閑話 お友達 下
少し修正をいれました。
展開の変更はありません。
頑張ったつもりですけど、間違い探しレベルじゃないかと思われるかもしれません。
さらに別の日、お忍び用に服を買いに行くと言われて驚きました。
本気でしょうか?思わずフランさんを窺ってしまいます。
「言って止まる方ではありませんから」
一応、止めてはみたんですね。
この数日で、スカーレット様の人柄が、私にも大分見えてきました。
お忍び用の平民服、つまりは既製品です。貴族は特別な糸や布をふんだんに使ったオーダーメイドを求めますから、シャツ一つ、下着一つ例にとっても、着心地に差があります。
一度袖を通した服は二度と着ない、なんて一部の貴族を除いて、高価な服を汚さないよう着こなすのも、嗜みなのです。気疲れを感じてしまう事もありますが。
なのに、スカーレット様は部屋着に既製品を使っているそうです。
理由を訊けば、楽だから、と。
そのくらい奔放な方だと、漸く分かってきました。
服を並べる大型店舗の中を、スカーレット様は縫う様にスルスル進んでいきます。まるで、自分に合う服を知っているみたいに迷いがありません。
一々立ち止まって悩まないと買い物ができない私とは大違いです。
「お嬢様、また赤ばかりを選んでいますよ」
「あ゛」
スカーレット様は赤い服が特に好きみたいです。フランさんの持つ籠が、赤で一杯です。とてもお似合いの服ばかりですが、単色では着こなしが難しそうですね。
「うー……、…!オーレリア、どっちが似合うと思う?」
惨い質問をしないでください!
首元の開いたサテンスリーブは落ち着いた雰囲気で素敵ですし、鮮やかな赤のカーディガンもお似合いです。スカーレット様が選んだ時点でセンスがいいと感じていた私に、順番を付けるのは難しいです。
「……どちらかと言うと、カーディガンを着た可愛らしいスカーレット様が見たいです」
苦渋の決断です。
スカーレット様は私の意見であっさり決めてしまいましたが、良かったのでしょうか?
結局、スカーレット様はアウターを赤系にして、インナーとスカートやパンツでバリエーションを付ける事にしたようです。時々、赤いスカートにも手が伸びていますが。
スカーレット様はさらに、フランさんの服も選んでいました。自分の趣味を押し付ける事はせず、相談しながらですが、侍女の好みも把握しているみたいです。しかも、彼女を着飾らせる事を楽しんでいる様子。変な主従ですね。
私も秋物のコートを買いました。自分で選ぶと落ち着いた色に行き着くのですが、赤に近いオレンジを、スカーレット様が選んでくれました。まだ暑い日が続いてますので、着るのはもう少し先でしょうけど、着て出かけられる日が楽しみです。
「さあ!次は水着を買いに行きましょう!」
そうでした、スカーレット様は学院が始まる前に海へ遊びに行くそうです。
オーダーメイドでは夏に間に合いませんから、必然的に既製品を買う事になります。保養所を貸し切るなら、他の貴族に見られて、変に思われる事もないでしょう。
そんな事を思えていたのは彼女が選んだ水着を知るまででした。
本気でそれを着るおつもりですか!?
貴族令嬢の水着は、ドレスのようにレースやフリルで飾ったものです。泳ぐとき以外は、パレオで脚も隠します。ストールを巻く事もあるくらいです。たとえ異性がいなくても、身体のラインが見える水着なんてありえません。
水の抵抗は多少増えるでしょうが、そのくらいは鍛え方次第で何とでもなります。スカーレット様も強化魔法がありますから、何でもないでしょう。
なのに、スカーレット様が試着したのは、チューブトップタイプで、色はやはり赤。それと、ハイウエストタイプの黒のパンツです。よりによって、セパレートですよ!
お似合いですけど!
確かに似合ってますけど!
露出したお肌も健康的でお綺麗ですけど!
試着されると、色合いが思ったより素敵で可愛らしいですけど!
そうじゃないのです!!
型に嵌まらないにしても、程があります!
保養所を貸し切って他の方に見られなくても、それで外に出るんですよね?
身体のラインはくっきりで、ほとんど裸じゃないですか!?
何でしょう?この伝わらないもどかしさは。
フランさんも何とか言ってあげてください。ああ、もう嫌と言うほど言い聞かせた後ですか。止められなかったんですね。既に諦めたんですね。
ああ、あの自信はどこから来るんでしょう?
「オーレリアなら、あれが似合うんじゃない?」
分かっています。
スカーレット様は100%善意で仰っています。
秋物のコートを選んでくれた時と同じです。心から似合うと思って勧めてくれています。色合いも落ち着いていて、私の好みも押さえてくれています。
でもそれ、ハイレグタイプの競泳水着じゃないですか!!
ごめんなさい、無理です!
絶対無理です!
