閑話 お友達 上
オーレリア視点の閑話です。
鏡に映る自分と向き合う。
小さな体躯に華奢な体つき、見慣れた私。
母譲りの銀髪だけがカロネイアの子の証明で、あとは何一つ似ていない。
熊の様だと、よく評される、英雄に相応しい巨躯が代名詞の父。その隣で支え続ける、細身でも筋肉質で、背も高い母。どちらの特徴も受け継がない身体が嫌い。
血のつながりが無いんじゃないか、そう言われていた事も知っている。両親の耳に入って、苛烈な処分が行われたけれど、陰口は後を絶たなかった。
強くなるのは好き。
鍛えている間は頭を空っぽにできるから。実力を示せれば、周囲の雑音を黙らせられるから。
でも、強化魔法を使えない現実が、また私を苛む。
父は騎士タイプ、母は万能タイプ。風魔法で代用しても、その背は遠く、代替品では非力さを覆すことはできなくて、壁を突き崩す未来は未だ見えない。
強化魔法が欲しかった。
属性の血統による継承についての理論は証明されていない。だから私が風魔法を得たのは運命。でも、父と母の子なのにどうしてと、ふとした瞬間に考えてしまう。
そんな風に後ろ向きにしか考えられない私が嫌い。
でも―――
鳥の翼の様にはためいて、とても綺麗でした
それだけの言葉が、頭を離れてくれない。
風のように戦うと、人々の口に上っているのは知っていた。それが私の速さを称賛する言葉だって事も。それがどこで、舞うなんて詩的な表現に変わったのか、領地と王都しか世界を知らない私には、まるで分からないけれども。
歌の一節みたいな噂を聞いた彼女は、戦う私と結び付けて称えてくれた。
真に受けちゃいけない。
戦征伯に擦り寄りたくて、適当な言葉を並べただけだと、後ろ向きな私が言う。
でも―――昨日から高鳴りっぱなしの心臓が、私の言う事を聞いてくれない。
だって、彼女は、私達の世代で唯一の侯爵令嬢。たった一人、私に媚びる必要のない子だから。
私の手を取ったあの人の、瞳の輝きを信じたい。
今日、スカーレット様との約束があります。
王都を案内すると言う口実で、習慣の見回りで街に詳しいからなんて、適当な事を言ってしまいました。
学院が始まってしまえば、多くの子女が彼女の家とのつながりを求めて動くでしょう。スカーレット様ほどではないにしろ、きっと私も似た状態になります。きっと彼女の周りは人で一杯。そんな中、あの方に話しかけるなんて、私にはとても難しい。
そんな風に考えてたら、思い切って誘っていました。
私の知ってる場所なんて、ちょっと街が見渡せるだけの商館の屋上だとか、私はお気に入りだけど、見た目が素朴なお菓子のお店とか、可愛い子犬を3匹も飼っているお家の前とか、とても侯爵令嬢を案内できないと、後になって気付きました。どうしましょう。
「お嬢様、朝食の準備が整いました。旦那様もご一緒できるそうです」
メイドに声を掛けられて我に返ります。
思考に沈んでいたのでまだ半裸のままです。急がないといけません。
カロネイアの家には、従者を連れて歩く習慣がありません。
いざという時、鍛えた私達でも、守れない可能性が高いからです。もしもの場合に大切な使用人を犠牲にしてはいけないと、それを当然と思ってきました。でも今日は、スカーレット様達のような仲の良い主従を、うらやましく思ってしまいます。
ここはカロネイア家の王都邸。
多忙なお父様と話す時間を作る為、朝のジョギングの後に帰ってきました。昨日の内に先触れは出しましたが、先日寮に移ったばかりの私が戻って、準備する使用人達に負担をかけてしまいましたね。
でも、私も急ぐのです。
話題はスカーレット様の事。
私も貴族令嬢なので、誰とでも友誼を交わす訳にはいきません。
現在の王位争いに対して、カロネイアは中立の立場にあります。軍のほとんどを掌握し、近衛を含めた騎士団にも強過ぎる影響力を持つお父様は権力争いから距離を置いています。
軍を預かる者として、一勢力のみに与する事はできないと、宣言しました。
一方、父とは異なる形で中立を保っているのが、ノースマーク侯爵です。
いずれの王子支持も表明しないまま、全ての派閥と付き合いつつ、絶妙なバランス感覚で渡り歩いておられます。
下級貴族は王家争いに参加して得られる利益よりも、上級貴族に睨まれる不利益の方が大きいと、距離を取る家が多いのですが、侯爵は彼らのほとんどとつながりを作っているそうです。必要とあれば、すぐに傘下貴族をまとめ上げて、新しい派閥となる筈です。その影響力は父にも劣りません。
