領主邸生成
あまりに目立つキミア巨樹の話題をひと段落させて、私はずっと気になっていた事を訊いてみた。
「ところでヴァンは? あの子だけ留守番って事はないよね?」
そう。
どういう訳だか大事な弟の姿がない。
あの子がいないと、今回の楽しみが半減してしまう。
「……ヴァンなら到着も待てずに飛んで行ったよ。あの巨樹が視界に入った時から気になって仕方なかったみたい」
「飛んで……もしかして、飛行ボード?」
「うん。飛行列車が高度を下げる前に飛び出して行っちゃった。側近のジークロが慌てて後を追ってる」
ああ、好奇心が抑えられなかったのか。
少しずつ自重を覚えていたと思ったけど、高揚感の方が上回ったかな。
確かに、子供には格別なおもちゃだよね。木登り、かくれんぼ、秘密基地づくり、1日中だって遊べそう。ノースマークに貸し出した飛行ボードも乗りこなしているなら尚更だね。
わざわざ遊具とか作らなくたって、十分遊び場になるよね。巨樹の上にログハウスとか作って観光業で人を呼ぶのもいいかも。問題は安全の確保かな。景観を大事にするなら、空間固定化だよね。
「全く、あの子には困ったものね。安全性を確認する前、責任者のレティが許可を出す前に飛び出すなんて、ちょっと罰が必要ね」
あー、うん。
お母様としては、この機会に他領を訪れる際の礼儀を教えたかったんだろうね。家族であっても侯爵家と私の子爵家は別の家、弁えないといけない場面も出てくる。次男のヴァンにとっても他人事じゃない。
でもってヴァンとしては、私の領地に行くって時点で遊びに行くのと同義だったんじゃないかな。前世、普通の子供だった私としてはそんなものだろうと理解できる。
ただ、気持ちが分かるのと貴族として相応しい行動は別だよね。
ごめん、ヴァン。
擁護する言葉、お姉ちゃん持ってないよ。
「レティ、あの子はおやつが要らないみたいだから、用意しなくていいと伝えておいて」
「は、はい」
言いなりのお姉ちゃんを許してね……。
悲しそうなヴァンを前にお茶しないといけないと思ったら、私の心も痛いよ。せめて、ミルクとお砂糖たっぷりで淹れてもらうね。
「それから、私達の滞在中に執務の様子をヴァンに見せてあげて。貴女の活躍は喜ばしいのだけれど、あの子ったらレティが王都で遊んでいると思っているみたいなのよ」
「あー……、屍鬼蔓延る山で帝国の野望を挫き、戦争に赴いて墳炎龍を討伐、魔導士として迎えられて領地を賜る……、活躍だけ聞くと英雄譚でしかないかな。ヴァンからすると、英雄ごっこが現実になったように見えてるのかも」
「そう。物語のような活躍に憧れるばかりで、日常の努力や苦労、積み重ねに目を向けようとしないのよ。だから、好きな事ばかりで過ごしているのではないと教えてあげて。新領主として励む姿を見れば、ヴァンが考えているほど楽しい仕事ばかりじゃないって伝わると思うから」
「はい。是非!」
ヴァンの手本になれるなら望むところだよね。
割と研究ばかりしてるってあたりは黙っておこう。
それに、研究成果を披露しようと思っていたから丁度いいかな。
「じゃあ、ヴァンが戻ったらすっごいもの見せてあげる」
「姉様、あの樹より凄いものなんてあるの?」
「勿論! と言うか、キミア巨樹の存在感はとんでもないけど、あれも活用してこそ技術と言える訳だしね。私は奇跡を生み出したいんじゃない。奇跡みたいな現実を、後世に残したいんだから」
ただの便利な樹では未来に繋がらない。
魔王種のリスクをこのまま残す理由としても弱い。
回復薬が、魔物領域の狭域化技術が、この国に必須のものとなったみたいに、キミア巨樹にも付加価値を持たせてこそ、研究都市に意義が生まれると思うから。
大見栄を張った私は、ノーラと最終確認に移った。
お父様達にはお茶を飲みながら待ってもらう。
その様子が上から見えれば、ヴァンも戻って来るんじゃないかな。ヴァンのおやつはないけども。
椅子やテーブルは用意したとは言え、東屋もない場所で貴族がお茶を飲むとかあり得ない。お父様達にゆっくり滞在してもらう為にも、この実験を成功させないとね。
「スカーレット様、魔法陣の確認、終わりました。不備はありませんわ」
「……こっちも設計図の確認と必要魔力量の検算、終わったよ。問題はないかな」
今日の為に準備を重ねてきたから、あくまで最後の点検だった。
必要な支度は済ませてある。