私、それを着て、お母様の前にだって出られません!!
私は高速で首を振って断りました。
スカーレット様は残念そうですけど、無理なものは無理です。試着だってしませんからね!
「絶対かっこいいと思ったのに……」
だから、その、似合っているなら大丈夫、という自信はどこから来るのですか?
「スカーレット様が身内になら…私にまで、その水着姿を見せられるのは、ご自身に自信があるからですよね。残念ですけど、私には無理です。そんなふうに自分を見せるなんて恥ずかしいです。―――だって、私は、私が嫌いですから」
あ。
思った以上に混乱していたのだと、口を滑らせてから気付きました。
「嫌い、なのですか?ご自分が?」
これまで誰にも漏らした事の無い私の弱音に、スカーレット様はきょとんと首を傾げます。
失敗しました。
こんな筈じゃありませんでした。
でも、やっぱりと納得している自分もいます。
この数日で思い知りました。スカーレット様は愛らしくて、気が利いて、気丈で、奔放で、そんな彼女が私は大好きで―――眩し過ぎます。
「ああ、だから、オーレリアが強く見えたんだ」
え?
得心がいったと笑うスカーレット様が理解できません。
今、何と言いました?
文脈、おかしくないですか?自分を好きになれない私が、強い?
「普通は自分が可愛いから、つい甘やかしがちになっちゃうけど、オーレリアにはそれができないんだね。理想が高かったり、自分はもっとできる筈だって思ったり、考えている事に行動が伴わなかったり。私や他の人なら、そこで仕方ないって自分を慰めるかもしれない。でも、オーレリアは仕方ないなんて思えなくて、自分の未熟や失敗を許せない。だから、そんな自分を好きになれない。違う?」
そう、なの、かな?
どうして、私は自分について教えられているんだろう?
自分で自分が分からない。
「もしかして気付いてない?だってオーレリア、諦めるって、しないでしょう?」
そう、だっけ?
「戦征伯夫妻の存在が大き過ぎたからかな?ご両親みたいな立派な方を目標にするのは普通の事で、オーレリアは理想の自分に手が届くかもなんて、簡単に思えないんじゃない?」
それは、……確かにそう、かも。
「その達成はまだまだ叶わなくて、そんな自分が嫌いかもだけど、“まだ”、“難しい”、“頑張らなきゃ”ってよく言ってるよ。立ち止まるなんて、考えた事もないみたいに。だからだろうけど、“できない”、“やめる”、“諦める”って、私、オーレリアの口から聞いた事ないよ?」
そうなの?
そんな自覚無かったです。
「目標は高く設定するのが基本で、妥協も、逃避もしない。今は無理でも、いつか絶対にって。多分、オーレリアは意識してないだろうけど、それが当たり前だって思ってる。そんなの、常に自分を律してるって事だから、そんなの強いに決まってるって!」
強化魔法の訓練の時と同じです。どうしてこの人は、私より私を知っているのでしょう。
違った?と、ご本人は首を傾げています。
そんな顔されても、私は答えられませんよ。私は、今、初めて知ったのですから。
私は、私が嫌いなままで、いいんですか?こんな事、肯定する日が来るなんて、してもいいなんて、思ってもみませんでした。
「オーレリアは、自分が嫌いなままでいいんじゃない?その分、私が……ううん、ご両親やお兄さん、伯爵家の皆も、あなたの事を大好きだから、きっとバランスが取れてるよ!」
いや、その理論は無茶苦茶ですよ?
だけど、そうですね……両親は勿論、私を好きでいてくれる人は確かにいて、その人達は、私が認められない部分も含めて、私を好きだと言ってくれてるんですよね。
私が自分を嫌いだからといって、その人達が言ってくれる事まで否定しちゃ、いけませんよね。
「ありがとう、ございます。おかげで少し、気持ちの整理がつきました」
「……そう?」
小首を傾げる仕草は可愛らしいですけど、貴女の言葉が、私にどれほど衝撃を与えたか、分かってませんよね。
私にとって、スカーレット様は、やっぱり眩し過ぎます―――けれど、私は、そんな貴女と一緒にいたいです!
私は理想を追う事を諦めない…らしいですから、貴女との友誼も、諦めなくていいですよね?
「あ、あの!スカーレット様!!わ、私、と、お友達に、なって、もらえませんか!?」
折角勇気を振り絞ったのに、顔は熱くてきっと真っ赤だろうし、台詞は噛み噛みだし、カッコ悪いったらありません。やっぱり私は情けないままです。当分、好きになんて、なれそうにありません。
でも、今、勇気を出せた事だけは、誇ってもいいかもしれません。
「ええ、喜んで!」
スカーレット様が満面の笑顔でくれた返事を、忘れる事はきっと無いでしょうから。
―――でも、そのビキニは絶対に着ませんからね、レティ!
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