実際、そんなノースマークと対立した侯爵家は、すぐにその格を落とす結果となりました。
そんな方の御令嬢ですから、スカーレット様の行動にも注目が集まっています。彼女を通じて侯爵を動かせる可能性がありますから。第3王子との婚約の噂も、そんな暗闘の一環でしょう。
しかし、彼女は引き籠り令嬢などと一部で呼ばれてしまうくらい、公に姿を見せていません。伯爵家の調査でも、夫人に似て容姿が整っている、くらいしか情報が集まりませんでした。
確かに、可愛らしくて、とても綺麗な方でした。
カロネイアが侯爵家とのつながりを望むなら、私とスカーレット様の交流は大切ですし、昨日の出会いは大きな強みになります。
だから、お父様に今後の方針を確認するのです。
忙しいお父様は、食後のお茶の時間もゆっくり作れません。ですから、席に座ると私は早速話を切り出しました。
「憲兵隊からの報告で、既にご存知かもしれませんが、昨日、ノースマーク家の御令嬢、スカーレット様にお会いしました。お父様は侯爵家との関係をどう考えているのでしょう?私はこのままスカーレット様と交流を続けて構いませんか?」
「ふむ、オーレリアから御令嬢はどう見えた?」
「所作は綺麗で、しっかり教育されているようでした。甘やかされて、入学まで家から出せなくなった、なんて噂はすぐに消えますね。お姿は噂通り、とても綺麗な方でした」
「うん、それから?」
「長く話した訳ではありませんが、頭の回転が速くて目端も利くみたいです。本人は噂で先入観を得たと仰っていましたが、私の戦いを少し見て、強化ではなく風魔法と見抜かれました」
もっとも、私はその言い分を信じていません。嘘は無くても、言えない事くらいはありそうです。
「近くで風を感じたのではないの?」
少し興味が湧いたのか、お母様も話に入ってきました。
「それはありません。スカーレット様は車の中にいらっしゃいましたから」
「それは少し面白いね。彼女は余程魔法の適性があるのかな?」
「そうかもしれません。一緒に強化魔法の練習をしようと誘われましたから」
「うん?」
怪訝な顔になりました。
無理もありません。それだけ、習得できなかった魔法を、後の研鑽で身に着ける例は稀なのです。
だからこそ、お父様の気を引けると思っていました。
今日の約束より前に、スカーレット様との交流許可が欲しいですから。
「スカーレット様は、強化魔法を指導した経験があるそうです」
「…それは弟妹に、と言う事ですか?」
「いえ、一度は習得できなかった弟さんと、侯爵家の騎士に、と」
「―――」
「―――」
「何か特別な技能か?いや、固定観念を覆すような新情報?」
「それほどの情報なら、領で秘匿されるのではないかしら?」
悩み始めましたが、勿論答えなんて出ません。
だから、私に情報を集めるように、早く言ってください。
これは私の我儘じゃありません、伯爵家の為だと名分をください。
「そう言えば、憲兵隊の報告に、侯爵家の車は事故に遭っても無傷だったとか。オーレリア、本当ですか?」
「ええ、潰れた子爵の車がなければ、そこが事故現場とは分からないくらいでした」
「そうなると、侯爵家は複数の技術を手にしている訳ですね。娘の王都入りに合わせて、新技術を匂わせる事にしたのでしょうか?」
「……無視はできんな。オーレリア、令嬢からどれだけの情報が得られるか分からんが、できるだけ密に交流しろ。カロネイアと侯爵家の結び付きを噂されても構わん」
「はい!分かりました、お父様」
最良の結果が得られたみたいです。
「オーレリア、スカーレット様についてもっと聞かせて」
「はい!とても明るい方です。それから、気丈な方でもあると思います。事故に遭った上、子爵家の騎士に取り囲まれても動じておられませんでしたもの。でも、少し口がお上手かもしれません。見回り中の地味な私を可愛いと言ってくれましたし、戦う私を綺麗とも……。強化魔法がお得意だそうですから、私と競い合えるかもしれません」
「あらあら、オーレリアはすっかりご執心みたいね」
「これだけの情報で十分と、昨日の今日で交渉に来たのだ、譲るつもりはないのであろう。家の都合で止めはしないから、友達として仲良くするといい」
―――最後に反応を間違えました。思惑がバレバレで、恥ずかしいです。
でも、どうしてもスカーレット様とお近づきになりたいのです!
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