せめて、できる事を……
300話突破です。
我ながら、よくここまで来たものだと驚いています。
エノクがギルドにいた理由は、おおよそ見当が付く。
学院で王国寄りの教育を受けた後、帝国議員として戻る事になっているエノク。
とは言え、それはまだ何年も先の話、その頃まで帝国を空けたままにしていたのではエノクの影響力が残らない。
そこで、唯一残った彼の側近が一足先に戻り、エノクの代理として政務に取り掛かっている。いずれは帰るのだから、代理とは連携し合わないといけない。
そんな訳で、ここにある遠距離連絡用の魔道具を使いに来たんだろうね。
王国でも整備途中の魔力波通信機を、帝国に貸す義理はない。ここに通うくらいの骨は折ってもらおう。
で、そのエノクはキョロキョロと何かを探している。
「今日は、オーレリア様と一緒ではないのかい?」
「……」
イラッとするよね。
普通、挨拶もそこそこに意中の人を探すかな?
確かに私も、いつかのここでの遭遇を思い出したよ? だからって、傍にハワードさんが居るのに、オーレリアの再現まで期待するかな。間違いなく彼、視界に入ってないよね。
そもそも、いつまでオーレリアに恋慕してるの?
「まだ未練があるの? それとも、オーレリアとエノクの婚姻は今更あり得ないって事すら分からないくらい、頭が悪いの?」
エノクは王国との繋がりを残す為、王国貴族と婚約する可能性が高い。監視とも言う。王国に命を救われたエノクに、相手を選ぶ権利はない。
でもって、その王国貴族にオーレリアが割り当てられる可能性はゼロだよ。
カロネイアの一族で、私の友達。
国が手放すとかある訳ないよね。
「そのくらいは知っています。しかし、憧れるくらいは良いではないですか。君と共に南ノースマークへ行ってしまって、鍛錬を共にする機会も無くなったのだから、ほんの僅かな出会いを期待するくらい、許してほしいものだね」
「知ってる? そう言うのを、女々しいって言うんだよ」
「……」
いつもの様に、ごく自然にけんけんと角付き合わせる私達を、ハワードさんはポカンと見ていた。
こんな低レベルな言い争いを、いつもしていると思われたくはないかな。
「スカーレット様、彼は?」
「立場を亡くした帝国の元皇子ですよ。今は、帰る場所を作る為に必死で働いているところです」
「ああ……」
一応紹介しておくと、何とも言えない感じの溜め息が漏れた。
考えてみると、ハワードさんはエノクが連れてきた工作員のせいでかつての立場を失ったんだよね。
「何か思うところがありますか?」
「……いえ、私の今の境遇は、あくまで私が負うべき責任です。誰かのせいにして楽になろうとは思いません。ただ、あの国を好きになれそうには、ありませんね」
そこは時間をかけて少しずつ変えていくしかないと思う。
まあ、その前に帝国が変わらないと王国的に受け入れは難しいかな。
「私は討伐へ行くので、これで失礼します。けれどその前に一つだけ」
「何か?」
「折角ですので念の為に、スカーレット様の耳に入れておこうかと。現騎士団のコンラッド・ヴィルゲロット団長、ベイリス・ローマン副団長、彼等が今の立場に就任する際、姉は反対したそうです」
思ってもみない情報が出てきた。
王子妃に騎士の任命権なんてない。ハワードさんを軍へ出向させたくらいだから伝手はあるだろうけど、表立った影響力を発揮できるほど強くないと思う。
そして、あのジローシア様が個人的な損得で意見を口にしたとは考えにくい。
「……それは、どうしてでしょう?」
「申し訳ありません、分かりません。当時のローマン副団長は私の上司です。先入観を持つのは良くないと、詳しくは話してもらえませんでした」
つまり、はっきり糾弾できるような何かではなかったのだろうね。
騎士の人事に割り込むなら、性格的な問題では弱い。そして、ジローシア様の反対意見は通らなかった。思想、表沙汰になっていない人間関係、確証のない疑惑、そんなところかな。
「私はどちらとも面識があります。当時の曇った私の評価がどれほど参考になるかは分かりませんが、身近にいたローマン副長は私の目標でした。職務に忠実、部下にも慕われ、騎士として理想だと思っていました。ヴィルゲロット団長は若くしてその実力で成り上がった人です。学院でも成績優秀、戦術論や軍事心理学ではカロネイア将軍も一目置くほどだったと聞いています。強いて挙げるなら、騎士団長就任時点で年若く、経験不足を不安視する声があったくらいでしょうか」
