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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
王位決着編

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閑話 ジローシアの日記 1

今度はジローシア様視点です。

これは日記じゃなくて回想じゃないかって突っ込みはご容赦ください……。

 アドラクシア殿下かアノイアス殿下に嫁ぐ、私が生まれる前から決まっていた事でした。


 ノースマークが国政から距離を置き、エッケンシュタインが勝手に没落した事で、エルグランデとしては、より王国を支える立場を得る為に王子との婚姻は必須だったのです。


 王子の目に留まるよう、物心つく頃から立居振舞を躾けられ、自身の我儘より家や領地を優先するように諭されました。

 ずっとそうして生きてきましたから、疑問を挟んだ事もありませんでした。


 それでも父には負い目があったのかもしれません。

 どちらの殿下に嫁ぐのか、選択権は私にくれると言いました。共にいて、少しでも私が幸福だと思える方を選びなさい、と。


 私は周囲の期待に応える道具、そう思っていた私は困ってしまいました。


 私の幸福とは何でしょう?


 答えは出ないまま顔合わせの日となりました。

 最初にお会いしたのは、歳の近いアノイアス様です。もっとも、アドラクシア様と2つ違うだけですが。


 折り目正しく挨拶を交わして、その後は私達の時間です。両親も陛下も私達を残して離れてゆきました。

 何を指標として答えを出すのか、まるで決まっていない私でしたが、王族を前に沈黙は許されません。何とか話題を繋ごうと頭を捻りました。


「アノイアス様は本を読まれますか? 何か面白いと思った本はありますでしょうか?」


 つまらないと思われたとしても、沈黙よりはいいです。

 趣味と言うほどではありませんでしたが、読書は落ち着いた時間を過ごせるので気に入っています。


「……大海活現録でしょうか?」


 活現録は5代目国王が海洋探索に乗り出した際の手記です。冒険記としても人気があります。


「ああ、別大陸の風土やその際の戸惑い、そしてそれらを王国でどう生かすのかを綴ったあたりは私も好きです」

「ジローシアさんも読んだのですか?」

「はい。特に帰港中に疫病が発生した際、東大陸で得た知識を生かして感染者と共に菌を封じ込め、高温多湿に保つ事で菌の増殖を抑えたと言う記述は興味深かったです」

「光属性の浄化術師が罹患して危機に陥った時ですよね。菌の死滅条件を満たす事で感染拡大を防いだ応急措置は見事でした。その後の疾病研究にも役立っていますね。ただ私は、菌にまで鑑定範囲を広げた判断こそが秀逸だったと思います」

「目に見えないものの、その場にある筈のものに魔法を作用させる技術ですよね。かなり高度で、今でも扱える方は限られると聞いています」

「ええ。難解な技術ではあるそうですが、豊富な魔力や高位術師である必要はありません。少し特殊な才能と言ったところでしょうか。そう言った者達を広く登用した手腕が、5代目海狼王の功績だと思うのです」


 なるほど、そう捉えるのですね。

 魔導士で、且つ大陸間交易を切り拓いた海狼王の活躍は、冒険譚や海運技術の発展が注目されがちです。けれどアノイアス殿下はご自分なら、といった視点で歴史と向き合っておられました。


 結局、その日は本の話で交流を終えました。

 正直に言って、楽しい時間だったと思います。幅広く本を読み、貪欲に知識を取り入れる殿下の姿勢も、とても好ましいものでした。

 私の抱いていた王族像と外れるものではありませんでしたから、私自身の将来に安心した日でもありました。


 なお、本について語り合う私達を見る侍女達は退いていました。

 大海活現録、原書は辞書みたいな厚さで10巻もあるのですよね。普通は6歳の子供向けの本ではありませんから。




 アドラクシア様とは、日を改めて機会を設ける事となりました。

 けれど予定していた顔合わせは実現しませんでした。


「おい! お前、来い!」


 面会を約束していた庭園に向かう途中、いきなり男の子に手を引いて攫われたのです。


 突然の事でしたし、身体強化まで使って駆ける子供は捕まえられません。お父様や侍女達は、あっという間に引き離されてしまいました。私も付いてゆくだけでやっとです。

 私が強化魔法を扱えなかった場合、この日廊下で擦り下ろされていたのかもしれません。


 それが分かっていても、私も周囲も強引に止める事はできませんでした。


「あ、あの……、アドラクシア殿下ですよね? 私……」

「しっ! 静かに! 見つかってしまうだろう?」


 どうして私は引っ張って来られたのか、待ち合わせている筈の殿下がどうしてここに居るのか、分からない事ばかりでした。それでも何とかご挨拶しなくてはと思ったところ、叱られてしまいました。


「それから、早く息を整えろ。そんなに息を切らしていては、隠れている意味がない」


 とても理不尽です。


 何の説明もされる事なく、何故か私達は調度品の裏にいました。

 殿下はこそこそと何かを窺っています。


 私も何があるのかと確認してみました。私に隠れている自覚はありませんから、堂々と顔を覗かせます。


 殿下が窺う先にあったのは、厨房でした。

 お腹が空いたのでしょうか? 侍従に言えば、軽食でもお菓子でも用意してくれると思うのですが……?


