大樹のそれから
再開します。
お待たせしました。
新年には領都建設工事もお休みとなる。
本来なら領都で新年祭を執り行うのが通例なのだけれど、土木作業と巨木の植樹しか進んでいない領都コキオ予定地ではそれもままならない。仕方ないので作業従事者達には地元でお祝いを楽しんでもらっている。
いつも協力してもらっているお礼、賞与として各町村にコントレイルで食材とお酒を届けておいた。
とは言え、道路網の設定に土地利用計画、領主邸の最終精査、新技術の確認と、やるべき事が山積みの私は年が明けるからと言ってここを離れられない。
新年くらいはとオーレリア達は帰したけれど、エッケンシュタイン領から通いのノーラと大量の書類を処理していたら年が明けた。
それでも新年は家族で過ごす日だからと、お父様達がノースマークからこちらへ来てくれる事になった。
ようこそ、労働力!
勿論団欒が目的ではあるけれど、手伝いの期待も大きい。
まだ機密ができるほど領地が機能してないし、オーレリアやノーラに手伝ってもらってるんだから今更だよね。
特に今回はコントレイルを迎えに向かわせる事で家族全員が来られる。更にフラン達側近の家族も揃うらしい。交通事情革命バンザイだね。
お父様やお母様、ハイドロ達は当然として、夏には入学を控えたカミンだってそろそろ戦力になる。ヴァンは……頑張るお姉ちゃんの背中を覚えてくれればいいかな。
ギリギリまで執務をこなし、時間になったのでウェルキンから出ると、丁度皆がコントレイルから降りるところだった。お父様とお母様、カミンが見える。
「お父様、おか……」
久しぶりに会えた喜びのまま駆け寄ろうとして、教師の顔をしたお母様に気が付いた。
危なっ!
「ノースマーク子爵領へ、ようこそおいでくださいました。開発途上の都市ではありますが、精一杯歓待させていただきます」
ホスト側の心得として、心持ち深く頭を下げる。さっきまでの浮かれた気持ちは全力で隠した。
「お出迎え、ありがとうございます、子爵。上空から拝見しましたけれど、思ったより工事が進んでいるのですね」
「恐れ入ります。民が積極的に貢献してくれ、助けられています」
家族であっても侯爵と子爵。
極端にへりくだる必要はないけれど、人前では礼儀を忘れてはいけない……って抜き打ちの試験だね。
何も考えずに家族へ飛びついていたら、折角の再会がお説教から始まるところだったよ。
「上から少し見ただけですけれど、領地も貴女も、本当に見違えたわね、レティ」
「ありがとう、お母様」
レティ呼びに戻ったので合格点は貰えたらしい。私も態度を崩す。
「お久しぶりです、ジェイド様。そしてアウローラ様は初めまして、ですね。エレオノーラ・エッケンシュタインですわ。スカーレット様にはいつも助けられております」
「ああ、久しぶりだね、エレオノーラ嬢。君も私達同様に客人の身、私達にそう気を遣う必要はないよ」
「ええ、今日もここに居るくらいですから、お世話になっているのはレティもお互い様でしょうし、楽にしてちょうだい」
「ありがとうございます」
帰る場所のなかったノーラは去年、お屋敷に招いたからお父様とは面識がある。でも、さっきのお母様とのやり取りの後、気を遣うのは難しいと思うよ。夏に帰省する余裕はなかったからお母様とは初対面だし。
「しかし、本当に思っていた以上に工事が進んでいるね。地下部分はほとんど終わっているのではないかい?」
「下水用の大きな配管は通したよ。今は魔導線を巡らせているところかな」
「魔導変換炉から魔力充填器を介して魔力を配るのではなく、変換器から直接施設や家屋へ行き渡らせるのか」
「うん、その方が無駄もないからね。あの樹のおかげで魔素には困らないし」
「姉様、来る時も驚いたのですけど、あの巨大な樹は何です?」
「元トレントの魔王種だよ。キミア巨樹と名付けたけど」
「「「魔王種!?」」」
あ、驚くよね。
私もノーラの鑑定結果を聞いて、言葉がないくらい驚いた。
「繁殖力の高いトレント樹園を作ろうとしたんだけど、墳炎龍の魔力受容器官を飲み込んで進化したみたい。あの巨樹が魔素を無限に生み出すから魔力源には困らないよ」
「……危険はないのかい?」
「うん。自発的に動く生態は進化前に殺してあるからね。色々調べたけど、自我的なものも存在しないみたい。魔力で生態を支えているから魔物ではあるけど、それ以外はただの樹木かな」
そのあたりはしっかり調べた。
安全性が保証できないと置いておけなかったからね。おかげで領都建設が停滞したよね。
大変ではあったけど、魔素と建材に困らないと分かったってだけでその価値は大きい。
