アノイアス殿下の傷
性暴力を匂わせる描写が含まれます。
ご留意ください。
「えっと……、ごめんなさい?」
結局あの後、空気が最悪のまま城を辞した。
やっちゃったのは間違いないけど、情報が明かされる事はなかった。そんな訳でどう謝ったらいいものか、イマイチ分からないまま帰ってきたよ。
キミア巨樹について報告できる雰囲気じゃなかったから、また呼び出されそうな気もしてる。
ま、アノイアス殿下の異常反応へ不用意に触れたのが拙かったのは間違いない。事は外道技術、踏み込まれたくない過去ってくらい、配慮しないといけなかったよね。殿下は私の上位者な訳だし。
「私も、あらかじめ釘を刺しておくべきだったと反省している。けれどそれを置いても、迂闊が過ぎたのは分かるね?」
「……はい」
「ハイドロ、あれを」
「はい、旦那様」
お父様は執事に命じて1枚の書類を私の前に置かせる。そしてハイドロはフランを連れて執務室から出て行った。
待って、この状況で置いて行かないで……!
私の無言の懇願が、受け入れられる筈もない。お父様の前に1人、取り残された。
「―――魔導契約書」
私は差し出されたものを見て絶句した。
信頼する側近を外へ出しただけでも怖いのに、家族間ではまず考えられないものが出てきてしまった。
「あの、お父様? 私、無理に秘密を聞き出そうとは思ってないんですけど……」
「うん、君ならそうだろうね。無闇に隠し事を暴こうとしないとは信じているよ。でも今回の場合、情報を開示した方がレティもしっかり反省するだろうからね」
あ、ヤバい。
お父様が静かに怒っている。
「大丈夫、レティに詳細を明かす許可は陛下と殿下から得ているよ」
いつの間に!?
と言うか、絶対に秘密を洩らせない状況での開示が認められたって事だよね。お説教にそんな周到な準備は要らないです。
「そこまでするくらいなら、あの場で話してくれても良かったんじゃない?」
「あそこにはファーミール様がいたからね。とても話せる環境にはなかったのだよ」
第2王子夫人、ファーミール様の名前が出てきて余計に気分が沈む。
拙い。
女性と呪詛魔法、悲惨な内容って気配をひしひしと感じるよ。
だからと言って、逃げられそうにはないので大人しくサインする。内容は今日ここでの話を他で洩らさない事、とてもシンプルなものだった。
「アノイアス殿下が学院4年目、丁度、アドラクシア様が卒業の年だった。その時点で殿下達は既に婚約していた。それなのに、とある商人の息子がファーミール様に懸想したんだ」
「商人? 当時は伯爵令嬢とは言え、高望みが過ぎない?」
「うん、勿論相手にされなかったらしい。しかし、話はそれで終わらなかった。そして彼はウォージス君のような真っ当な一般入学枠の生徒でもなかった」
難関試験を乗り越えたからと言って、人格が伴うとは限らない。外面を取り繕う術を知っているなら教師の面談を突破してしまう事はあり得るし、いつかの暴行犯みたいに入学後悪事に染まる場合もある。
「更に、彼の実家は裏社会との黒い繋がりもあった。そこから呪詛魔石を手に入れてしまった。父親は父親で息子に甘く、人間性に問題を抱えた人物だったらしい」
「……まさか、それでファーミール様を催眠状態に?」
「そうだ。毎夜毎夜、彼女を部屋に呼び出したらしい。しかも、ファーミール様に記憶は残さない徹底ぶりだった。おかげで誰も気付かないまま、1カ月近くの時間が過ぎてしまった」
屑だ―――!
呼び出された先で何があったのかなんて、考えたくもない。
「発覚は偶然だった。寮を出るファーミール様を目撃した生徒がいてね、不審に思って殿下に報告した。そこからのアノイアス様は苛烈だったよ。あっと言う間に彼の商会は消滅した。ただ、ファーミール様の事を思えば表沙汰にできる訳がない。悪事を暴くのではなく、経済的に潰す事を選択した。犯罪者としては裁けないから、悪事に手を染めた者達は事故に遭ってもらったよ。当の学院生は冒険者に護衛されて山に入り、不運にも戻って来なかったそうだ」
ゴブリンあたりの餌になったかな?
