王国と帝国の齟齬
ハワードさんと別れて、私は改めてエノクと向き合う。
「僕が聞いていて、良かったのかな? 何やら深刻な話だったようですが」
「いいんじゃない? 私も報告の手間が省けるし」
私はエノクの後ろを見ながら答えた。
そこには彼の護衛、監視役も兼ねた騎士団員がいる。知った顔が困った様子で笑っていた。確か、第4騎士隊の人だよね。黒の魔犬の襲撃事件で見た覚えがある。
一応、騎士団長達にも報告が上がるって不安要素はある。
でも機密って程じゃないし、問題ないと判断したから、ハワードさんも往来で話したんじゃないかな。私に知らせておきたかっただけで、知っている人は多いと思う。
「そんなものですか。あの事件は、僕にとっても他人事ではありませんからね。早いところ解決してほしいとは思ってますよ」
だろうね。
次期国王にどちらが就くかで、今後の帝国の方針も変わる。王国の意向に沿って帝国統治に携わるエノクは、その影響をがっつり受ける。
「参考までに聞くけど、エノクとしてはどちらの王子が実権を握った方が良いとか、希望はあるの?」
「……僕にそんな選択権はありません。どちらに決まったとしても、粛々と従いますよ」
「それはそれとして、強いて挙げるならどっち?」
「……」
嫌そうな顔で睨んでくるけど、逃がしてあげない。
嫌がらせ? 帝国側の考え方を訊いておきたい純粋な好奇心だよ。
「答えたからって、もう一方を批判したとか婉曲的な解釈はしないよ?」
「……」
「今なら、監視役にも報告を控えるようお願いするくらい、できるよ?」
「……」
「で?」
「……帝国として都合がいいのは、アドラクシア様でしょうね。帝国には、呪詛技術を活用してきた歴史があります。この件に関して潔癖なところのあるアノイアス様の場合、徹底的な構造改革を断行されそうです。それも仕方のない事とは理解しているけれど、急な変革は混乱も招くからね」
その未来は容易に想像できる。
アドラクシア殿下も立ち直ったとは言え、このままだとそれが叶う可能性は高い。
アノイアス様の過去を知った今、止めようとも思わないかな。
「と言うか、まだ呪詛技術なんて使うつもりなの? “兵器開発を進めている場合じゃない”、“これからは国内開発に力を注ぐ”為に帝国議員になるんじゃなかったの?」
「その意思に変わりはないよ。けれど、呪詛の活用は兵器だけではないでしょう? 例えば、先日耳にした催眠による再生医療。あれにしたって呪詛による補助を併用すれば、もっと効果が望めると思う。魔物の制御も、敵国でなく魔物へ向けるのなら冒険者の犠牲も減らせるよ」
あ、考え方が根本的に違う。
そんな今更な事を、私は漸く気付いたよ。
私に帝国人の知り合いなんて、エノクしかいない。それにしたって踏み込んだ話をした事ないから、齟齬を見逃していた。
呪詛を忌避する王国と、呪詛を受け入れた帝国、差異が生じて当然だよね。
そして、虚属性については全く明かしてないから、代替できるなんて事も知らない。これまで様々な方面に活用を続けてきたなら、これからもと考えるのはエノクにとって自然な訳だ。
「兵器転用に必要だからと、殊更に犠牲を募る必要はないと思っているよ。けれど、止むを得ない死が誰かを救えるのなら、せめて活用するべきでしょう」
呪詛で誰かを救おうって考え方自体が理解できない。
でも今は、常識が違うのだと自分に言い聞かせて情報を拾う。
「やむを得ない?」
「ええ、多くは死刑囚だね。それから、手の施しようのない重傷者、重病者。あまり望ましくはないけれど、口減らしの目的で困窮した村から募る場合もある」
「待って、待って!」
聞き手に回ろうって決意は、あっという間に脆く崩れ去った。
こんなの、黙っていられない。
死刑囚は良いよ。
倫理観的にそれもどうかと思うけど、量刑によっては考えられなくもない。ただ、理解できるのはそこまでだった。
「重傷者、重病者って何!? 口減らしってだけで酷いのに、そんな人達を拷問までするの? 何処まで残酷になれるの!?」
「??? 何を言っている? それは手早く呪詛を集める場合の方法でしょう? そんな惨い事、許せる訳がない。多くの場合は安楽死に決まっているではないですか」
うん?
