子爵領ランドマーク
無機物より有機物の方が魔法の通りが良い。
だから、折角の新しい都市は木材をメインに構成すると決めた。
勿論、ただの木造建築物を並べようって訳じゃない。
前世日本人としては、昔のお屋敷やお城、仏閣みたいな木製の芸術品にも憧れる。けれど耐久性に課題が残るし、私は新技術で都市造りをしたいのであって、職人の技巧任せは本意じゃない。
それに、この国では土魔法で簡単に石を生み出せるものだから、家屋は石造りの歴史が長い。前世日本ほど木工技術を洗練していない。
ならばどうするかと言うと、木を素にして新しい建材を生み出す。
液状化の魔道具で一度溶かしてセルロース、ヘミセルロース、リグニンと言った主成分を抽出する。これらに添加剤を加える事で固形化させて、容易に成形可能な便利素材に作り替える。要するに、木を原料とした合成樹脂だね。石油原料で作ったプラスチックに比べてコストが跳ね上がる為に工業化まで至ってなかっただけで、前世でも研究されていた。
今世、石油の産出箇所が魔物に支配されている現状を考えると、木材由来の方が量産に向いている。加工の手間は魔法を頼ればいい。木の液状化は石や金属に比べて消費魔力は大きいものの、地属性の範疇ではある。
添加剤や加工方法で硬度や耐熱性、強度を変えられるし、魔物素材と組み合わせるなら性質の幅は更に広がる。
除去した樹木成分は肥料や燃料として使えるから、持続可能な開発としても期待値が高いね。
何よりの課題は、量産するだけの木材を揃えられるかって事かな。
で、私は素材候補としてトレントに着目した。
成長が早く、魔力さえあれば繁殖も容易って性質はとてもありがたい。魔物なので高魔力含有生物、つまり人間を襲うって難点は、生態の書き換えで何とかできる。
魔力を用意できる限り無尽蔵に伐採可能な採取場建設を決めた。
「うふふふふ……」
私は、トレント植樹用に耕した土地の傍でほくそ笑む。
ファンタジー素材による合成樹脂の実用化、前世と今世を融合させた新都市の1歩として相応しい。そして、開発都市コキオの産声となる。
肥料には、墳炎龍の魔力受容器官をふんだんに使った。魔力自体は魔導変換器で供給するけど、これで良質な魔力を常に蓄えてくれると思う。
魔素を地属性に変換する装置の魔石は大地竜。地質も、トレントの育成状況が良かった場所に揃えてある。水の代わりに魔漿液を撒き、魔力を取り込みやすい環境を用意した。
少しでもトレントの育成力を高める為にと、過剰なくらいの設備を誂えた。
本来なら魔導変換器で魔力を注入するところ、私の領都のはじまりだからと、手ずから魔力供給すると決めた。折角の自分の領地、自分の街、感慨で満たしておきたい。
「ではレティ様、お願いします!」
トレント捕獲に協力してくれた兵士候補生と、植樹を手伝ってくれた作業者達が離れたのを確認して、キャシーが合図をくれる。
私は、臨界魔法で固めた地属性魔力をそっと地面に降ろす。
トレントの急成長分にと計算した魔力は採取場中へ広がり、根を切られた事で仮死状態だったトレントの群れが息を吹き返す。根を伸ばし、枝を張り、葉を青々と茂らせ―――
「あれ?」
幹は高さをみるみる伸ばし、際限なく広がった枝は絡み合い、100体以上のトレントが混じり、採取場は1つに溶け合ってゆく。それでも成長は止まらず枝葉を広げ、基柱は遥か天を目指す。
傍にいた私には、この木がどれほど広がっているのかとても把握できない。私の頭上はあっという間に緑で埋まった。
「レティ?」
「スカーレット様……」
オーレリア達の視線が痛い。
どうしてこうなった?
いや、原因に心当たりはある。
魔力調整の計算を間違えた。マーシャが休暇中の為、計算の一部がどんぶり勘定だったと自覚はしていた。ちょっと酷い場合は森ができるかも、なんて憶測はあったけれど、現実は更に桁外れになった。
オーレリア達身内はともかく、見学している大勢へ想定外でしたとは言い難い。
これだけの事を仕出かしておいて、「てへ、間違えました♡」とか公式発表しようものなら、私だったら衝動的に殴る自信がある。そんな貴族がいたら、迷いなく臨界魔法で粛清する。
切り倒してやり直そうか?
