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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
王位決着編

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閑話 ジローシアの日記 4

引き続き、ジローシア回想です。

「なるほど、民間側に特権を持たせるのだな。裁量を彼等にのみ任せ、貴族の横暴を防ぐか」

「ええ、これでいくらかの権利を保護できると思います。特に魔道具は民間に依存していますから、彼等の独立性を確保しておかねば、魔石や素材産地の領主の勝手で国が傾きかねません」

「ふむ……、そうなると、特権をどこまで拡大するかだな。初めから大きく主張し過ぎると、貴族共の反発が大きい」

「ええ、それは問題だと思います。そこで各ギルドを調整役として、価格面の融通から始めたいと思います」

「自分達の贅沢には湯水のように金を使うのに、インフラ整備や必需品へ投資を出し渋る貴族は多いからな。物の価値の分らんまま値下げを強要する権利を奪うか」

「ギルドだけの決定では弱いですけれど、国が間に入る事で権限を保証できます」

「うむ。できる事なら、そんな政策がなくとも貴族の良識に期待したいところなのだがな」

「今は難しいかと。いずれは現行の貴族から子供を切り離し、おかしな特権意識に染まる前に教育したいところですね」

「幼年学級の設立、か。学院に入る前に、領地に見合った教育を施す機会を奪う事になるからな。一律に強要するのは難しいところだ」


 いつも通りにアドラクシア様と楽しい時間を過ごしていると、そろそろ出発の時間だとシャロンが告げに来ました。

 王族専用の観覧席を使うのですから、今日の王立劇場は私達の都合を優先して進行します。予定時間にアドラクシア様が到着していなければ上演を開始できないでしょうから、遅れる訳にはいきません。


「其方と話し込んでいると、あっという間に時間が過ぎるな。少し惜しい気もするが、話す時間は改めて作ればいい。今日のところは劇場へ向かうとしよう」

「……は、はい」


 アドラクシア様も、私との会話を楽しんでくれていたのでしょうか。


 私は他のご令嬢のように、流行のドレスや話題のロマンス小説について盛り上がる事はできません。いえ、お茶会では普通にこなしている事ですから無理ではないのですけれど、仕事の延長のようで殿下の前では嫌なのです。

 イローナさんによると、そこまで深く考えなくとも天気や犬の話で十分だそうですけれど、いいお天気ですね、一言で会話が終わりませんか? それに、犬でどうやって話を膨らませるのでしょう?


 そういった訳で、いつも通りの会話でした。

 これは今すぐどうこうといった内容ではなく、これから詳細を詰め、現実的な提案へ昇華させてゆくのです。議会を説得できる草案を作れず、空論で終わる事も珍しくありません。現段階では夢を語っていると言っていいでしょう。

 時には仮定の話で盛り上がる事もあります。

 例えば魔塔を正常化できたとして、かつてのように開発される新技術をどのように国中へ広めていこうか、と話題を展開させるのです。更に、質を保って魔塔を改革する方法へと話が広がります。


 少し名残惜しさを感じながら、劇場へ移動しました。

 この後の話し合い次第では、こんな時間もなくなってしまうのですよね。それでもアドラクシア様を支える私の姿勢は変わらない、立場がいち臣下に戻るだけだと、自分を慰めます。


 劇場の入口は空いていました。

 アドラクシア様を迎える為、入場制限を行ったのでしょう。


 支配人の挨拶を受けながら観覧席へ向かいます。


 演目は海嘯恋譚。

 イコ・イライザがガッターマン伯爵領で起きた大火災を止める為、川を逆流させて消火に当たり、その功績で8番目の魔道士として迎えられた逸話でした。

 名誉だと一旦は受け入れるのですけれど、恋人と引き剥がされ、貴族の思惑に翻弄されます。恋人への愛を、涙ながらに王女へ訴えるシーンが話題と聞きました。

 実際は、恋人の元へ帰らせてくれないなら王都を海に沈めるぞと脅迫したそうですが、そのあたりは脚色されているのでしょう。


 正解は無いと昔から言い伝えられるほど、魔道士の扱いは難しいのです。


 それはそれとして、普通の恋人だった2人が麦畑で想いを伝え合うシーンが始まっても、私達の話し合いは始まりませんでした。

 アドラクシア様を窺うと、劇に集中しているように見えます。


 本当に観劇に来ただけだなんて、あり得るのでしょうか?


 気が気でないまま殿下の方を窺っていると、その様子を殿下に気付かれてしまいました。


「私も其方をじっと見つめていたいとは思うから気持ちは分かる。だが、今は折角の演劇に集中しないか? 見つめ合う時間は後で作ればいい」

「―――!!!」


 観覧席の静けさに気を使ったのか、耳元で囁かれてしまい、身体が硬直します。どう反応したものか、まるで分かりません。

 丁度イコが恋人に抱きとめられるシーンで、しかもアドラクシア様が当然のように手を握るものですから状況を重ねてしまい、顔が熱くなります。


 ……え!?


 見つめ合うのですか?

 アドラクシア様が、私と!?


 私の心臓は保つでしょうか?