「随分、大きな魔法陣だね。私もここまでのものは初めて見たよ」
お父様が感心するのも当然で、この一帯に魔法陣を張り巡らせてある。多分、歴史的に見ても最大規模じゃないかな。
魔法陣って言うのは、魔力を含む素材で紙や地面に幾何学模様を描き、複雑な魔法行使を補助する技術をそう呼ぶ。
イメージを現実にするのが魔法と言っても、細部まで思い描くのは難しい。魔法で剣を作る事はあっても、銃となると難しいのがいい例かな。銃の代わりに魔力弾や属性弾を扱うのもそのあたりに起因している。
要するにイメージを補完する技術なのだけれど、精密に紋様や文字を配置させないといけない。描くだけで熟練の腕と膨大な知識が必要となる。しかも、魔法陣を描いた素材に魔力を流す事でイメージの不足を補う訳だから、準備の手間の割に全て消耗品となってしまう。大掛かりの魔法を使おうと思えば、その分徒労も増える。
その欠点を補って、基盤に魔法式を刻む事で複数回の使用を可能にしたのが魔道具だね。つまり、魔道具の誕生で廃れていった技術と言える。
今でも貴族の嗜みとして、学院で基礎を学ぶのだけども。
「でも今回は、魔道具と魔法陣を組み合わせたよ。本来なら術者が立つ部分に魔道具を置いて核にする。今日は私が魔力を籠めるけど、魔導変換器や魔力充填器でも代用できるように調整したよ」
消費する部分は残るけど、これから作る物の材料と思えばいい。
更に、構成素材としてキミア巨樹から作った樹脂も大量に積んである。
少しずつ魔力を籠めると、魔法陣が励起してぼんやり光を放つ。大規模魔術なので、これだけでもなかなか幻想的かもしれない。
「何? 何!? 何がはじまるの?」
魔法陣の光が上空からも見えたからか、ヴァンも戻ってきた。
「姉様が凄い魔法を見せてくれるそうだよ。一緒に見よう」
「うん! お姉様、すっごい綺麗!」
カミンがそれとなく捕獲してくれた。
後でお説教が待っているとか気付かないまま、今は魔法に集中して欲しい。
「魔力浸透確認。第2段階移行―――」
魔法陣の輝きが更に強くなる。
私が魔力を籠めるというより、魔法陣が魔力を引き出している感覚を覚える。
同時に、中央に積み上げた樹脂がぐにゃりと融けた。定形を失った状態で魔法陣に沿って広がってゆく。
頃合いを見て、私はこれまで以上の魔力を叩き込む。
「最終段階、到達!―――造形開始!」
行使範囲中に広がった樹脂は、今度は上へと伸びてゆく。
初めは何だか分かり難い盛り上がりが、柱を、壁を、床を、階段を形成して上へ上へと向かう。
進度はそれほど速いとは言えない。けれど3Dプリンターが積層を重ねるみたいに立体を形作る。ただし精度は恐ろしく細かく、手摺や窓枠の飾り、シャンデリアの意匠に至るまでを設計通りに生み出してゆく。
「凄い! 凄い! あっという間に1階ができたよ! まだまだ伸びていってる」
「階段は下にも続いてる……。この魔法、下へも伸びてるんだ!」
ヴァンだけでなく、カミンも興奮して生成過程を追う。
「……ははは」
「……これは、参ったわね」
お父様とお母様は呆れた様子で建造風景を眺める。
「―――」
「―――」
「―――」
私とあまり関わりのない使用人達は、言葉もない様子でポカンと立ち尽くしていた。
核となる魔道具が設計図を読み取り、広がった魔法陣が樹脂を成形する。部分的には金属同等の強度、延性、熱伝導性となるよう魔法陣が樹脂の性質を変換し、場合によっては木造の性質を生かした梁や柱となる。魔法陣の素材として使用した金銀宝石も装飾を彩る。勿論、自在に性質を変える樹脂は塗装も兼ねた。
5階建て、地下に研究設備も充実させ、貴族が暮らすのに十分な格を備えた建造物が、僅か1時間程度で誕生した。
「やったね、ノーラ。想定通り!」
「ええ、大成功です。苦労した甲斐がありました」
侯爵家の驚愕は他所に、私達は実験の成功を喜んでハイタッチを交わす。
お父様達が滞在するなら、きちんとお屋敷を用意しないとって準備してたんだよね。
小規模での実証実験はしたものの、スケールを広げるとかなり大変な作業になった。ノーラの活躍も大きかった。準備にも時間をかけたから、成功して良かったよ。
ヴァンデル王国の建築事情を大きく揺るがした瞬間だった。
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