閑話 ジローシアの日記 2
引き続き、ジローシア様の回想です。
私、アドラクシア様に嫁ぎます。
あの日、陛下とお父様にそう宣言した後、話はあっという間にまとまりました。選択権を私にくれると言ったお父様に嘘はなかったようです。
アドラクシア様も受け入れてくださいました。
王族は国と貴族の都合で結婚相手を決めるものだと教え込まれていたのでしょう。あんな出会いでしたが、不満もなかったようで安心しました。私、迷惑顔を隠せていなかったのですけれど……。
勿論、私は将来の王子妃、いつかは王妃となる事を目指して勉学に励む日々です。
加えてアドラクシア様と交流する時間を増やす為、領地へ帰る時間を減らして王都邸が主な生活の場となりました。王妃教育の為に王城へ行く機会も増えました。いつもと言う訳ではありませんが、アドラクシア様にお会いできるかもしれない貴重な時間です。
学院に入ってからは学習環境改善の意見書を提出したり、軍備拡充させるプロパガンダとして収穫祭で武道大会を企画するなど、少しずつ実績作りを始めました。主にアドラクシア様が案を出し、私が実現可能な計画に落とし込むのです。その後、2人で精度を高めてゆきます。……とても楽しい時間でした。
提案がしっかりしたものなら、私達が未成年であろうと王子の意見として議題に上がります。
史上最年少で学院の講師資格を取得したアノイアス様に実績で負けないようにと、必死でした。
「あー、ジローシア? 闘技場建設の出資を、戦後復興が大変な西側領地に求めないというのは分かる。しかし、侯爵家の負担が大きくないか? もう少し国庫から予算を組めないものか?」
「何を言っているのです、お父様? 収穫祭は民の催事ですよ。国から民を預かる領主が積極的に支援しないでどうします?」
エルグランデにノースマーク、富の集中しているところから徴収するのは当然でしょう。
「いや、しかしだな、領地でも収穫祭は行うのだ。王都の催しに我々が積極的に関わるのは……」
「王都にも居を構えておきながら、関係ないと言うのですか? それに目的は軍事面の広報活動ですから、軍国化を推し進めるエルグランデが先頭に立たなくてどうするのです?」
「いや、それはそうなんだが……もう少し融通を利かせられんか?」
議会や国の要職へ領地の人間を送り込み、発言力を高めると同時に、領地に利をもたらすよう働きかけるのが貴族の常套手段です。
けれど、王妃を目指す私には関係ありませんわ。
私の目標はアドラクシア様を王太子、国王へと押し上げ、ヴァンデル王国全体を発展させる事です。領主に無茶を強いるならともかく、各領地の財政状況を鑑みて適正に配分した請求額に文句を付けられる筋合いはございません。
何より、アドラクシア様がそう言った贔屓を好みませんし、公平性を示す事も大切ですもの。
「……どうしてこうなった。育て方を間違えたか……?」
お父様が何やらぶつぶつ言っていますけれど、耳を貸す必要性を感じません。
「それに、出資額に見合った交渉枠を用意しています。好成績者をエルグランデに迎えれば良いのではありませんか? 騎士相手に引き抜きは難しいかもしれませんが、冒険者や軍属なら望みはあるでしょう。優秀な人材を招聘できる機会は、いつだって貴重なのですから」
「……領地に旨味を全く残さない訳ではないのがまた、な」
何を言いたいのか良く分かりませんが、私だって悪魔ではないのですから、国へ貢献した栄誉が報酬とまでは言いませんよ。
そんなふうに活動を続けてゆく中、最終学年となったアドラクシア様が勉強会を設立すると言い出しました。
確かに下級貴族の教育不足は私も気になっていましたから、底上げには賛成です。商家の子の方が、余程良い学習環境にあるくらいでしたもの。
私はすぐに教師役の選定に入りました。
下級貴族の相手をお願いするのですから、優秀であっても爵位を鼻にかける輩は向きません。良識ある者達を集めました。
ただし、無償奉仕となってしまう点が問題です。
