閑話 ジローシアの日記 6
ジローシア視点、最後となります。
アドラクシア様と気持ちを確かめ合った私は、父を説得する必要があるからと、殿下を夕食に誘いました。
そして、食後には2人でゆっくりお茶を楽しみます。カフェでは食べられなかったからと、パフェも特別に用意させました。
泊まってもらう訳にはいきませんけれど、今日くらいは遅くなっても許してもらいましょう。ふわふわした幸せな気持ちのまま、もう少しアドラクシア様とご一緒したかったのです。
お父様の説得?
そんなお茶が美味しくなくなりそうな面倒事は、夕食前にさっさと終わらせましたとも。
アドラクシア様と気持ちの通じ合った私には、お父様を黙らせるくらい簡単ですし、2人の時間に邪魔は必要ありません。
そのせいか、お父様は夕食にも顔を出しませんでしたけれど、朝にでも機嫌を取っておけばいいでしょう。
「其方が任せておけと言うから心配はしていなかったが、実に鮮やかと言うか、手段を択ばない様子には、少しエルグランデ候に同情してしまったな」
「あら? お父様との食事をお望みでしたか?」
「勿論其方との時間が優先に決まっている。義父となるバルドル殿との交流も必要だとは思うが、それは別の話だ」
たったこれだけの言葉で弛みそうになる頬を引き締めます。
今日は散々醜態を晒してしまったのですから、これ以上の無様は要りません。私の矜持的に。
夕食の後は、お母様も気を遣って外してくれました。
昨日までは考えられなかったゆったりとした時間が流れます。
「しかし、バルドル殿の前でキスする事になるとは思わなかったぞ」
「元々、私を王家に差し出すつもりで教育しておきながら、今になって扱いが悪いなどとヘソを曲げるお父様がおかしいのです。アドラクシア様と私の仲が良好だと証明する、これ以上ない方法だったでしょう?」
「その件に関しては、私にも多大に責任があるからとやかくは言えんな。しかし、其方はもう少し恥じらうと思っていた」
「大切な初めてをこんな事で消費したりはしませんが、そうでないなら役柄の延長と割り切るだけです。王族に嫁ぐ以上、政治的な意味合いも強いのですから。……恥じらう女性の方がお好みでしたか?」
「いや? 私の惹かれたジローシアらしいと惚れ直しただけだ。それに、平静は装っていても、耳が赤く染まるくらいに一杯一杯だったと知れたしな」
「―――! き、気付いていらしたのですか!?」
動揺も緊張も、隠し切ったつもりでいました。
少し熱いとは思っていましたが、殿下の目に留まるほど赤かったのですね。
「知らなかった一面を楽しませてもらったよ。こうした其方の可愛さを知れるのも、婚約者の特権だな。もっとも、妃教育で時間を共にする事の多かったイローナも、其方の良さを知ってそうでは、あった、が、な……」
言葉切れが悪くなってしまったのは、他の女性の名前を出してしまったと気付いたからでしょう。
確かに面白いものではありませんが、こうしてアドラクシア様が気を遣ってくださる様子が新鮮です。
気まずそうな殿下には申し訳ありませんが、都合がいいのでこのまま続けさせていただきましょう。
「殿下はイローナさんをどうなさるおつもりですか?」
「……側妃を迎える気はないと誓った筈だが?」
「ええ、側妃は私も嫌です。少し見栄えが良くて家柄に恵まれただけの者がアドラクシア様の寵愛を得るなど認められません。けれど、正妃としてきちんと役目を果たすなら別です」
妃として相応しく在る事で、私自身がアドラクシア様の傍に居ようとしたのですから、イローナにそれを認めないのでは道理が通りません。
彼女以外でも、条件を満たすなら受け入れる他ないでしょう。話し合いの上で、互いが納得できる関係を築く必要があります。勿論、厳しく厳しく見極めさせていただきますが。
将来的に他国から妃を迎える必要に迫られるかもしれませんし、政治上逃れられない結婚も否定できません。心情的に嫌だからと、独占できる立場ではないのです。