「よし、行くぞ」


 廊下に誰もいない事を確認した殿下は、厨房へとつながる扉の陰へ身体を滑らせます。手を引かれた私も、渋々付き合いました。


 その先で用意されていたのはお菓子でした。

 私達のお茶会が予定に入っているのですから当然でしょうね。そのお茶会に辿り着ける気配はありませんが。


「私が行ってくる。お前はここに居ろ」


 戸惑っている私は足手まといだと思ったのか、厨房へは殿下だけが突撃しました。

 漸く手を放してくれたので、そのまま帰りたいと思ってしまいました。


 厨房へ忍び込んだ殿下は、物陰に隠れながらお皿を目指します。調理が終わって、厨房に料理人が疎らだったからできた事です。

 殿下は綺麗に盛ってあるカヌレを2つ摘まみ上げると、得意そうに戻ってきました。


「見つかる前に行くぞ。こっちはお前の分だ」


 差し出されたのでつい受け取ってしまいましたが、お茶会室でゆっくり食べたかったです。


 そんな儚い希望が叶う筈もなく、カヌレは調度品の陰で食べました。

 美味しいには美味しかったのですが、わたしは生クリームと一緒に食べるカヌレが好きです。折角お皿には盛り付けてあったのにと思わずにはいられませんでした。


「よし! これで“摘まみ食い”が経験出来たぞ」


 たった2口で完食した殿下は、とても満足そうでした。

 恨めしい目を向けそうになるのを、必死で堪えます。


「……そんなにお腹が空いていたのですか? もしかして、食べ過ぎて側近に叱られたのでしょうか?」

「いや? そんな事はないぞ」

「では、どうして……?」

「説明してもいいが、その前に厨房へ謝りに行くぞ」


 はい?


「何を不思議そうな顔をしている? “摘まみ食い”は悪い事だろう? 悪い事をしたなら、謝るのが当然だ」


 何を言っているのかまるで分らない私の手を再び引いて、アドラクシア様は本当に厨房へ頭を下げに行きました。

 当たり前ですが、王子に謝られては、料理人達は苦笑しながらも許すしかありません。

 更に殿下は、準備していたお菓子に不備が出たのは自分のせいだと、陛下に叱られに行くと言います。


 訳が分かりませんでした。


「結局、殿下は何をなさりたかったのでしょう?」

「うん? ああ、悪い事を経験してみたかったのだ」

「悪い事、ですか?」

「そうだ。私は経験に勝る知識はないと思っている。だが窃盗や殺人、本当に酷い悪事は経験できるものではないだろう? だから、今回は身近な悪事で罪悪感を知っておこうと思ったのだ」


 それは、私には全くない考え方でした。


「しかし実際に仕出かしてみると、後味は良くないな。料理人達は心を籠めて盛り付けてくれていた。味は勿論、見た目でも楽しませようという気遣いを感じた。そんな心配りを台無しにしてしまった」


 さっきまでの得意そうな様子が嘘のように、殿下の横顔は苦そうでした。

 ただ奔放と言うだけではなかったようです。


「そのくらいの事なら、少し考えればわかるのではありませんか」

「……そうだな。だがそれでは罪悪感を知らないままだ。彼等には悪い事をしたが、おかげで私は悪事には向いていないと知れた。こんな想い、できるならごめんだな」

「それは必要な事ですか?」

「私には、な。知ったつもりで終わらせたくないのだ。それに今回は背徳感も知れた。あれは良くないな。悪い事をするというのに……悪い事をしようと思ったからか? 実行の前まではワクワクしてしまった。しっかり律しなければ、うっかり踏み外してしまいそうだ」


 罪悪感、背徳感、どちらも知ってはいても、しっかり説明はできないものでした。


「殿下は、こんな事ばかりされているのですか?」

「別に、何でも確認しなければ気が済まない訳ではないぞ。行動に移す前に理解できるなら、それでいいとも思う。勉強や本の大切さも知っているし、嫌いと言う訳でもない。アノイアスの奴と比べられると困るが……」


 この時の様子から、アノイアス様に劣等感を抱いていると知れました。

 兄より優秀な弟と噂される度に傷付いているのかもしれませんが、今回のような奇行が陰口を助長させている気がしないでもありませんけれど。


「だが、進む方向は間違えないでいたい。父の後を継ぐなら、何が楽しくて、何が間違っているのか、知っている王でいたい。何処へ導くのかを、誰より理解した王でありたいと思うのだ。だから勉強する分、私は遊ぶぞ? 私自身が楽しくない王になど、なりたくないからな」


 ―――!


 両親や周囲に望まれるままに、期待に応える道具である事を選んだ私には重い言葉でした。

 国を背負う生き方は1つではないのだと示してくれたのです。


「……しかし、今回は失敗したな。彼等があれだけ丁寧に用意してくれたのだ。きっと、お茶と一緒に食べた方が美味しかったに違いない。彼等の気遣いを無為にしてしまった」


 あ、無神経に見えた殿下でもそんなふうに考えられるのですね。


「許すとは言ってくれたが、心から納得できたわけではないだろう。私は謝る事も難しいのだと知ってしまったな」

「では、給金として返してみてはいかがでしょう。厨房の環境改善も良いかもしれません。謝意と一緒に伝えれば、少なくとも誠意は伝わると思います」

「いいな、それ! お前、凄いじゃないか!」


 ご自分では思い付けなかった謝罪方法が見つかったと、殿下は私の両手を掴んで振り回します。

 先程は迷惑でしかなかった仕草に、何故かどぎまぎしてしまいます。


 感情に変化があったのだと、心臓の鼓動が教えてくれました。


 予定が大きく狂ってしまったお茶会の場で、陛下やお父様達に最初に伝えるべき言葉が、決まった気がしました。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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