盗賊の情報 2
ウル村での状況は分かった。できるなら、ラマン村の詳細も知っておきたいところではある。
とは言え、悲惨な結果に終わったのは間違いない。
私は、おそらくラマン村唯一の生き残りへ気遣う形で視線を向けた。
「あ、あの! りょ、領主? 様っ!」
同世代くらいにしか見えない私が領主だとは信じがたいのか、テガ少年は疑問符を挟みつつ、大きな声を上げた。
彼は彼で、沈黙は選ばないんだね。
「はい、私がこのノースマーク子爵領を治める、スカーレットです。テガさん、と仰いましたね。貴方も私に伝えたい事があるのですか?」
彼を落ち着かせる為にも、頼っていいのだと知ってもらう為にも、心持ちゆったりした口調で立場を明かした。
視線も、ベッドに座る彼に合わせる。
……ベッドの隣に立っただけとか言わないで。
「父ちゃ……、父から言われたんだ。これを、これを偉い人に、信用できる人に渡せって……。ゾフさん達がアンタを信用してるみたいだから、その……」
「見せてもらえますか? 決して、悪いようにはしません。約束します」
「…………」
しばらく私と視線を交わした後、葛藤を乗り越えたテガ少年は懐から何かを取り出した。
丹念に布が巻いてあり、表面は彼の血で塗れている。
身体を丸めて、怯えているように見えていたけど、これを抱えていたんだね。大切に、大切に、守っていた訳だ。
そして、もう1つ分かった。
彼はただ逃げたんじゃない。逃がされた。
だから、賊の目を掻い潜れた。
そして彼自身も、父の思いを抱えて懸命に駆けた。
覚束ない手つきでテガ少年が剝いだ布の中から出てきたのは、1本のナイフだった。
「これ、父ちゃんが、アイツ等からこれを奪ったんだ。オイラは何が何だか分かんなかったけど、父ちゃんは何か大変な事だって……。父ちゃんは一緒に逃げてくんなくて、無茶だって分かっていた筈なのに、アイツ等に組み付いてこれを奪ったんだ」
「盗賊に、立ち向かったのですか?」
「うん。父ちゃんは元冒険者で、母ちゃんが死んだ後、危険な仕事は辞めるって薬師になったんだ。だから何とか不意を突けたけど、すぐに見つかって。……そんで、これを渡せって……オイラに、絶対、アイツ等に捕まるなって……、でも、でも……、そのせいで父ちゃんは、父ちゃんは―――!」
話しているうちに辛い事まで思い出してしまったのか、テガ少年は感情を爆発させる。
そんな彼にかける言葉なんて、私にはない。
彼は逃げたのではなかった。
父の願いに応える為に、父の死を無為にしない為に、全力で走ったんだ。
そんなナイフが、ただのナイフである訳がない。
刀身は何の変哲もない。血で汚れてもいない。誰かを斬る前に、テガ少年の手に渡った。
問題は鞘の方、はっきりと紋章が刻んであった。
ガノーア子爵―――
国内の貴族、全ての家紋が頭に入った私に見間違いはない。
被害に遭った両村、その更に先にある領地。
何度か顔を合わせた事もある。
「へえ………」
ただの盗賊ではなく、貴族が関与した明確な証拠に、自分でも退くくらい冷淡な声が零れてた。
「……」
「……」
「……ひっ!」
あんまりな迫力だったからか、3人が言葉を失ってしまった。
テガ少年の涙が引っ込むくらいに酷かったみたい。
ごめん、怒りが振り切ったせいで、意図せず感情が漏れてたよ。
自重、自重。
解放する場所はここじゃない。
でも、息を飲むのは酷くない?
「テガさん。貴方のお父様が伝えたかった事、確かに受け取りました」
ぶった切ってしまった空気を取り繕う為にも、殊更落ち着いて言葉を選ぶ。
表面だけでも冷静に見せないといけない。
今すぐガノーア子爵をこの世から消し去りたいって憤怒も、今は抑える。
「どういう事? オイラには分かんないけど、領主……様には通じたの? オイラよりちっこいのに?」
放っといて……。
「ええ。貴方のお父様がこれを託してくれたから、貴方がこれを届けてくれたから、私は今すぐ動く事が出来ます。事件の本質を見誤る事なく対処できるのは、命を賭けてくれたお父様のおかげです。その願い、決して無駄にはしません」
「ホントに? 父ちゃん、父ちゃんが頑張った意味は、あったの?」
「ええ、私が保証します。テガさんのお父様は大勢を救うのです」
その功績は計り知れない。
「それだけの偉業を為した、テガさんのお父様のお名前、教えていただけますか?」
「……ダイ。ダイ・グーツ、それが、父ちゃんの名前……」
「ダイさん、そしてテガさん。貴方達が判断を間違えなかったからこそ、私は領地を救えます。貴方達は紛れもなく英雄です。私は、決してダイさんの活躍を忘れません」
「……ぐすっ、父ちゃん、父ちゃんが、オイラに生きろって……。なのに、父ちゃんは……、父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん―――!」
再び感情が溢れたテガ少年を、私はそっと抱きとめる。
彼の父の願いは届いた。私は必ず応えてみせる。
「ごめんなさい、お父様達を助けるとは言ってあげられません。その代わり、私が必ず村は取り戻します。そしたら、お父様達を埋葬してあげましょう。テガさんも頑張ったのだと、願いは伝えたのだと、報告に行きましょう」
「父ちゃん! 父ちゃん! わぁーーーーーーーーー……!!!」
だから、この子は父の死を泣くただの子供に戻っていい。
とは言え、それもそう長い時間にはならなかった。
やっぱり相当無理をしていたんだろうね。ほどなく力尽きて眠ってしまった。
私はテガ少年をベッドに横たえると、もう一度ゾフさん達にもお礼を言って医務室を出る。
「フフフ、フフフフッ……」
気が付くと私は笑っていた。
怒りが過ぎると、おかしくもないのに笑いが零れるのだと初めて知ったよ。
キリト隊長が引いてたけど、今は全く気にならない。
ちなみに、フランは私の様子も当然って訳知り顔で頷いているし、ウォズは何を用意するべきかって思案顔になっている。
うん、頼りになるね。
私の身内に手を出した。
つまり、潰していいって事だよね?
