呪詛探知レーダー
「なるほど、厄介な事態である事は分かった」
私は思い付く限りの可能性を話した。
見知らぬ第3者が現場にいた可能性。
堂々と部屋から去って行った、或いは事件発覚時に部屋に潜んでいた可能性。
ハミック伯爵が催眠状態にあり、本人の意思とは関係ない状態で殺害へ誘導された可能性。
ジローシア様自身が呪詛催眠下にあり、自害させられた可能性。
第3者すら当人の意思で動いていなかった可能性。
殺害した犯人が凶行を覚えてすらいない可能性。
犯人に繋がる証拠を呪詛によって隠蔽されている可能性。
重く吐き出したディーデリック陛下の溜息が、深刻さを代弁していた。
キミア巨樹の話題に目を輝かせていた気楽さは微塵も残っていない。
更に顔色が悪いのは騎士団の2人だった。
この数カ月、事件解決への尽力が全て無駄だったかもしれないのだから無理はない。王族、元侯爵令嬢の殺害事件が迷宮入りなんて許されない。
「し、しかし、ノースマーク子爵の仮説が正しいという保証もありません。ハミック伯爵が犯人でないとは、言い切れない筈です」
「ええ、勿論。呪詛魔石を犯行現場に残した事自体が偽装で、第3者の可能性へ捜査を誘導する事が目的だったかもしれません。しかし、今、その可能性を論じる必要がありますか?」
「え?」
全て間違っていたかもなんて、否定したいローマン副団長の気持ちも分からなくもない。
でも、目を逸らしたからって何も解決しないよね。
「既に拘束しているハミック伯爵は逃亡も証拠隠滅もできないのです。その状態で他へ目を向ける事に、何の問題があるのでしょう? 彼女が犯人であるという思い込みに囚われて他の疑惑を放置するつもりですか?」
「そ、それは……」
この国に容疑者の拘束期間についての取り決めはない。
疑うのに足りるだけの理由があるならハミック伯爵の拘束は続けられる。沈黙を貫くばかりで無罪を主張しようとしない伯爵にも不審が残るしね。
「確認するが、貴族としての待遇は保障しているのだな? 犯人だと決めつけ、非人道的な拷問など行っておるまいな?」
「は、はい。彼女はまだ陛下の臣下です。暴力や恫喝と言った過剰な尋問は行っておりません」
逮捕前に罪が確定したエッケンシュタイン元伯爵と違って、拘束時点で疑いの残ったハミック伯爵は爵位を剥奪されていない。陛下が頷いていないし、議会も意見が割れていると言う。
爵位が残っている以上、特権によって逮捕はできない。軟禁状態にはあるのだろうけど、生活に困るような環境に置く事は許されていない。だから黙秘を続けられているのかもしれないけども、騎士団は騎士団で殺害現場にいたこと以外に証拠を見つけられていないのだから、伯爵に過剰な尋問を強行できない。
容疑者が伯爵位になかったら、相当凄惨な取り調べになった事は間違いない。事は王子妃の殺害だから、犯人へ怒りを漲らせている人は騎士団にも多いだろうしね。特にジローシア様は、弟の人事に口を挟めるくらいは騎士団との繋がりも強かった。
陛下の懸念を否定したのはヴィルゲロット団長だったけど、ローマン副団長は慌てた様子だったから、彼は苛烈な尋問で証言を引き出せば片付くと思っていたのかもしれない。
「……捜査の方針は改めて騎士団で協議させるとして、問題は呪詛魔法が城内で氾濫している可能性の方だな。ノースマーク子爵、対応策はあるのか?」
「はい、専用の探知魔法を付与した魔道具を用意しました。王城は効果範囲に収まります。王都中とは参りませんが、警備隊に発信機を管理させる事で補える予定です」
「助かる。常時監視が可能なのだな」
「ええ、だからこその魔道具ですから」
帝国との戦争の際には、虚属性を用いた風の探知魔法を使った。
ただしこれだと恒常性に欠ける。
隠匿の監視なのだから、常時稼働でなければ意味が薄い。
そこで、新しく魔道具を作った。
仕組みはそれほど難しくない。魔力を薄く散布すればいい。呪詛属性、誘引力を持つ魔石があるなら魔力が引き付けられる。呪詛魔法なら更に痕跡は大きくなる。
もっとも、室内だと風は阻まれてしまうから、魔道具には電磁波を使った。今回の発明の肝はここにある。
地と風、光の属性を融合させれば、電磁波に魔力を載せられる。虚属性研究で属性を融合させられるようになったから生まれた技術だね。
