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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
王位決着編

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ストラタス商会

 人手を確保したおかげで、領都予定地の開墾は順調に進む。

 この世界の土木工事は、重機の活用に加えて魔法も取り入れているから作業が早い。更に液状化の魔道具も活躍した。

 硬い岩盤や埋まっていた巨石に悩まされる事なく、掘り起こしてゆく。

 戦争の為に作った魔道具だったけど、別の活用法を見るのは嬉しいよね。


 コキオと名付ける予定の領都は、地下も活用する予定なので深く掘り進める必要がある。上下水道や魔導線、インフラを敷くのは勿論、地下に居住空間も置く。アイテムボックス魔法があるから、地下空間さえ作っておけばいくらでも活用方法は思い付くよね。


 作業員の募集に応えてくれた人は想像以上に多かった。

 それだけ、旧エッケンシュタイン領で職にあぶれた人が多かったってのもあるし、ノーラと共に領地の立て直しを宣言した私達に期待を寄せてくれたのも大きい。


 通常、大規模な開拓の際には現場の周辺に兵士や冒険者を配置する必要がある。城壁や家屋に守られておらず、作業に集中するせいで警戒が不足する人々は、魔物にとって格好の標的となってしまう。

 だけど新都市では魔導変換器の稼働が必須と決めたから、すぐに魔物は寄って来なくなった。一応、南ノースマークに詰めていた兵士と冒険者を並べていたものの、いつの間にか最低限の見張り要員だけ残して工事に加わってくれていた。


 狭域化技術の活用例として、追加報告を入れておいた方が良いかもね。


 ちなみに、強制労働となった犯罪者の職場はここにない。

 強化魔法があるせいで、肉体労働はあまり罰にならない為、冒険者ギルドの雑務を受託した。屈強な引退冒険者の監督の下、魔物の解体、汚物処理、時折発見される大型死体の始末など、仕事内容は多岐に亘る。

 魔物の体液には中毒性や病原性を含むものも存在するので、しっかり防護しないと命にかかわる。そして仕事の成果から生活費を賄う為、真面目に働かなくては食事も満足に回ってこない。それで残る微々とした報酬で着服分を返済してゆく。なかなか劣悪な環境となる。

 犯罪を許容する気はなくても、こういった人達がいないと社会が回らないんだなって実感したよ。専門の業者に委託すると高くつくから、懐にも優しい。




 そんなふうに都市計画を進めていたある日、ベネットが面会依頼を持って来た。

 フランは執務の補助を任せる事が増えたので、身の回りの仕事は彼女に任せる事が多い。


「ストラタス商会?」

「はい、会頭がご挨拶したいと参っております」


 知らない名前が出てきて戸惑う。


 新子爵に擦り寄ってくる商人も増えたものの、無名で貴族と繋がろうとする例は珍しい。実績なしに信用は得られないから、門前払いが常なのだけども。


「まあ、いいか。いろいろ入用なのは事実だし、伝手を作るだけなら困らないかな」


 比較的手隙だったこともあって、半分くらいは珍しいもの見たさで会う事にした。多少は息抜きも欲しい。

 私に用はなくても、ノーラの専属を作っても良いしね。


 で、いざ迎えてみると、よく知った顔だった。


「面会に時間を割いていただき、ありがとうございます。この度、ストラタス商会を立ち上げましたので、ご挨拶に伺いました」

「…………何やってんの、ウォズ?」


 訳が分からなかった。

 国内トップを走るビーゲール商会の跡取りが、新商会を立ち上げたって言った?

 聞いてないよ?


 ウェルキンの臨時応接室には、王都で片付けなくてはいけない事があるからと、合流を遅らせていたウォズがいた。


「ビーゲール商会がこれからも協力を続ける姿勢に違いはありません。けれど本社は王都にあり、規模が大きくなり過ぎたせいで、今後はスカーレット様の助力が難しい事も増えると思います。あくまで、あの商会の忠誠は国にありますから」

「ウォズの場合は違うって聞こえるけど?」

「あまり大きな声では言えませんが、その通りです。俺は、ノースマークとエッケンシュタインの新しい都市を支える為にここへ来ました。その事に全てを尽くします。もし、王国から独立するような事があっても、共に在り続けたいと思います」


 そんな予定があるみたいな事を言わないで欲しい。

 帝国をあっさり下した後だから、聞く人によっては洒落にならないんだよ。


「その覚悟はありがたいのですけれど、ビーゲール商会を離れてしまっては、ウォズ様の人脈が狭まるのではありませんか? これまでと同じように動けますか?」

「問題ありません。袂を分かった訳ではありませんから。そもそも、ビーゲール商会の新規開発部門には名前を残してありますし、スカーレット様の発明のいくつかは俺が権利を握ったままですので、父達も俺の影響を排除できません」

「……いつでも脅迫できるって言ってない?」

「選択肢をいくつも用意しているだけですよ。殊更に事を荒立てようと言う訳ではありません。商人ですから、基本的に提示するのは利害関係になるでしょう」


 ノウハウが豊富で規模が大きいのですから下請けとしても優秀ですよ、なんて強気な事を言っている。

 それ、孫請けがいっぱいできるやつだよね。下請けの環境が保てないのは嫌だよ?