「でもって、魔石が採れるんだよね」
「はい?」
「ほら、遠目に見るとキラキラしてるでしょう? 周辺の地面から魔力を吸い上げて、魔石として実るんだよ。地属性は少ないから、余分な魔力を排出してるんだと思う」
「……」
「……」
「……」
3人揃って固まってしまった。
うん、私も通った道かな。色々訳わかんないよね。
現状仮定でしかないけれど、魔王種が魔物を生む生態の名残ではないかと思っている。余計な生態は殺してあっても木として養分や魔力を吸い上げてしまうから、結果として魔力だけが結実する。
蕾の時点で間引いたら魔石の純度が上がらないかとか、魔力が結晶化する過程を観察できないかとか、魔力を注ぐ事で実りを活性化できないかとか、魔王種の特殊な生態を解明できないかとか、この巨樹だけで一大研究となってしまっている。
「ま、まさか、魔石の輸出を産業にする気かい?」
「将来的にはね。今は問題ないけど、魔物領域を切り拓く事で魔物の減少や魔素濃度低下が考えられるから、このキミア巨樹が解決してくれたらいいなって」
「魔王種と共存する国、か……。とんでもない未来かも知れないね」
「今、挿し木で増やせないかって研究もしているよ。新株を作るのに大量の魔力が要るから今すぐどうこうって話にはならないけどね。根を張る土の成分も重要みたい。でも上手くいけば、魔力注入量を調整する事で大きさも調整できるんじゃないかなって思ってる」
「あちこちに魔王種を植えるのか……」
「ま、安全性がしっかり確認できたらだね。相手は木だから、数年、数十年単位で経過観察が要るよ」
「姉様、そんな状況では入植が進まないのではないですか?」
「うん。だから、ここに住むのは危険性も説明した上で、誓約書にサインできる人だけにするつもり。元々研究都市にするつもりだったから、居住者を厳選するのに丁度いいよね。で、商業機能や交易港は別に街を作ろうかなって」
もっとも、そんな目的でトレントを植えたつもりはなかったけどね。
「人々の反応はどうなの? この辺りに人里はありませんけれど、作業者は出入りしているのでしょう? 魔物が、魔王種が鎮座する街は敬遠されるのではないかしら」
「それは大丈夫、お母様。無限に富を生み出してくれる神聖な樹だって扱いになってるよ。恐れるより敬っている感じかな」
ノースマークまでは届いてなかったみたいだけど、領地中何処からでも見えるせいで、魔導士聖女が今度は神樹を生み出したって噂になっている。工事に通っている人達にはあまり情報を広げないようお願いしたものの、領地の端まで注意喚起は届かなかった。
領地全体を掌握できている訳じゃないから情報統制が不完全なのは仕方ない。
「神樹扱いは否定するとして、魔王種だって公表するかどうかは国の了解を取ってからかな。あれ、一応まだうちの機密だし」
「……堂々とした機密もあったものだね」
ま、偶然の産物だしね。
隠しようがない。
おまけに漏れたからってどうにかできるものでもない。
発生例自体が少ない魔王種の、更に不明瞭な進化条件なんて読み切れる訳がなかった。魔物って、上位種を取り込めば存在を昇華させるほど単純なものでもなかった筈なんだけどね。
「報告書を国に提出する前に、観察結果を送ってくれ。しっかり確認した上で、問題が無いようなら侯爵家として後押ししよう。エレオノーラさんが鑑定したのだから大丈夫だとは思っているけれどね」
「恐れ入ります」
「ありがと、お父様。虚属性研究の成果と引き換えに譲歩を引き出す手間が省けて助かるよ」
面倒事を避けられるならその方が良い。
魔石に木材、新しい樹脂、開拓を進めるなら間違いなく必要になるだろうから、魔王種ってだけで批判する貴族は少ないと思う。他の領地に実害がある訳でもないから、反対派は私ばかりが実績を重ねる現状を受け止められない人達くらいかな。しかもお父様が牽引してくれるなら、私が賛成派を取りまとめなくて済む。
「しかし、既存の発想に囚われない、全く新しい都市を作ると聞いて、なかなか困難な道のりだと思っていたが、初手から凄いものを生み出したな、レティは」
「……発展の頂点に立つって、ジローシア様とも約束したしね」
もっとも、偶発的にできたものだから、あんまり讃えられると居心地が悪い。ドヤ顔で吹聴したいとも思わない。
もっと小規模で再現性は確認したから、成果である事は間違いないのだけども。
ただ、カミンのキラキラした視線は痛い。
ごめん。
運も実力の内だ、なんて開き直れるほど厚顔にはなれないよ。
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