魔力波通信機の開発時と同様に、モヤモヤさんがチャフとして働いてしまうから効果範囲はあまり広げられなかったけど、音声を届けるほどの精度は必要ないので多少の乱れは許容できる。複数の発信機で王都中を網羅して、受信機側で拾った電磁波の方角、強度から異常個所の位置を特定する。
風属性の探知と違って、微細な乱れも感知できるのが強みだね。おかげで虚属性魔法と呪詛の違いも判別できる。誘引力は同様だけど、呪詛の場合は無理矢理発現させている分、痕跡には歪みが生じる。そこを見分ければいい。
「ふむ、原理は難解だが、効果は分かりやすいな。ヴィルゲロット団長はすぐに王城に設置し、厳選した者に監視させてくれ」
「はっ!」
真面目に指示を出しているように見えて、陛下が仕様書から顔を上げる様子はない。
とりあえず城内に潜伏している呪詛の追跡方法は明らかになったので、興味は探査装置の原理に移ったみたい。
見つかった場所によっては面倒な問題になるかもだけど、今から頭を悩ませる必要はないよね。
「城内に封印している呪詛魔石については、金属製の箱に入れる事で電磁波を遮断できます。探索の邪魔になる事はありません。逆に言えば金属製の箱で保管すれば呪詛魔石を隠蔽できてしまいますから、この魔道具の原理については秘匿してください」
「原理を知らなければ使えない訳ではないのだから、問題ないだろう」
「理解しろと言われても困りますから、こちらとしても助かります」
ヴィルゲロット団長はげんなりした様子で仕様書から顔を上げた。
魔力技術の発達のせいで電磁波の研究は遅れている。専門家でもなければ無理ないと思う。
前世知識をがっつり活用しているから、ぱっと見理解できる人なんて、国に何人もいないだろうね。
「ノースマーク子爵、この魔道具の量産はできますか? これがあるなら、すぐにでも呪詛魔石を根絶できる筈です。時間を置けば、対策を講じられる危険も高まります。できる限り実用化を急ぎましょう!」
「……落ち着いてください、アノイアス様。かなり特殊な素材を用いていますから、急な量産は無理です」
「それなら、今すぐ国中へ布告を出しましょう。どのような手段を使ってでも、その素材を集めるようにと……」
「待ってください。必要としているのはダンジョン産の特殊な金属です。急かせば手に入るものではありません」
ダンジョンのドロップは完全にランダム、急いだところでどうにもならない。むしろ、危険ばかりが増えてしまう。
ついでに言うなら、感知器の精度調整は、今のところノーラの感覚に頼っている。研究チームを作って様々な測定装置を作り、彼女以外が調整可能な環境を作ろうとはしているけれど、達成にはまだまだ時間がかかる。
素材があっても量産できる体制にない。
「それなら、各領地の在庫をあたって少しでも……」
「落ち着け、アノイアス。呪詛を憎む気持ちも分かるが、性急が過ぎても良い結果は得られん。それに、希少金属を国の強権で巻き上げるような事をすれば、どれほどの反発を招くか、考えられないお前ではあるまい」
「……そうでした」
無茶を収める様子は見せたものの、アノイアス様が納得したようには見えなかった。明らかに苛立ちを抑えている。
アノイアス殿下と言うと、いつも柔和で裏に思惑を張り巡らせている印象があった。損得勘定を常に忘れない人だから、この魔道具で領主にどうやって恩を売るか企むくらいはすると思ってた。
感情を揺らすほど量産を急ぐ様子は意外としか言えない。
そう言えば、虚属性研究の許可をもぎ取る時も強固に反対していた。
そして今、陛下は呪詛を憎むと言った。
ただの正義感、使命感ではないみたい。
「アノイアス様は過去に呪詛被害に遭われたのですか?」
「―――」
「―――」
「―――」
率直に質問したら、場の空気が凍った。
やっちゃった、と瞬時に悟る。
どうも、私以外には周知の事だったみたい。で、世間に知られていないって事は、厳重に隠してあるからだよね。
今の発言、取り消していいですか?
王家の隠し事なんかに、首を突っ込みたくないです。
お読みいただきありがとうございます。
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