 確かに、新技術をいっぱい生み出していく予定だから、商人側の受け皿があるのはありがたい。多分、そのあたりを汲んでくれたんだろうね。


「でもウォズ、家を継がなくていいの? その為にこれまで頑張って来たんじゃない?」

「スカーレット様の支えになれない可能性が残る商会に、未練はありませんね。恐らく、商会は従兄が継ぐでしょう」

「後悔しない? 後になって困っても、私には愚痴を聞くくらいしかできないよ?」

「スカーレット様が気に病む必要なんてありません。何より、これは俺が望んでいる事です。スカーレット様が新都市を夢見たように、俺は自分の商会を切り盛りしてみたいんです。十分に親の脛は齧っていますから、ゼロから始めるなどとは言えませんが、俺の才覚で商会を育ててゆきたいのです。スカーレット様が最先端都市を夢見るなら、俺はストラタスの名で財界を覆ってみたいと思います」


 こんなふうに夢を語られてしまったら、私には何も言えない。


「分かった。私にとっても都合がいいのは間違いないから、これからも頼りにさせてもらうよ」

「はい! お任せください」


 嬉しそうに頷いてくれるよね。

 相変わらず、盛大に揺れる尻尾が幻視()える。クロよりよっぽど可愛げがあるかな。


「丁度、ウォズに頼りたい件があったのも事実だしね」

「早速何か入用ですか」

「領都の掘削作業は順調なんだけど、送迎に時間が要るせいで、帰って寝るだけの人が多いみたいなんだよね。それだと稼いでる甲斐がないから、日用品や嗜好品を揃えられる店舗を用意して欲しい。ミーティア貸すから、臨時の宿泊施設にしても良いかもしれない」

「なるほど、俺はその人員集めと流通の確保ですね」

「うん。あと、昼食は支給してるけど、夕食を扱うお店や、酒場なんかもあると活気が出るかもね。折角協力してもらってる訳だし、味気ない現場にはしたくないんだ」

「食事処、良いですね。いろいろな幅が欲しいですから、コントレイルで屋台を出してはどうでしょう? 店舗ごとに何処にでも仕入れに行けますし、客車を調整すれば食堂にもなりますわ」


 食事と聞いて、ノーラも喰いついた。

 私としても、気の向いた時に手軽に食べられる場所があるのはありがたい。フランの不満はこの際無視する。


「あはは、良いですね。いきなり新しい業務形態の開拓ですか。実に遣り甲斐があります」

「本来なら着工の時点で考えておくべき事だから、急ぐ事になるけど大丈夫?」

「ええ、勿論です。10日……いえ、1週間で形にして見せましょう!」


 私の無茶を、喜んで実現してくれる。

 アイディアを丸投げしてるだけなのに、期待以上を返してくれる。


 ダンジョン化の件では随分助けられたし、普段から頼り切りになっている自覚がある。ウォズに頼めば大抵の事は何とかなるって、甘えてもいるよね。

 実際、私の思い付きの時点で具体化までの青写真を描いてくれている。そうでなかったら、戦争で用いた液状化の魔道具や魔力波通信機は間に合わなかった。


 そういった意味でストラタス商会発足は、私にとっての最良の選択だったと思う。今後も頼っていいのだと示してくれた。


「うん、いいね。そうやっていつも私の期待に応えてくれる。ウォズが居てくれて、本当に良かったよ。これからも頼らせてね」


 ウォズの決意には答えないといけない。だから私は素直に感謝の気持ちを吐露できた。


「あー――」


 いつもみたいに畏まった様子の頭を撫でると、何故か彼の瞳から涙がこぼれた。


 え? 何事?


「え……と、大丈夫?」


 男の子を泣かせた事なんて無いから、何を言えばいいのかも分からない。

 見なかった事にした方が良かったのかもだけど、思い切り目が合ってしまったから黙っている事もできなかった。


 どう考えても只事じゃないから、大丈夫な訳がないよね?

 何、馬鹿な事言ってんだろ。


「すみません……。こんなにも早く、夢が叶うと思っていなかったものですから。ちょっと、気が緩んでしまって」

「そ、そうなんだ。良かった、ね?」


 え? 夢?

 ストラタス商会を大きくしたいって話じゃなかったっけ?


 訳が分からないまま、涙を拭う代わりに、頭を雑に撫で続けるしかできなかった。

 だって、嫌がる様子はないし、放っておくのも感じ悪いし、撫でるの止めて改めて向き合ったところで、何が言えるとも思えない。泣いてるからって、撫でるのを背中に切り替えていいものかも、判断できなかった。


 ノーラもフランも部屋の隅で他人事みたいに気配を消して、助けてくれる様子はない。


 裏切者!


「ありがとう、ございます。これで俺は、この先何があったとしても、頑張れます」


 ボサボサにしてしまった頭を気にする事なく、涙交じりで破顔したウォズに、私は何と返したか覚えていない。

 カッコ悪いったらなかったよ。


 誰か、あの状況を冷静に切り抜けられる経験を、私にください……。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
エピソード97の回収ですね
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