冒険者ギルドへ
あの日、突然頭を下げられて、この人にそんな機能が備わっていたのかととても驚いた。とは言え、折角生き残った人達との間にわだかまりを残そうとは思えなかった。既に謝罪は受け入れている。
だから今更、距離を置く理由もない。
そのままギルドまでの道を並んで歩いた。
「そう言えば、お会いする機会があるならお礼を言いたいと思っていたのです」
「私、ハワードさんに何かしましたか?」
減刑の件はワーフェル山での様子を正直に報告したに過ぎない。
追悼式典の様子から極刑までは望まないと申し添えたけど、掃討作戦前の愚挙も余さず伝えたから、私の証言が量刑を左右したとは思えない。
「ワーフェル山での戦死者全員に、聖女基金から弔慰金を出してくださいましたよね。おかげで、私の恩人のご両親を施設に入れてあげられました。身体の弱い父君の為にと続けていた仕送りが滞って、ご家族が路頭に迷わずに済みました。ありがとうございます」
「特別な事ではありませんよ。私達はあの34人に救われた。彼等無くしてワーフェル山での勝利はありませんでした。私は、私にできる範囲で、彼等に報いただけです。ただのお金、あの人達の決死に報いられたとは思っていません」
「それでもお金です。今の生活になってつくづく思います。生活の基盤は、やはり金銭なのだと。家族を失った悲しみより、困窮する生活に振り回された可能性もあったかもしれません。家族が彼等の死を悼む機会を守ってくれただけで、彼等も聖女様に感謝している事でしょう」
いつの間にやらこの人も、私を聖女扱いするようになったんだね。
小娘から聖女、随分ランクアップしていて少し居心地が悪い。
王都の一般市民になると、私を崇めたくなる魔法でも掛かっているのかな。
ワーフェル山の件も、私が祈ったおかげで神の裁きが下されて、屍鬼に汚染された山ごと消滅したって噂もまだ根強いからね。人道を踏み外したエッケンシュタイン元伯爵のお屋敷も、同様の扱いになっている。神の逆鱗に触れて屋敷は消えたんだって。
私、宗教家になったらひと財産築けそうだよね。
やる気ないけど。
「恩人なら、ハワードさんがそうして堅実に生きているだけでも喜んでくれるのではないですか?」
「そうだといいのですがね」
「あの事件での恩人と言うと、ピーター・テルミット軍曹ですか? 確か、同じ部隊に配置していましたよね」
「……覚えて、いらしたのですか?」
そりゃ、本気で助けてもらったと思っているたった34人だもの、忘れる筈がない。
事件を起こしたのはオブシウスの集いや帝国でも、私が狭域化実験を計画しなければ、犠牲を生まずに済んだ。責任は背負うに決まっている。
「18年前から国に尽くしてきたと聞いています。本物の英雄ですよ」
それは凄い。
「休みには酒ばかり飲んで、少し高い酒を買う事だけが楽しみだと言っていました。実際は安酒で我慢して、結構な金額を家に送っていたようです。飄々と生きている人ほど多くのものを背負っている。自分が不幸だなんて、大変だなんて吹聴しません。少しは真似をしたいと思っていますが、難しいですね。ただ生きる、それだけの事が―――」
「貴族であった事にこだわって見えないハワードさんは、実践できているように見えますけどね」
「どうでしょうね? ただ貴族でなくなった事に、不思議と未練はないのですよ。ずっと前から、姉のようには生きられないと思い知っていたからかもしれません。自分を殺して大勢の利益を考えるより、自分の安全を最大限に確保して魔物を討つ方が向いていたのでしょう。私は、どうしようもなく臆病者でしたから」
「どちらが正しいと言う話ではないでしょう。ジローシア様はアドラクシア殿下の隣に立つ為に、あの生き方を選択した。私にだってできる事ではありません。贅沢を捨てられない私は、魔物を討つその日暮らしも、受け入れられるとは思いません。わが身が可愛いのです。でも、そんな自分が嫌いではありませんから」
「地位や立場を守る為に多くの責任を背負う。私をそう育てたかった父には申し訳ないですが、私にはできなかった生き方ですね。私も臆病な自分が、今は嫌いではありませんよ。そう、諭していただきましたから」
成程、あの事件は彼をここまで大きく変えたんだね。
こんな話をする日が来るとは思わなかったよ。
「そんなハワードさんなら、長く冒険者を続けられるかもしれませんね。いつか、私からの依頼も受けていただけますか?」
「そんな日が来れば、光栄ですね。姉が私を助けた甲斐もあると言うものです。……そもそも、冒険者ギルドに御用と言う事は、何か素材をお探しですか?」
「ええ、ダンジョンで産出されるいくつかの金属が欲しいのです」
「あー、それは力になれなさそうですね。そんな危ない場所には、まだまだ行ける気がしません。私は、名より実、何より生還を貴ぶ冒険者ですから」
何をおいても名声と栄誉を欲していた少尉さんが、変わるものだね。
「冒険者として実に頼もしくなっていますね。強力な火魔法が使える事ですし、ギルドでも重宝されているのではありませんか?」
「魔導士のスカーレット様に言われてしまうと、くすぐったいですね。あまりおだてないでください。あんな事件を起こしたくらいには、調子に乗りやすいのですから」
この自己分析ができていたなら、騎士団でも出世できていたと思う。
あの偏向主義者を、どうしてジローシア様が殿下の護衛に推したのかと疑問だったけど、こういうところを知っていたからかもしれないね。
騎士団から左遷され、軍をも解雇、身分すら失い、ジローシア様がいなくなってから花開く才能と言うのも皮肉だね。
そんな事を話しながらギルドの扉をくぐる。
あの事件で一緒だった金剛十字をはじめとしたパーティー、ハワードさんとは別に冒険者家稼業を再開したリグレス元大佐とも連絡を取り合っているらしい。
目下の関心事は、魔法籠手の販売なのだとか。
少し強力な魔法が使えるからこそ、他の属性を備えて戦術の幅を広げたいと言っていた。折角なので、パリメーゼ国境戦で活躍した“燃える氷”も実用化できるかもしれないと匂わせておく。魔法籠手はオキシム中佐と魔塔に任せたので、一般への実用化も急かしてほしいものだね。
で、クエストの確認に行くハワードさんと別れようとしたところで、また知った顔と出くわした。
「げ、エノク」
「相変わらず失礼ですね、君は。貴族は感情を隠すものだと習いませんでしたか?」
私がギルドに来ると、エノクとエンカウントするよう仕組まれているのかな?
そんなフラグは要らないよ。
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