お仕事交々
この国の新年休みについて、明確な期間設定はない。
ハワードさんみたいに年明けのお祈りを済ませたらすぐに仕事に戻る人もいれば、社交を挟みながらダラダラと1月近くも休日を続ける貴族もいる。いつまでも仕事に戻らなくても、それだけ神様への感謝が深いのだと言われてしまえば、休みを認める他ない。
貴族はともかく民間の場合は、10日を過ぎると職場に居場所がなかったりはするけどね。
基本的に個人の裁量なので、未だ連絡のないキャシーは気にせず、私達は職務に戻った。
領都建設の作業者は日常に戻りつつあるから、私達ものんびりとしていられない。
「素材活用研究室の協力者用の研究設備、領都役人の執務棟、騎士の詰め所と訓練場、そしては研究成果の展示場は創造魔法で建てるのですね?」
「あと、工場もいくつか欲しいかな。呪詛探知機は急ぐし、領地開拓に必要な魔道具を量産する場所は作っておきたい」
素材活用研究室……、私達の研究室の正式名称だね。
普段使わないから、自分の所属に違和感を覚えながらウォズに応える。
「分かりました。作業に従事する働き手を募集しておきます」
「うん、お願い。創造魔法の準備は、騎士の詰め所を最優先でね。お父様から借りた彼等を、いつまでもウェルキンにって訳にもいかないから」
「ええ、後で修正が容易な点も、魔法建築の強みですからね。とりあえず、現在の騎士候補と共に収容できるだけの建物を用意しておきます。現在の生活確保が最優先、拡張については、当人達の意見も取り入れながら考えましょう」
私の帰領と時を同じくして、侯爵領から500人もの騎士がやって来た。
名目は、騎士の不足する子爵領の支援と候補者の育成。
でもこれ、私の護衛だよね。
ジローシア様殺害事件と呪詛撲滅、不穏な案件に踏み込んだ私の周りを、お父様の信頼できる人間で固めたかったんだと思う。
ノースマークの副団長とか、領地から出る筈のない精鋭が顔を揃えている。
それから、領主邸が完成して私の足場が固まった事も起因してるんだろうね。
ウェルキンの執務室は外部から手を出しにくいって利点と同時に、守り難い側面もあった。そこへ領主邸ができて私の居場所が固定になったから、ここぞとばかりに守る手筈を整えた訳だ。
私を心配するお父様の気遣いをくすぐったく思いながら、人手不足は間違いないのでありがたく受け入れた。
不壊、永続、絶対防御。
私の全開付与で臨界魔法にすら耐え、施錠すれば蟻1匹侵入出来ない要塞に守りが必要かどうかは、この際置いておく。
「キリト隊長、第9から何人か出して、ノースマークの騎士団と一緒にコキオ全体の防衛計画を練って下さい。班を別け、見習いが経験を積める環境を作ってもらえるとありがたいです」
「はい。共にスカーレット様の周りを固めるのですから、連携は密にしておきます。今は休暇中ですが、オーレリア様の従士隊も組み込んで宜しいのですよね?」
「ええ、お願いします。上手く体制を作ってください」
500人以上を私の周りに並べても意味がない。
彼等は領都中に散らせて、作業者に紛れた工作員へ目を配ってもらう。細かい芽を潰すのも、私を守る事に繋がるしね。
それから、キリト隊長達王国騎士団に、現地で募集した騎士見習い、侯爵領からやって来た500人、レオーネ従士隊と、現在の守り手はごった煮状態にある。余計な派閥や特権意識を作らないように、混ぜて行動させた方が良い。
ノースマーク騎士団長とは旧知だけど、彼よりキリト隊長を指揮責任者に据える事で、所属に関係なく重用するのだと示しておきたい。できるなら、早い段階で見習いの中から子爵領騎士団長を任命したいよね。
「スカーレット様、キミア巨樹の観察を継続するなら、創造魔法で観測所を設けてはどうでしょう? 恩恵をもたらす巨樹と示す為にも、相応しいと思いますわ」
「お、いいね。それ、採用! ついでに研究室の出張所も作ろうか」