領地の状況が良くない下級貴族なのですから、講師料の徴収は望めません。子供に適正な教育を受けさせるのは貴族の義務ですから、仕方がないとは言え、それを怠った者達に学院や国の予算は割けません。エルグランデが全て負担してしまえば、代わりに教育してやるから傘下に入れと恫喝するのと同じです。派閥への影響が大き過ぎるでしょう。
ですから私は講師候補者をお茶会へ招待し、いくらかの情報を流す事で報酬としました。エルグランデを含む高位貴族が進める大規模工事の計画、新規開発魔道具の噂、流行の変遷と私の予想など、親に報告すればお金に替えるでしょう。お茶会なのですからあくまでも世間話、情報を売ったのではないと建前も成り立ちます。
勿論、アドラクシア様や婚約者である私が、恩を忘れる事はないのだと印象付けるのも忘れません。
学院生から私が広く情報を集める習慣がここで生きました。子供からのものであっても国へ情報が届くのを先んじられる事もあり、案外馬鹿にできなかったのです。私自ら拾った情報ですので、機密を売った事にもなりません。
そうした苦労あって、勉強会は無事開催できました。
アドラクシア様も切っ掛けとなった令嬢を救えて満足そうです。その娘も、ありがとうございましたと何度も頭を下げていました。殿下に。
聞けば戦争による困窮だそうですから、手を差し伸べない訳にはいきません。
それに、下級貴族の状況に蒙昧だったアドラクシア様を諫めたとも聞きましたから、意外と有望なのかもしれませんね。
アドラクシア様との距離感が、少しだけ気になりますけれど……。
この出会いが切っ掛けで、アドラクシア様は平民の生活にも興味を持たれたようです。
悪い事とは思いません。
統べるべき民を数字でしか捉えられない為政者にはなってほしくありませんから。
ですから私は、殿下がお忍びに出る準備を先行して始めました。
私も街へ下りた事はありません。参考になる情報を得る為に、既に経験済みというアノイアス様に接触しました。アドラクシア様の安全確保が最優先事項です。
「私のところに来なくても、エルグランデ侯に聞けばいい。あの人は、当時の陛下と一緒に街を散策していたそうですよ」
成程、それは良い事を聞けました。
巨漢の父なら、冒険者の格好をするだけで街に溶け込めたでしょう。むしろ、窮屈そうな正装より自然に見えるかもしれません。
情報収集の結果、数を揃えるより腕の立つ者を配置した方が良いと知れました。更に、当事者が知らない護衛を数人加えておくといい、とも。知った顔を窺って、護衛の存在が漏れる事態を防げるそうです。
私は早速人選に入れました。
武門には詳しくないので事情だけ話して家の騎士に協力を仰ぎます。属性や魔法特性を考慮して、向かう場所に沿った護衛隊を組んでくれました。お父様提案の顔を知らない護衛については、冒険者を動員すると決めました。万が一の場合に街に詳しく、臨機応変に対応してくれるそうです。街に馴染む努力も必要ありませんしね。
そうして準備だけは進めていましたが、アドラクシア様は案内役としてイローナ様を伴うと言われました。
立場ある者が連れ立って街へ出る訳にはいきませんから、必然、私は候補から外れます。元々私が備えていただけで、誘われた訳でもありません。
「……宜しかったのですか?」
出掛ける殿下達を見送った後、侍女のナタリーが私の様子を窺います。
あの方の隣に私が居ない事を、悲しんだり怒ったりしていると思ったのでしょうか?
「仕方ないわ。街に詳しい者を連れて行くというアドラクシア様の判断は、間違っていないもの。十分な護衛を配置できたのですから、良しとしましょう」
近衛に加えて、エルグランデの護衛も受け入れてくださいました。冒険者へ依頼も出しましたから、安全面の心配は必要ないでしょう。
アドラクシア様のお役に立てているなら、私が不満を零すなんてあり得ません。
私用に準備したライラック色のスカートが披露できない事を少しだけ残念に思いながら、私はナタリーに片付けを命じました。
いつか誘ってくださる事を期待しましょう。
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