想定を遥かに超える巨木になったけど、アイテムボックスに保存すれば場所には困らないし、これから街を作る事を考えれば素材はいくらでも欲しい。
都市建設に私が深く関わるのは好ましくないとはいえ、私じゃないとこれだけの巨木を解体できそうにない。普通の人には刃を通す手段がないからね。それを逆手に取るなら、こっそり片付けられなくもないかな。
伐採場建設は、トレントの捕獲からやり直せばいい。今度は人任せにしないで、元凶の私も参加するよ。
「多分……ですけれど、この巨大トレントは非常に強い蘇生力を備えていますわ。幹を切り倒しても、根が残っているなら再び生えてくるでしょう」
雑草か!?
隠滅を考えていたら、ノーラが絶望をくれた。
魔漿液や墳炎龍から新しい特性を吸ったのかな?
「レティ様、この土地に元々満ちていた魔力分を計算に加えるの、忘れたんじゃないですか?」
「あ」
冷静に指摘してるけど、検算に参加したキャシーも他人事ではないからね。
もっとも原因が判明したところで、何も事態は好転しない。責任転嫁もむなしいよね。
「臨界魔法なら、根ごとまとめて消し去れるかもしれないけど……」
「間違いなく、この辺り一帯に大穴が空きますね。コキオは完成前に遷都が決定します」
周囲を見渡しながら、オーレリアが悲しそうな顔で首を振る。
これだけ工事を進めておいて、全部やり直しとか言ったら、領民の信用は確実に地に落ちる。当たり前だけど、既に巨額の税金が動いている。
「周辺地面も想定以上に含有魔力が減っています。このまま放っておけば、自然と枯れるのではありませんか?」
「それでも今日明日中って訳にもいかないだろうし、土地が枯れるのと同義でもあるから、あまり好ましくないかな」
不足した魔力はまた注げばいい。でも、死滅した微生物や土壌動物は簡単に戻らない。
皆して頭を抱えていると、恐る恐ると言った様子でベネットがやって来るのに気が付いた。ウェルキンから飛行ボードで飛んできたなら、巨木の威容はしっかり見ただろうから、腰が引けるのは仕方ないかな。
「お取込み中、申し訳ありません、お嬢様。王都より急ぎの知らせが届きました」
そう言って彼女が差し出した封筒には、王家の紋章で封蝋があった。
このタイミングでまた面倒事の予感はするけれど、「お嬢様に代わって、適当に返事を出しておきました。当日の対応だけお願いします」とか言って処理してしまうフランの厚顔さは、ベネットに期待できない。フランの場合、王族の意向より私の都合を優先するからね。
私は中身をサッと確認すると、深く溜め息を吐いた。
「イローナ様が来るみたい」
「お屋敷もない状況で、視察って事はありませんよね」
「うん。オーレリアの言う通りだし、呼び出しじゃなくて王族の方から足を運ぶって事は、何か内密な話だろうね」
厄介だと思ったところで、王族を迎えない訳にはいかない。
元子爵令嬢だからって、王族を軽んじる姿勢は私にない。
そしてイローナ様が来るのは3日後、普通の訪問と比べても準備期間は少ない。それだけ、彼女から余裕の無さが窺える。
「そんな訳で都市計画は一旦止めて、今は応対の準備かな」
「え? この大きなトレントは、その間放置ですか?」
「ま、仕方ないよ。こうして攻撃の気配がないところを見ると、トレントの生態は死んだままなんだよね、ノーラ?」
「ええ、それは確かですわ」
「じゃあ、とりあえずは様子見かな。一応、トレント材の無限採取は達成できてそうだし」
「……大雑把過ぎません?」
現実逃避とも言う。
大丈夫、ちゃんと自覚はあるから。
「キャシーは消費魔力の測定をお願い。余裕があるなら一部採取して、損失分と補填魔力量を確認してみて」
「はーい」
「ノーラはいろいろな角度から鑑定をお願い。特に、これ以上の成長因子が残っているかどうかを念入りに。最悪、この状態で生態に干渉しないとだから」
この巨大物体と魔力勝負は、できるなら避けたいけどね。
「はい、お任せください」
「一応、ウォズは情報統制をお願い。予算は追加するから、作業者は全員ミーティアに留めておいて」
「ええ。強制と受け取られないよう、適度に歓待しておきます」
「うん、名目はコキオ本格始動とか適当に言っておいて。それから何もないと思うけど、念の為に兵士候補生は配置して」
「はい。警邏の訓練に丁度良いですね」
何かあるかもしれないって状況は、精神力を削る。巨木みたいな得体の知れないものの傍なら尚更にね。
こんな機会も活用しようって上司がいるなら、候補生には苦労を負ってもらおう。
そんな訳で、私は巨木の件から全力で目を逸らすと決めた。
けれど忘れていた。
あんな大きなものを王族に知られるって事は、子爵領の象徴と認知されるのとイコールだよね……。
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