素晴らしいアイディアを出してくれたノーラに、すぐ賛同する。
キミア巨樹の扱いは保留となっている。
最も懸念事項となったのは、安全面が保証できない事だった。過剰な警戒は必要ないにしても、1カ月程度の観察で結論を出すのは早いと言われてしまった。
とは言え、現地で観察する私の判断やノーラの鑑定を否定する訳ではなく、問題はないのだと観察を続け、有用性を積み上げる事になっている。
つまり、魔王種ってだけで拒否反応を示す貴族を説得し、私が次々実績を上げる状況を忌避する者達を黙らせる為にも、今は材料を集めないといけない。
そして、領内で活用する分には裁量権を貰っている。
この間に悪い噂で私達を貶めようとする勢力へは商業ギルドに目を光らせてもらっているし、適当な事を吹聴する貴族にはお父様が釘を刺してくれる。既に王家と4大侯爵家は抱き込んだので、この件について批判しようって行為自体無謀と言える。
ディーデリック陛下なんて、巨樹を見に来る口実を探してたくらいだからね。研究都市の落成式典に招待する事で、何とか納得してもらっている。ただの魔王種として処分するつもりは、上層部の何処にも無い。
その分、経過観察に手は抜けない。
有用性を集める為に猶予を貰っているんだから、報告書も穴の無いものでないといけない。
そうなると、観測所も役目に見合う立派な建物が必要だよね。
「それでスカーレット様、その観測所の設計を、わたくしに任せていただけませんか?」
「ノーラ本人がするの? お気に入りの建築家に依頼するって話じゃないんだよね?」
「ええ。そもそもわたくしに、そんな繋がりなんてありませんわ」
うん、知ってた。
ノーラって私に隠し事しないし、私の知らない知人とかいないよね。
「創造魔法に携わるようになってから、設計関係の本にも興味を持ったのです。一度、試していただけませんか?」
彼女が興味を持ったって事は、既にその関係の本を読み漁っているんだろうね。
本を読むばかりで幼少期を過ごしたノーラだから、広く知識を集め、興味が湧くと深く掘り下げる生活が染みついている。少し前は農業関係の本を積み上げていたかな。
そもそも私はノーラの意向を制限しようとか思っていない。
今は研究を楽しんでくれているものの、別へ興味が向いたなら背を押したいと思う。彼女の才能は、ノーラ自身が楽しいと思った分野で伸ばせばいい。
こうして設計に挑戦しようと思っているくらいだから、多才でもあるんだよね。魔眼で物事の本質を見てしまうってのも一因かもだけど。
そして私は建物の実用性に興味があるだけで、設計者を名前で選ぼうとは思わない。
それならノーラに任せても構わないよね。
「じゃあ、まずは叩き台を作って。それから、私達の意見を足すか、専門家の力添えを取り入れるかを決めようか」
「はい! ありがとうございます」
早速立案に取り組むノーラを頼もしく思いながら、私は大量の書類との格闘に戻る。
騎士寮は現段階で凝る必要はないし、観測所をノーラが受け持ってくれるなら、予定通り執務棟の設計を優先していいかな。
魔法陣の作成はキャシーが来るのを待ちたいし……、いや、ここで魔法陣の複製技術に手を出すって案も捨てがたい。
執務に没頭しようとしたところへ、慌てた様子のベネットが入ってきた。
見た感じ、忙しいってだけでは片付けられそうにないね。
「お嬢様、今、コントレイルで到着した作業者の何人かが、お嬢様に面会したいそうです」
「それ、急ぎって事だよね。何かあった?」
「それが……、領地境付近の村に山賊が出た、と」
やっぱり、放っておける訳がなかった。
平民の被害など知らん! 勝手にしろ! なんて言える貴族は、もうこの土地には存在しない。治安維持、不安の解消も私の仕事に決まってる。
新年早々、厄介事が降ってきたね。
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