「アドラクシア様も気に入っていたのではありませんか?」
「……正直なところを言えばな。柵から解放される時間は貴重だった…………うん? “私も”、なのか?」
「ええ、私も気に入っていますよ。いい子ですし」
初めは、アドラクシア様が隣に望んでいるようなのでしっかり教育を施さなくては……と言う思い込みでした。
けれど、今ではいい拾い物をしたと思っています。
見出したアドラクシア様に感心もしているのです。あの時点でそんなつもりはなかったと思いますけれど。
「迎えるとしても、時間は置いた方が良いのではないか? 今回も結婚前だったせいで、其方との関係悪化を疑われたのだろう?」
「イローナの方に待つ余裕がないと思いますよ。たった半年で妃教育を修めた才媛、周囲が彼女を放っておく筈がないではありませんか」
当初の想定通りに子爵家を継いでも大成する、それだけの教育を施したつもりです。
イローナ自身も、私の指導に応えてくれました。
「本人に自覚はないようでしたけれど、下級貴族でいるのが勿体ないほど優秀です。クネフ家に彼女以外の後継者がいるなら、お父様と養子縁組して、本当の妹にしてしまいたいと、真面目に思ったくらいです」
「そこまで、か」
「実のところ、前子爵の最大の功績は、死んでイローナが貴族となる道筋を作った事だと、つい嫌な考えが過ってしまいましたもの」
そして、彼女はまだ原石です。
イローナ自身は悪意を持つ子ではありませんが、これからの関わり次第で道を誤る事もあるでしょう。その際、国を揺るがす可能性も秘めています。
彼女は王家や4大侯爵家、力ある貴族が確保すべき人材です。
殿下が頷かないなら、ハワードをクネフ家に婿入りさせる方法を真剣に検討しなくてはいけません。
「其方は嫌ではないのか? 本心を聞かせてくれ」
「彼女と一緒にアドラクシア様を支えられるなら、楽しい生活になると思っていますよ。私や殿下にはっきり意見できる者も貴重ではありませんか。少し向こう見ずではありますが、必要であるなら躊躇わないところは才能でしょう」
貴族が複数の女性を娶るのは、子供を多く残す為、そして万一に備える為です。
もしもの事など考えたくはありませんが、だからと言って目を逸らす訳にもいきません。王位が激務だからこそ、私の予備は必要です。
アドラクシア様が私の事を気にしてくださるなら、私が背を押すべきでしょう。
そして苦渋を呑むと決めた時、私を姉と慕ってくれるイローナならばと、不思議と受け入れる気持ちが湧いたのです。殿下の気持ちが私に向いているのだと、信じられたからかもしれません。
「私の可愛い妹分では足りませんか?」
「……むしろ、イローナを其方に盗られた気がするのだが?」
「まだ教えるべき事は多いですから、一緒の時間はこれからも増えますわね。可愛がる機会も多そうです。そうは言っても全てアドラクシア様の為ですから、膨れないでください。それに、アドラクシア様とご一緒できる時は2人で精一杯おもてなししますよ。両手に花、いいじゃありませんか」
「……花と言っても金木犀や藤、簡単に手折れそうはないがな」
「それこそ、長くご一緒できると言うものです。しなやかな女性、お嫌いではないでしょう?」
「まあ、な。……と言うか、私の女性の好みを把握しておきながら、どうして自身を除外していたのだ?」
……花として見てもらえるとは思えなかったからです。
「それも、其方は美しいのだと伝えなかった私の落ち度かな。償う為にも、これからは正直な気持ちを伝えよう。目一杯、褒め称えさせてくれ」
つまり、褒められる度に狼狽えたりしないよう、心を強く保てと言う事でしょうか。
とりあえず、耳にも感情が出ずに済むようしっかり鍛えないといけないみたいです。寵愛を受けるというのも、なかなか厳しいのですね。
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