そんな国にはもう一度攻め込んで、全て平らにしてからやり直した方が良い―――割と真剣に考えてた私へ、エノクが心外そうに言った。
「呪詛とは、人の嘆きや絶望で魔石を歪める技術でしょう? 通常は、死を前にした悲嘆で十分です。人は死ぬ。その現実を少しでも活用しようと思い立ったのが呪詛ではないですか。呪詛兵器を向けられた王国が嫌悪するのは仕方のない事でしょうけど、その礎となる事を決意した者達を冒涜されるのは不快だよ」
「……拷問は?」
「ごく一部の、かなり質の悪い死刑囚だけですよ。しかも、恨みが強過ぎて使い勝手が良くありません。兵器向きですね」
……。
…………。
………………あれ?
根本的に前提が違う?
「工作員だったニンフは、ダンジョン化魔道具制作の為にその禁じ手を使ったと聞いています。他国だからこそ、彼もそこまで非情になれたのでしょうが、あれを一般的だと思われるのは不本意ですね」
いや、納得できなくはない。
言われてみれば、呪詛魔石作成に非道な手段は必要ない。エッケンシュタイン博士の悲嘆で呪詛魔石化したくらいだから、病院や葬儀場に置いておけば、薄く広く負の感情を集められる。
悲嘆なんて何処にでもあるんだから、人が集まる場所なら事欠かない。少しでも効率的に集めるなら、死に関わる場所ってくらいかな。
そもそも、国が主導して拷問による絶望や憎悪で呪詛魔石を作るなら、しかもそれが広く知られているなら、国民の支持を得られる訳がない。
虚属性って発想がない代わりに、比較的波風を立てない方法で魔力の誘引性を利用してたんだね。
エッケンシュタイン博士の記録から着想を得て、私が研究してるだけだから、王国がこの件に関して先を行っていた訳じゃない。むしろ、魔力の誘引性の活用に関しては大きく後退してるね。
とんだ勘違いをしてたみたい。
「僕としては、王国の状況の方が信じられませんね。悪用すればあんな危険な技術を、国が管理していないなどあり得ないでしょう」
「……帝国ではそこまで徹底して?」
「決まっています。詳細を知るのは専門の研究者と、一部の立場ある例外だけ。魔石の性質を歪める目的で感情を集める魔道具は方々に設置していますが、厳重に封印し、資格ある者が管理しています。呪詛魔石には管理番号を振り、使用状況は全て記録しています。当然でしょう」
王国では忌避するあまり、無知が過ぎた。
管理どころか、知る事、触れる事すら禁忌だったせいで、民間、しかも質の悪い組織に氾濫したんだと思う。
特に、帝国と繋がりのある組織なら有用性は知っている。帝国で手に入らないなら王国で、と考えても不思議はない。ついでに技術も聞き齧りだから、手早く呪詛魔石を得る為に拷問が横行した。
で、そんな忌まわしい扱われ方だから国は徹底した否定を目指す。
酷い悪循環だよ。
「エノク、その話、誰かにした?」
「わざわざ報告するような事かい?」
……だろうね。
常識が違うから、エノクからすると“その程度”くらいのものでしかない。
王国は忌避し、全てを否定していた。
だから齟齬が埋まらなかった。
私は目配せして、フランに王都邸のお父様へ連絡してもらう。大きなお土産ができた。
監視役の1人も走って行った。多分、記録用のメモとか、録音用に魔道具とか揃えに行ったんじゃないかな。勿論、彼等も招待する。
「エノク、もっと詳しく吐こうか?」
「……圧が強くないかい?」
「大丈夫、エノクにとっても利のある話だよ。もしかすると、王国での待遇が変わるかもしれない」
「よ、よく分からないけど、協力はするよ。するから、自分で歩かせてくれないか?」
「まあ、まあ。まあ、まあ」
私は自宅へエノクを引き摺って行く。
逃がす気はない。
予定変更、今日はエノクを絞るのが最優先。
ギルドはフランに伝言だけ頼んでおいて、また来ればいい。
この情報、王国にとっての価値を、彼は分かっていない。
呪詛を根絶できたとしても、悪用する場合には虚属性技術にも危険が付きまとう。管理は必要だと思っていた。今は限定的だから私が把握できても、これからは難しい。
帝国での呪詛の取り扱いは、王国が虚属性を取り入れる上で非常に参考になる。帝国の場合をテストケースにして、詳細を詰めればいい。そこへ私の魔道具を組み合わせれば、管理側の労力もずっと減る。ゼロから体制を作るって無茶を、国に押し付けないで済む。
しかも、帝国の呪詛の捉え方が広まるなら、虚属性についても忌避感が減って、門戸が広がるかもしれない。
その為なら、エノクを軟禁するくらい何でもないよね。
何と言っても、一部の立場ある例外、訊きたい事はいっぱいある。一から全部、知ってる限りを話してもらおう。
この尋問は長くなりそうだね。いい拾い者をしたよ。
お読みいただきありがとうございます。
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




