
貴族でも、内心そんな風に考えたりするんだね。
時々魔物を倒しに行ってるオーレリアが生粋の貴族と言えるのか、判断に迷うところではあるけれど。
「レティは初めてアロガント殿下と会う訳ですけれど、もし婚約を望まれたら、どう答えるつもりですか?」
「正直に言うと……迷ってる。お父様は好きにしろって言ってくれてるけど、家の不利益は避けたいしね」
前世の感覚からすると、政略結婚なんて受け入れ難い。だけど、侯爵令嬢としての教育を受けているから、仕方ない場合もあるって理解してしまっている。
「王位争いに関わるつもりはないから、王子殿下が望むだけなら撥ねつけられるだろうけど、王家の意向として申し込まれたら……、受け入れるしかないかもね」
「恋してみたいとか、思わないのですか?」
そこ、私的に微妙なところなんだよね。
スカーレットとして生きて12年、前世を含めると既に20年以上、恋愛から遠ざかってる。恋するときめきも記憶が薄い。
「そこは初恋もまだだから、としか今は言えないかな」
恋への憧れがなくなった訳じゃないけれど、切実さみたいなものは欠けてしまってるよね。
そんな雑談をしていたところ、王子の来場が告げられた。
最初に目に入ったのは、ヴァンデル王族の象徴である赤い髪。
よっぽど優性が強いのか、世代を跨いで、赤髪が多く生まれるらしい。遺伝のメカニズムが知られている現在でも、王の証として、王位争いに影響を与えてしまうくらいに。
白いシャツ、クラバットの上に、黒のベスト、コートを重ねた一般的な正装だけど、コートの裏地、カフスは王族の色である金。さらにベスト、コートの表も金糸でこれでもかと刺繍してある。金を映えさせる為に、黒地を選んだのかもね。
本来、次代を継ぐはずだった第1王子は、軍拡・侵略思想が過ぎていて、前大戦から15年、厭戦感が残る現状では不安意見が強いらしい。年長者を中心に長子相続を望む声はあるものの、事態を鑑みた現国王ディーデリック陛下は後継指名を見送っている。
陛下も、かつて兄を戦争で失って王位が繰り上がった経験から、第1王子に後を継がせる決断ができないのではないかと言われてる。
第2王子は実力主義を推し進め、当人も天才との呼び声が高いらしい。若手を要職に就けて改革を進める彼を次王に推す声も多いけれど、革新的な現状を認められない勢力からの反発も強い。
加えて第2王子は黒髪で、王族らしくない行動も多い事から、中央貴族が特に反対していると聞いた。
第3王子に瑕疵があるとは聞かない。赤髪で、瞳は金。容姿から、彼が王位に最も相応しいと言う声もある。
とは言え彼はまだ未成年、実績もない。さらに上の2人とは10以上の年の差がある為、国内の有力貴族のほとんどが第1王子、第2王子派閥に加わっていて、支持地盤が最も脆い。
だから、私との結婚の噂が消えない訳だね。
「お初にお目にかかります、アロガント殿下。ノースマーク侯爵の子、スカーレットでございます」
今後の話は分からないけど、今求められているのは挨拶だけ。それで今日の役目は終わる。
私はできる限り優雅に見えるように気を配りながら、丁寧に頭を下げた。
「ノースマーク令嬢、1つ訊きたい」
拝礼をしたら挨拶についての応えじゃなくて、質問が返ってきた。
少しイラっとするけど、王子はまだ16歳。未成年には違いない。礼儀を知らないくらいは流してあげようか。
「はい、何なりと」
「其方は無属性と聞いた。間違いないか?」
「はい。魔塔の測定師に確認していただきました。間違いございません」
「……そうか」
挨拶の場で何を聞くかと思ったら、魔法について? それ、そんなに重要かな。
アロガント殿下は数の少ない光属性で、魔力量も多くて強力な魔法が使えると聞いた事がある。魔力量の違いなんて、私からすると誤差だけどさ。それよりイメージの方が大事だよ?
「ならば、言っておくことがある」
たったこれだけのやり取りと、王子の顔を見て分かった。この人、自分以外の全てを見下している。王族の特徴を強く映して生まれたものだから、さぞかし甘やかされてきたんだろうね。そういう貴族子女はいっぱいいるから、珍しくはないけども。
「王家が其方との婚姻を望んでいるなどと言った噂があるようだが、ここではっきり言っておく。俺にそのつもりは一切ない!」
はい?
今、何と仰いました?
それ、ここで言わなきゃいけませんか?
「其方の様な才能の乏しい女が、俺の隣に立てるなどと思うな!」
さらに重ねられた強い否定に、ホール中が騒めいているよ。
侯爵家との結び付きを拒むって事は、王子が次の王位を望まないって宣言したのに等しいから当然だけどさ。
分かってない……なんて事、流石にないよね?
「承りました。ノースマークは王族の意向を受け入れます」
婚約話がないなら、必要以上に王子と交流する理由もない。綺麗に礼をしてから下がらせてもらう。
意外そうな顔してるの、なんでだろうね?
こっちに不都合なんて、何一つないよ。
非公式の場で告げられたなら、私に何か瑕疵があったのでは? とか噂になって、後始末に苦労したかもしれないね。だけど、無属性で才能がないからだって、拒絶理由をこうもはっきりと大勢の前で宣言してくれたから、そんな心配もいらなくなった。
面倒事が一つ減りました。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。




