再び王都へ
新年はゆっくり家族で過ごせた。
普段なら合間に社交の予定を入れないといけないんだけど、子爵領を訪ねてくる貴族はいない。飛行列車を個人使用しているのは私達くらいだから他領からの訪問は現実的じゃないし、まだ開発が始まったばかりで何もないと思われている。春くらいからは訪問者も少しずつ増えるかもね。
おかげでカミン達と遊ぶ時間もたっぷり作れた。
ウェルキンで領地中の新年祭に顔を出し、南の封印遺跡を探索し、ノーラのところに屋敷を作りにも行った。
こんなに弟達と遊んだのは入学以来だと思う。
あの頃はまだヴァンが小さかったからもっとかも。
冬には雪に閉ざされるノースマークと違って、この辺りは今でも温かい事も遊ぶ機会を後押しした。ヴァンの無限の体力について行けず力尽きたし、封印遺跡やエッケンシュタイン邸で本を読み始めたカミンが動かなくなったりはしたけども。
仕事も大きく進んだ。
特にお父様が作成してくれた領民再配置政策の企画書なんて、私だけでは思いつかなかったと思う。
元エッケンシュタイン領と元侯爵領とでは、生活水準に差が出来てしまっている。困窮から逃げ出した領民も多く、税を緩めるだけでは立ちいかない町村もあった。
人手が足りないからと言って、強制的に移住させる真似はできない。そこで、空いた土地を貸し付け、一定額以上の納税でその土地を譲渡する政策を打ち立てた。基本的には農家の三男四男が対象ではあるけれど、土地の活用範囲は限定しない。工場や倉庫として使っても構わない。
本来なら田舎で使い勝手の悪い土地でしかなかったけれど、コントレイルの運用が可能性を広げたのだとか。お父様の見込みでは、相当数の参入があると見ている。
このあたりは私の発想にない取り組みだった。問題は把握できても、解決策は導けなかっただろうね。
領主として積み重ねの差を思い知ったよ。
そしてお父様達の滞在期間はあっという間に過ぎ、私は皆を王都まで送る事になった。
コントレイルで数時間の距離だけど、私がもう少しカミン達といたいからね。
行先がノースマークでなく王都なのは、お父様には王都での社交もあるから。私の為に1週間も時間を割いてくれた事の方が特別なんだよね。領地開拓中って引きこもりの大義名分がある私と違って。
一応、私にも王城訪問って用向きもある。
先日イローナ様と約束した虚属性の研究成果を提出しないといけない。私的には魔力波通信機で終わりにしたかったのだけれど、直接持って来いと命じられてしまった。
貴族間の社交は免れている筈なのに、一番面倒なところに呼び出されてるよね。
仕方ないから、カミン達と王都を観光するついでに済ませておく。
「レティはイローナ様からの要請を断ったのだよね。今後、王族の誰とも紐づく気はないと考えていいのかい?」
そして、道中はお父様との真面目な時間になった。
「ええ、領地を貰って改めて思ったよ。私は直接民を治める距離感が向いているって。研究を最大限生かす為にも、意見が聞こえる程度の場所が良いよ」
「そうか。レティの気持ちが決まったのなら、私も姿勢を固めよう。ノースマークは王家と結びつく気はないのだと明確に示すよ」
「独断で決めたけど、良かったんだよね?」
「ああ、勿論。私としても、会いたいと思えばこうして会いに行ける関係がいい。娘や息子が家を出るのは仕方ないとして、身分が隔てられてしまうのは寂しいよ」
私は昔から好きに生きればいいと言われてきて、こうして今でもその自由を支えてもらっている。
「お父様は忙しいから頻繁にって訳にもいかないだろうけど、コントレイルはこのまま貸し出しておくから、いつでも遊びに来てね」
「ああ、そうさせてもらうよ。次は何で驚かせてくれるかも楽しみだ」
「考えておくよ。アッと言わせるやつをね」
「お願いするよ。報告書で知るのもなかなか刺激的だけど、できるならレティに直接解説して欲しいからね」
墳炎龍を討伐しましたって報告書で届けるより、顔を合わせた方が精神的な衝撃は少ないのかもしれない。私も時々は帰る時間を作ろうかな。
「……しかし、レティが王家と距離を置くとなると、王太子はアノイアス様で決まりかな」
「そこまで状況は差し迫ってるの?」
「うん。ここからアドラクシア様が立ち上がられたとしても、巻き返しは難しいと思うよ。飛行列車による交通網整備に非合法組織の取り締まり強化、貴族規範の改定と強制力の追加、庶民院設立の提案と精力的に動いてきたからね」
交通網整備は私が切っ掛けだけど、かなりの速度で実現まで持って行ったと聞いている。主要都市間ではもうすぐ走るらしい。
非合法組織の取り締まりは、帝国との戦争前後に国内組織の暗躍があった為だね。呪詛技術も絡んでいるから、根絶にアノイアス殿下の熱意を感じる。
ヴァンデル貴族はこうあるべしって記した貴族規範は大昔からあったのだけれど、すっかり形骸化していた。それを元エッケンシュタイン伯爵の悪行を理由に蘇らせたらしい。貴族としての原点を忘れたせいで許されざる大罪を犯したのだと、税制や領地法の条項に国が監査できる仕組みを作ったのだとか。
そして庶民院は、王国議会に一般市民の席を用意する試みだね。これまでも参考人として呼ぶ事はあったけど、専用の議席を設けるらしい。一部貴族の反発は大きいものの、市民からは絶大な支持を得ていると聞いた。
短期間でこれだけの結果を出すのだから、優秀と噂されてきた第2王子がここぞとばかりに動いた訳だね。
「でも、逮捕されたのは第2王子派のハミック伯爵だよね。自派閥からの不祥事なのに、アノイアス殿下が繰り上がるこの状況に批判はないの?」
「一部ではそう言う声もあるよ。けれど殿下が指示した訳ではないし、それについては伯爵もはっきり否定しているらしい」
だんまりと聞いていたけど、そう言う証言はある訳か。
「そもそもお父様は、本当にハミック伯爵がジローシア様を殺害したと思ってる?」
「状況的には他に容疑者はいないと聞いている。ただ、彼女の人となりとは合致しないね。しかも、現場には呪詛魔石があったのだろう? 伯爵にしても、ジローシア様にしても、そんなものに手を出していたとは考えにくいかな」
つまり、お父様も納得するしかない状況ながらも、不信感は抱いている訳だ。
「そんな事を聞くあたり、レティも受け止めきれていないのかい?」
「うん、少なくとも、呪詛魔石はどちらの物でもないと思ってるよ」
「いや、しかし、第3者が介入する余地はなかったのだろう?」
「現場に呪詛魔石なんて物がなければ、ね。呪詛魔法は現実を歪めて白を黒にも変える。似てもいない偽者と対面しながらフォーゼ副長と誰も疑わなかったし、同様の方法で帝国の工作員も潜伏していた。その状況で、出入りがなかったって証言は当てにならないよ」
「あ……!」
呪詛の認識歪曲は、実際に対峙した者でなければその脅威を実感しにくい。
そんな事はあり得ないって思い込みを、普通は優先してしまう。
疑いはあっても魔法を解除するまで、違和感は覚えなかったくらいだしね。
「殺害現場で呪詛魔石が発見された事もそうだけど、王城内で堂々と呪詛魔法が使われていた。この事件の根は相当厄介なところまで伸びているかもしれないよ」
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