特に同情は無いね。
「ファーミール様にそんな事が……。普段の様子からは全く気付けなかっ……あ!?」
「そう、彼女の記憶は閉じたままにしてある。アノイアス殿下はファーミール様を諦めなかった。全てを受け入れる覚悟で事件を隠蔽した。そしてファーミール様の心を守る為、隠し通す事を選択されたんだ」
最悪だ。
これは叱られても仕方ない。
考え無しにファーミール様の前で話題に上げるなんて、殿下の覚悟を台無しにするところだった。
アノイアス殿下が感情を乱れさせたのも仕方がない。
どう考えてもトラウマものだよね。
たとえあの場にファーミール様がいなかったとしても、違和感を感じた時点で、デリケートな問題だと察するべきだった。無闇に吹聴できないのだから、前以っての警告も難しい。呪詛魔法の悪辣さをもっと考慮すべきだった。
疑問がそのまま口から零れるとかあっちゃいけない。せめて、内々に質問していればと反省する。
ファーミール様に伝わらないよう配慮した上で、お詫び状の1つも出しておいた方が良さそうだね。
私も女の子なので、もしこんな事態に巻き込まれていたらと考えるだけで恐ろしい。女性らしく育つ気配はないのに、特殊性癖を向けられた事もあったよね。何処に危険が潜んでいるか分からない。呪詛について詳しく知る前なら、私にも抵抗できなかったと思う。
当時のファーミール様に護衛がいなかった筈はないけど、不可解な術式からは守れなかった。それだけ呪詛に対する備えは難しい。悪意を向けられた時点で、対抗する術がほとんどない。悪夢でしかないよね。
とりあえず、学院にも急ぎで呪詛探知機を設置しようと決めた。
「どれほど不用意な発言だったか、分かったかい?」
「はい……、身に染みました」
「どう償えばいいかも、分かるかい?」
「1日でも早く事件を解決できるよう、呪詛技術を撲滅できるよう手を貸すってくらいかな?」
「ああ、陛下もそれを望んでおられた」
しかも、領地に引き籠っているこの状況で、だよね。
なかなか無茶を言ってくれる。
ま、今回は自分で負い目を作った訳だしね。上手く転がされてる気もするけど、自業自得とも言える。
アノイアス殿下の意気込みの原点を知ってしまった。そして女性として、呪詛の悪用が許せない気持ちも生まれた。他にも似た犠牲者がいるかもしれないと考えると、怖気が走る。ふざけるなって思う。
加えて、虚属性研究を強行した責任もある。いい加減、事件に対して他人事の立場ではいられないかな。
「うん? もしかして、時期的にアドラクシア殿下の婚約破棄騒動と重なる?」
「その通り。おかげでほとんどの貴族の目を逸らせたとも言える」
あ、なるほど、それでアドラクシア殿下の婚約破棄は面白おかしく噂が残っているんだ。
王位を争っていても、別に仲の悪い兄弟って訳じゃない。
子爵令嬢に入れ揚げて侯爵令嬢を手放しかけた道化を演じる事で、隠蔽に協力してたんだろうね。
そんなアドラクシア殿下が、今度は呪詛が絡んだ事件でジローシア様を失った。つまり、呪詛を悪用する者自体が王家の敵と言える。
何かの切っ掛けで過去を思い出してしまうかもしれないファーミール様を、アノイアス様的には呪詛の情報から引き離しておきたいところかも知れない。でも事件が起きてしまった以上、ファーミール様の自衛の為にもある程度の情報は共有しておかないといけない。悩ましい話だね。
「両殿下共に、呪詛犯罪に対して感情的になってしまう理由がある。だから第三者的に事件を捉えられる私が協力しろって事?」
「勿論、騎士団は騎士団で捜査を続けるよ。けれど彼等は既に事件の本質を見失っている。それに、呪詛に関して理解も低い。専門的な知識を得るほど下地を整えていないと言う事もあるしね」
確かに、一から学ぶには難解な内容も多い。
それが分かっているから、呪詛探知機は原理を知らないまま扱える仕様にした訳だし。
「乗り掛かった舟だ、レティだけに押し付ける事はしないよ。私もできる限りの情報は集めてみよう」
それはノースマークの人脈を最大限に活用するって事。
かなりとんでもない事になるのは間違いない。
「その上で、君の知見からの所感が欲しい。どうだろう?」
「……私もジローシア様にはお世話になった。恩人が殺された真相が気にならない訳じゃない。できる限りはやってみるよ」
「うん、頼んだよ」
虚属性関係の魔道具制作も限定的に進んでいるけど、本当の意味で実用化を目指すなら、呪詛廃絶は必須となる。虚属性を解明する事で呪詛技術を時代遅れにすると、アノイアス殿下を焚きつけたのも私だった。
虚属性について研究し、安全を保証し、試作を重ね、製品化し、可能性を世間に知らしめる。それが私が負った使命。拡大解釈するなら、呪詛が絡んだ事件の解決も、勅書を受けた私の義務かな。
思い描く子爵領を作る為にも、虚属性技術を広く届ける為にも、今は悪意と向き合おう。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