確か、アドラクシア殿下と同期なんだよね。
実力主義とは言え、20代後半で騎士のトップに立つと言うのは前例がない。前例がないって事は、慣例主義者の反発に遭うに決まってる。珍しい事じゃないかな。
「でも、それだけで反対すると言うのは、ジローシア様の印象にそぐいませんね」
「私も、そう思います。正直、姉が慎重すぎたのだろうと、最近まで忘れていたくらいです。ただ、その2人が先頭に立って姉の死について調べていると知って、言いようのない不安を抱いたのです」
事件から3カ月、あまりに捜査が進んでいないとも言える。
呪詛魔法への警戒が抜けていたとは言え、ハミック伯爵の自白を得られればそれで済むと決めつけていた姿勢には疑問が残る。自白って、単に迫るものではなく、証拠を固めて吐かせるものだよね。
立場を利用した悪意が介在していないとは言い切れないかもね。
ま、同時にハワードさんの証言も、何処まで信じたものか疑問だけど。
「騎士を統括する立場にある彼等が、恣意的に結論を曲げていると思っている訳ではありません。私の印象としては、国に仇なすような方達ではないと思いますから。ただ、そう言った過去があったとだけ、覚えておいていただけますか?」
「それは構いませんよ。でも、どうして私だったのでしょう?」
「単に、信頼できる貴族が居ないと言うだけです。騎士時代の私は、褒められる人付き合いをしてきませんでしたので」
ああ、中身の無い交友を続けていたら、大人になった時に友人関係が残っていないって、あれだね。
前世、事故に遭う前の私がそんな感じで泣けてくる。
趣味や仕事の愚痴については話せても、心の中をさらけ出した事がないから仲が深まらない、と。
そのせいで、1人温泉旅に行って事故に遭ったとも言える。
「私はもう、姉の事件を追える立場にありません。ですから、できる限りの事はしておきたかったのです。スカーレット様に姉の無念を晴らしてほしいと言っている訳ではありません。スカーレット様なら、然るべきところへ情報を流してもらえる。私の希望はそれだけです。情報は、好きに扱っていただいて構いません」
ジローシア様の死を悼む気持ちがない訳じゃない。
真相が気になるに決まっている。
けれど、どうしようもなく身分差って壁に隔てられてしまった。
血縁はあっても、書類上は家族ですらなくなっている。ハワードさんが事件に関われる手段は存在しない。
なら、気持ちを汲んであげるくらいは良いかな。
「分かりました。気に留めておく事は約束します。今後、騎士団の動きに不審を感じたなら、然るべき人へ報告しておきますね」
「……ありがとうございます。今日、お会いできて、本当に良かったです。では、今度こそ失礼します」
そう言って、ハワードさんは深々と頭を下げて去って行った。
ワーフェル山の謝罪以来、こういった所作がとても丁寧になっている。
「悪い、少し話し込んでた。何か良い依頼は残ってるか?」
「おう、遅かったな。コボルト行くぞ、コボルト」
「またかよ。あいつ等、すばしっこくって苦手なんだがな」
「馬っ鹿。今日の酒代稼ぐより、大事な事なんてある訳ねぇだろ?」
クエストボードへ向かったハワードさんは、さっきまでが嘘みたいに気安い様子で仲間に声を掛ける。その様子に違和感はない。
本当に、今の生活に染まったんだね。
今の彼なら、信じてもいいかと思う。
ハワードさんが、事件の調査を私が引き受けた事実を知る筈がない。
それでも姉の為にと、情報を流してくれた心意気は認めていい。
「フラン。帰ったら、コンラッド・ヴィルゲロット団長、ベイリス・ローマン副団長、2人の詳細を洗って」
「何かあると、思われたのですか?」
「なかったらなかったでいいよ。そもそも、侯爵家やアドラクシア殿下が知らない筈もないしね。私が納得できるかどうか、それだけだよ」
「畏まりました」
次に彼に会う機会があるか、分からない。
でもそんな“もし”があるなら、もっとジローシア様の思い出話に花咲かせたいと思った。その為には、こんな嫌な事件はさっさと終わらせないとだね。
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