「正直な話、私はスカーレット様と明確に敵対する者が出るとは思っていませんでした」
怒気を隠そうとしない私に戦々恐々するキリト隊長がこの件について感想を口にした。
うん、私もその点は全力で同意する。
私は、ワーフェル山やエッケンシュタイン元伯爵邸の襲撃、戦争への参加で、私を敵に回す事の愚かさを示したつもりでいた。
別に、敵対するな、なんて言ってる訳じゃない。
批判意見の統制、子爵領に対する通行・通商制限、領境で活動する冒険者のクエスト受注制限、討伐調整による魔物流入の画策など、敵対意思を示す方法はいくらでもある。
それはそれで報復するにしても、婉曲的な被害なら、こちらも同等に返す。
でも今回のように、実際の被害が出る方法は最悪の一手と言える。
領地を侵害した罪は重い。
民の命はもっと重い。
ワーフェル山でのダンジョン化、エッケンシュタインの虐殺幇助が戦争の一因となったのと同じで、領地蹂躙は内戦勃発の根拠になる。
それをした帝国がどうなったか、知らない人なんて王国にいない。
私はその功績で魔導士となった。
魔導士と直接ぶつかった貴族なんて歴史上いないし、その無謀さを内外に知らしめたつもりだった。
でも、まだ甘かったみたいだね。
それとも、私の領民を害しておいて、遺憾の意程度で済むとでも思ってた?
「つまり、舐められてるって事ですよね。未だ、見たままの子供だと思われてるのでしょうか? それとも、慈悲深い聖女は悪行にも目を瞑ってくれるとでも?」
「子供は大人に従っていればいい、大人より優秀な子供がいる筈がない。そんなところではないですか?」
子供は自分より愚かと疑わないって事かな。
未だに、侯爵家の七光りで功績を上げたとでも思われてるのかもね。
「私を対等な貴族と見れないのはともかく、手段もおかしいと思います。自領の民か、他領の民かって違いだけで、エッケンシュタイン元伯爵と同じ、自国民を虐殺している自覚はないのでしょうか?」
「実感が伴っていないのでしょう。元伯爵とはここが違う、あそこが違うと自分を誤魔化して、同じ轍は踏まないと思い込んでいるのです。自分ならこの程度に痛痒を感じないので、スカーレット様も同じだと思っているのではないですか?」
「……不快ですね。それにしても、歴史に倣うとかしないんでしょうか? この手の内乱で、いくつもの貴族が滅んでますよ」
「こういった手合いは自尊心が肥大化していますからね。自分だけはそうならないと、根拠のない自信を捨てられないのでしょう。盗賊に偽装しておきながら、支給品をそのまま使わせるくらいですよ。言い訳に乗ってくれると思っている証拠です」
ナイフだけでは暗躍の証拠としては弱い?
紛失、盗難で釈明すれば逃げられるとでも?
そんな訳がない。
私の領民が命懸けで届けてくれた価値、決して安くはないよ。
「貴族を捕らえた例はエッケンシュタインの元伯爵くらいしかありませんが、私も職務上、法を犯した者と多く接してきました。明確に挫折を自覚するまで、道を踏み外した事にも、失敗した事にも気付かない人間は、案外多いものですよ。まあ、元伯爵は痛い目に遭っても全く理解できなかったようですが……」
「……なるほど」
痛い目に遭わなきゃ分からないって言うなら、丁寧に丁寧にすり潰してあげよう。
頭が悪いみたいだから、じっくり、じっくり分からせなきゃね。
二度とこんな馬鹿が出ないよう、はっきり分かる形で見せしめにしてあげる。
「フフッ、フフフフ、私を怒らせるとどんな目に遭うか、しっかり教えてあげないといけませんね」
「…………」
……どうしてキリト隊長は、言うんじゃなかった、みたいな顔をしてるのかな?
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