 その後も劇の内容は全く頭に入らないまま時間だけが過ぎました。

 劇が終わっても、私の緊張は全くほぐれません。


「平民を招聘したまでは良いが、こうも常識が違うか……。少しお忍びに出ただけでは分からない事が多いな」


 恋愛劇を見た最初の感想がこれですから、実に殿下らしいと思ってしまいます。


「冒険者となると、城に出入りする商人ともまた違いますからね。分かり合えないと知った上で、擦り合わせる他ないのでしょう。ただ、あまり冒険者側に寄り過ぎると周辺の貴族が反発しますから、塩梅が難しいものです」


 原作の小説は読んでいますから、殿下と話が合わないなんて事はありません。

 いっぱいいっぱいであっても、受け答えには困らないのです。


「特に海嘯の魔導士は妖艶で美しい女性だったそうですから、余計に貴族が傍に置こうとしたのでしょうね。魔導士を従えたとなると上級貴族は発言力が高まりますし、下級貴族は血縁に取り入れたいと望みます。三男四男でも魔導士を引き入れられるなら、継承の順位が繰り上がる事もあり得るでしょう。演者の女性も綺麗な方でしたけれど、実際のイコも男性の注目を浴びたのだと思います」

「……そうなのか? 私は綺麗と言うと其方が思い浮かぶから、他の女性を綺麗だと思った事はあまりないのだ」

「?!?!?!?!」


 今日は私を褒め殺す日ですか?

 聞き慣れていないので、いちいち心臓が跳ねます。


 結局、私は頭が沸騰したまま劇場を後にしました。

 警備の関係上、アドラクシア様が先に出ないと他の観覧者は席を立てないのでゆっくりはできません。


 ちなみに、その間私はアドラクシア様に手を引かれたままでした。煮えた頭が冷める気配はありません。


「まだ時間はあるな。少しお茶をしていかないか?」


 などと誘われてしまいましたが、王族が飛び入りで店に入れる訳がありません。

 想定した通りの行動なのでしょう。


 断る理由などありませんから、車で南へ移動します。

 貸し切ってあったカフェは、大河とその先に広がる穀倉地帯が一望できる店でした。丁度護岸壁が低くなっているところにあるのですね。高層建築物以外で護岸壁の先が見える場所は貴重です。


 そして、内密の話を進めるなら向いた場所でもあります。

 殿下が仰ったように、観劇の後にふらりと立ち寄ったように見えるでしょうし、商店街寄りですから城の関係者が立ち寄り難い場所でもあります。


 劇場での殿下は何も仰いませんでした。

 殿下が言い淀むなら、私の方から切り出すべきでしょう。


「今日は本当に楽しかったです。思い出をありがとうございます。けれど、問題をいつまでも先送りにはできません。アドラクシア様は今日、噂されている婚約破棄について詳細を詰める為に私を誘ったのですよね?」

「何?」


 思い切って私から切り込むと、案外甘党のアドラクシア様はパフェを運ぶ手を止めてしまいました。


「……………私はデートに誘ったつもりだったのだが、其方はあの手紙をそう読み取ったのか?」

「え? はい」

「……………………………」


 正直に答えると、アドラクシア様が頭を抱えてしまいました。

 侍女のシャロンに散々訂正されましたが、本当に私が間違っていたようです。


 え?

 デート?

 アドラクシア様の口から初めて聞く単語です。


 言われてみれば、時間を決めて待ち合わせて、観劇を楽しみ、景色のいいカフェでお茶をする、確かにデートと言えるかもしれません。アドラクシア様の言動が少し甘かったのも納得です。


 ……。


 意識すると、途端に落ち着かなくなってしまいました。


「つまり、アドラクシア様は私を軽んじていると言う噂を否定する為に、私を大事にしている体を周囲に見せる事にしたのですか?」


 それは、アドラクシア様が私との婚約解消を望んでいないと言う事でもあります。私の予想が当たっているとすれば、それは私にとって、とても喜ばしい展開です。


「……………これが私の罪過なのだな。なるほど、罪深い。あれだけ国に尽くしてくれたエルグランデ侯が婚約破棄を突きつける訳だ。他人事であったなら、これほど度し難い事もないだろう」

「罪過、ですか? アドラクシア様の? 何の事でしょう?」


 困った事に、アドラクシア様が何について頭を悩まされているのか分かりません。相談してくれたなら、何とかお力になりたいのですけれど……。


 確かなのは、私の予想は間違いだったと言う事でしょう。

 少しだけ、残念です。


「会えば分かると思っていた。話せばすぐに誤解だと伝わると思っていた。その上でエルグランデ侯を説得すれば、問題は全て解決する筈だった……。そう、思い込んでいた」

「殿下?」

「だが違った。エルグランデ侯は誤解などしていなかった。拗れていたのは私達だ。私達が、何より私が致命的に間違えていた。すまない……と、謝る資格すらないかもしれんが」

「い、いえ、謝っていただく事など何1つありません。私はいつだって、アドラクシア様の忠実な臣下ですから」


 本心から答えたつもりでしたが、それを聞いたアドラクシア様は泣き出しそうに見えました。


 分かりません。

 どうしてそんな顔をするのでしょう。

 私は何を間違えたのでしょうか?


「話し合おう、ジローシア。私達には、その為の時間がどうしようもなく足りていなかった」

「お話なら朝もしたではないですか?」

「……そうだな。あれも楽しかった。いつだって楽しかった。だから、それで満足してしまっていた。肝心な事には何も触れず、ただその場を享受するだけの時間だった。伝えるべき事は何も伝えていなかったのだと、今になって気付いた。私の本心を聞いてくれ。其方の内心を教えてくれ。今更だが、私は其方と向き合うと決めた」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] うぉお、アドラクシアとジローシアの絆が見えるたびに悲劇の深さが増して辛い
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