サプライズ成功、それから
領主邸を魔法で生み出す。
構想は早い段階であった。
私が暮らす場所になるのだから、普通のお屋敷では満足できない。だからと言って、著名な建築家にデザインを任せて無意味に絵画や財宝を飾る家にも興味はない。
私としてはあらゆるものが全自動、研究に興じているだけで生活の全てが最新設備によって賄われる近未来的な建造物に憧れがあった。
でも、フラン達がいるから、私が何もしなくても私の生活は満ち足りているんだよね。
なので新しい建築技術を用いる事で、特別感を得る事にした。
ぱっと見違いがなくても、釘無し建築物と聞くと格調高く感じるしね。ついでに子爵領の実績にもなる。
そこで注目したのがお屋敷を構成する建材。
量産しやすさと加工性だけで樹脂を選択した訳じゃない。
魔物素材を金属に練り込むと特殊な性質を得る。竜の牙は鋭さを、筋肉や腱は延性を生む。
そんなファンタジー世界だから、トレント材から樹脂を作ると元の性質が一部残る。つまり、キミア巨樹製樹脂は成長の因子を残していた。魔力を流す事で活性化し、外形を増大できる。
その性質に着目し、屋敷の主原料とした。
ちなみに、石油由来の合成樹脂にはファンタジー性質は残っていなかった。石油自体、動植物などの死骸が地中で長い年月をかけて変成されたものだから、その過程で失われたのだと思う。不思議特性は永続性ではないって事だね。
建造が終わった後、フラン達は家具を設置して回った。
と言っても、力作業は残っていない。こちらも前準備を終えている。
設計の段階で部屋の寸法は分かっているのだから、その大きさに調整したアイテムボックスを複数用意した。そこへ家具や魔道具を配置した状態で収納しておけば、中身を開放するだけでレイアウト通りに割り振れる。反重力エレベーターの設置も任せた。
普通に運び入れても良かったのだけれど、折角魔法で屋敷を建てたなら、内部の構成も魔法を活用して素早く済ませたかった。
この技術自体が速さを売りにするって理由もある。
「……いやはや、さっきまで空き地だったとは思えないくらいしっかりしたお屋敷になったね。中を見ても、ノースマーク邸に遜色ないくらいの出来映えだ」
どうせなら、出来立ての応接室でお茶にしようと中を案内する。
私の家族とは言え、子爵領へのお客様。
不備のある場所へ通してはいけないのだけれど、フランがそれを止める様子はなかった。つまり、それだけ完璧にお屋敷が機能してるって事でもある。既にお茶を淹れ、お菓子を焼けるだけの設備も整っているらしい。
すぐ様冒険に行きたそうなヴァンは捕まえておく。
「探索は止めないけど、設計図をあげるから、その通りにできているか確認してきて」
「設計図!? 見たい!」
上手く喰い付いてくれたね。
設計図と言うか、今回の魔法の仕様書だね。オリジナルの設計図は魔法陣と一緒に消滅したから、その写しの他、キミア樹脂の特性、核とした魔道具の構成、必要魔力量をはじめとしたコスト試算などがまとめてある。
人数分用意したそれを、ヴァンを含めた全員に配る。いろいろ詰め込み過ぎて、鈍器みたいな辞書モドキになった。
ヴァンは喜んでそれを読み進める。
元々、私が生み出した技術の詳細に興味があるようだし、男の子だけあって図面や魔法の手順書に惹かれるみたい。
そして、ヴァンもノースマークの子なので、これが理解できる程度には教育を受けている。
「案外諸経費は高いのだね。工期を大幅に短縮しておきながら、削減どころか通常の建築より費用面は大きく超過している」
「希少な素材をふんだんに消費したからね。追及したのはあくまでも速さ、既存の建築技術を置き換える気はないよ」
「でも姉様、それだと物珍しさ以上の需要がないんじゃない? 凄い技術なのに、活用されないんじゃ寂しいよ。これから経費を削減する案があるの?」
「その予定はないよ。売り込み先に想定しているのは貴族だからね」
「なるほど、活用する対象を絞るのだね」
「……どういう事?」
「特別感にお金を出す貴族はいっぱい居るって事。衣食住にお金を注ぎ込む事、それ自体に意義を見出す貴族が居ると言うべきかな? うちのお屋敷はあのノースマークの新技術で建て直したのですよって、よく分からない自慢話をする未来が目に浮かぶよ」
「うわー、ありそう……。でもって姉様、悪い顔してるね」
その手の貴族に遠慮する必要ないからね。
商品の価値より、いくら払ったかってバロメーターを気にする相手にコストダウンを考えるとか、無駄でしかない。
私達はヴァンを気にする事なく話題を進める。
これから勉強の時間だって教師面する気はないし、勉強しなさいって押し付けようとも思わない。
ただ、奇跡みたいに見えた領主邸建築にどれだけの前準備が必要だったのか。
今回のサプライズに私がどれだけの苦労を割いたのか。
新しい技術を貴族はどう生かすのか。
キミア巨樹を凄いで終わらせない工夫を―――知ってほしい。
ヴァンが憧れてくれた私だからこそ、貴族としての責務とも向き合っているのだと見せておきたい。
格好良くなくても、私は貴族の生き方から逃げないんだって示したい。
私から説教して、貴重な滞在時間でヴァンの機嫌を損ねるのは勿体無いし、きっかけさえ作っておけば、後はお母様がどうとでも活用してくれるよね。
それに―――
「狭域化技術で開拓が進むなら、別荘や邸宅の移築を考える貴族は多いと思うんだ。それに、大火みたいな特殊な事情でも需要はあると思ってる」
「……そうか、事故や災害で屋敷に被害が出た場合、急いで修繕が必要な場合にも使えるんだ」
「特に大火の時は、ホテル暮らしを余儀なくされた貴族も多かった。あんな暮らしが続くくらいならと金を積む貴族は間違いなくいるだろうね」
「そうそう。工期短縮、時間に見出す価値は人それぞれだよ」
「はい! 砦や中継基地建設にも使えるよ、お姉様」
こうして話に乗って来られるくらい、私の弟は可愛くて賢い。
「うん。それもいいね、ヴァン。テントや土魔法の即席土壁よりずっと安全が確保できそう」
「……そうなると、値段はもう少し勉強して欲しいところかな。高級路線と住み分けはできないかい?」
「んー、見映えあたりで差をつけるしか思いつかないけど……ま、考えてみるよ」
自分の提案が通ってドヤ顔のヴァンは、このままうちで引き取りたいくらいに可愛らしい。
真面目な話の途中じゃなかったら、お母様の目がなかったら、思いきり抱き締めてたよね。くすぐったそうに受け入れてくれるだろうから堪らない。いや、眺めてるだけでも最高だけど。
お父様達の滞在は1週間程度。
ゆっくりしてもらう為のお屋敷も予定通り準備できたし、幸せな新年になりそうです。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




