入学
オーレリアと王都を観光して、海水浴に行って、今世初の温泉を堪能して―――王都に遊びに来た訳じゃないからね。
この国の始業は秋からになる。昔、夏前の雨期になると、王都が水害に遭うため、各地の貴族が支援物資を持って王都に集まり、復興がひと段落した時点から学院を開始していた名残らしい。
欧米みたいだな、なんて暢気な感想は早々に粉々になったよ。勿論、夏季長期休暇の由来も同じだからね。旧名、復興休暇。休めたのは授業だけだと思うけど。
私、その時代に転生しなくて良かったよ。
貴族は既製服なんて着ないから、制服はない。
だからって規制なしだと、奇想天外な格好の人が湧いてくるから、白系のシャツとブレザーだけは規定されてる。ブレザーは華美が過ぎないもの、とあるだけだから、色の指定もされてない。装飾以外の金と銀は王族の専用色だけど、他は何でも許される。
袖や裾、ポケット口に刺繍や装飾品を付けるくらいで、他は生地の質や柄で差別化するのが普通。胸に紋章を入れてる人も多いね。
あくまで原則だから、背中に大きな竜の刺繍を入れている男の子とか、フリルをいっぱい付けてドレスみたいにしている子とか、宝石を大量に縫い付けたビーズアートみたいな子もいるけどね。
貴族の判断に、いちいち文句付ける人もいないしね。
インフルエンサーのつもりかもしれないけど、奇抜が過ぎて、評判を落とすだけだよ。
私は、赤いブレザーとチェック柄のスカートを用意した。派手なのは好きじゃないけど、袖に芙蓉の花を刺繍してもらった。地味過ぎると貴族らしくないと言われるからね。でも、胸の紋章だけで十分派手な気がするよ。貴族的にはこれを柄とは見做さないらしいけど。
おとなしめが好きなオーレリアは紺色のブレザーに灰青色のスカート。前世制服的な組み合わせだけど、籠手を描いた盾を雲模様で飾った紋章があるだけで、随分印象が違う。
丸襟のブラウスが可愛いね。
もっと動きやすい格好だと思ってたから、ちょっと意外。風魔法なら、スカートが捲れる心配しなくていいのかな?
私とオーレリアだけでこんなに違う訳だから、講堂に集まると目がチカチカしたよ。色とりどりの子女500人以上がアーチ型の講堂に詰めかけてる訳だから、無理もないけどさ。
入学式なんて、世界を跨いでも違いはあんまりなかったよ。
お偉いさんのお話は、何処の世界も長いって再確認したくらいかな。隣のオーレリア含めて、船漕いでる人はいっぱいいたよ。私はオーレリアの頬っぺつついて起きてました。
国王様から始まって、宰相、各種大臣、魔塔と軍の責任者、都長、学院長。耐久長話レースは半日続いたよ。国の有力者全員来る必要あったかな?暇なの?責任者出て来い!って叫ぼうと思ったけど、一番最初に出てきてました。ここ、王立だからね。
学院は日本の大学の単位制に近いから、式の後は教室に集合、なんてない。
次の予定は学院生の交流パーティー。
憂鬱な予定が続くよね。
パーティーは夜だから、一旦解散。
時間の余裕はあるけど、公式のパーティだから、次はドレスを着なくちゃいけない。制服が正装扱いだった日本の学校は楽だったとしみじみ思う。
「レティ、受ける講義を相談しましょう」
「あー、うん」
オーレリアには悪いけど、私は生返事。
学院の講義内容は、必修科目と選択科目に分かれてる。
必修科目は基礎を中心とした初等教育、選択科目は将来の専門に応じた内容を選べる高等教育。
単位の修得はテストの合否で行われ、テスト自体は何時でも受けられる。つまり、初日に合格してしまえば残りの授業は免除されて、単位が手に入る。何なら、講義開始前に受けても問題ない。必修でも選択でも同様に。
卒業の条件は、必修の単位を揃えるだけ。ただし、貴族子女の交流が、学院の第一目的なので、中途卒業はない。
必修内容は入学前に予習して、多くの者がテストだけで終わらせる。4年かけて選択科目を履修するのが一般的と聞いていた。
オーレリアのお誘いは、この選択科目を合わせましょうって事。
仲のいい友達と、授業をできる限り揃えようと思うのは当然だよね。分からないところは教え合って、テスト前は一緒に対策。
オーレリアがそれを望んでくれてる事は、理解できるんだけどね。
10日程前、入学手続きの後、講義内容を見た私は吃驚したよ。
選択科目含めて、未修内容がありません。
むしろ、ハバーボス大陸語とか、ルミテット教国の歴史とか、南部遊牧部族の文化とか、寒冷生息魔物の生態とか、講義予定にない知識もいっぱい履修済みですけど!?
私、王都に何しに来たの?
4年間、卒業はできないんだよ!?
考えてみれば、幼少期からとはいえ、6年間あれだけ勉強したんだから、学院の履修範囲で収まる筈もないけれども。
いや、お父様たちがどうして私に勉強させたのか、フランが説明してくれたから理解はできる。
国が今、王位を争って割れている事も知っている。
そこに来て、私の立場が微妙なのも分かる。
追加で学んだ内容も、無駄にならないものばかりだと思う。
でも、立ち直るのに少し時間をちょうだい。
次に帰ったら、私同様に頑張ってるカミンをいっぱい褒めてあげよう。
「学院講師試験、ですか」
私としても、オーレリアと一緒に勉強したいのはやまやまだけど、どう考えても叶いそうにない。テストを受けずに、内容を知ってる講義に出るのが許されるほど、侯爵令嬢の立場は甘くないしね。
隠しても仕方ないので事情を説明して、これからどうする予定かも伝える。
まあ、驚くよね。
ちなみに、オーレリアも3割くらいは選択科目も学習済みで、空いた時間は騎士の訓練に混ざるんだって。
「まずは学院のテストを終わらせなきゃだけど、選択科目の単位を全て取り終わったら、特例の試験が受けられるんだって」
前例のない試験ではないらしい。何年かに一度は受験する者がいると聞いた。例えば、第2王子とか、お父様とか。
「家の方針でいろいろあるとは知ってましたけど、改めて聞くと驚きますね。じゃあ、レティは先生になるんですか?」
「ううん、講師になると学院施設に専用スペースが割り当てられるから、しばらくはそこで領の仕事をする予定」
「ああ、家の仕事を持ち込むには、寮は機密性が乏しいですからね」
王都邸はあるけれど、そこに籠ると子女との交流が果たせない。だから、学院の一角に籠る、と。
宛がわれる仕事は、強化魔法練習着関連の諸々。領地で仕事を引き継いだ文官を心配してたら、私に降ってきました。
知らなかっただけで、元々その予定だったんだろうね。
「余裕ができるなら、魔法の研究はしたいかな」
主にモヤモヤさんの、とも言うけど。
「魔塔に入るんですか?」
「そこまで本格的に始めるかは分からないけど、講師になったら閲覧できる専門資料が増えるらしいからね」
「講義する気になったら、教えてくださいね。絶対、受けに行きますから」
知ってたけど、ぐいぐい来るよね、オーレリア。絶対、の圧が強いよ。
学院生活始まりました。
思っていた学生生活は無かったけども。
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