掃除は得意です
悪徳役人を教育する―――と言っても、連中にも程度の差がある。ほとんどの報告を虚偽で固めて私腹を肥やす者もいれば、組織ぐるみで徴収量を過少申告する者、税制が難解なせいで起こる過剰徴収分を懐に入れて小遣い稼ぎしている者もいる。
だから、私達は程度によって3段階に分けた。
悪意が重度の場合は容赦しない。即日ウェルキンで役場を強襲した。
襲撃を受けた場所では、まず天井が消失する。税担当が階下にいる場合には上層部分ごと消えた。
破壊活動には当たらない。
空間断絶の魔法を建物内に挿し込み、アイテムボックス魔法を展開、断絶部分より上を収納した。存在する空間がずれるだけで、魔法を解除すれば元に戻る。
上階に人がいたとしても、窓を覗かなければ異常にすら気付かない。階段を下りれば普通に出入り自由だしね。
ただし、突然屋根が消失する恐怖は考慮しない。
虚偽に塗れた報告書で誤魔化せると思っていた連中は、残らず恐慌状態に陥った。しかも、そこへ私達とキリト隊長達第9騎士隊が上空から降りてくる。
状況を把握しきらないまま全員拘束した。
見せしめでもあるから、捕縛に容赦はしなかった。中には上司に強要されて仕方なくって人もいるかもしれないけれど、それは後で精査すればいい。
捕まえた連中は普通に犯罪者なので、ほとんどはそのまま強制労働送りとした。
罪状は背任。
貴族に雇われた立場を悪用して損害を与える行為は処罰が重くなる。ついでに量刑も、為政者の匙加減でどうとでもできる。全財産を没収、場合によっては家族も強制労働に処して不正所得の返済に充てた。
とにかく、私達は不正を許さないって見せつける必要がある。
貴族階級を笠に着るのは好きじゃないけど、長いエッケンシュタインの治世で忘れたらしい身分差については、思い出してもらわないといけない。政治が機能していなかったからって、いつまでも役人が偉いと思ってもらっては困る。
そして、強襲の様子を噂としてばら撒いた。
不正に手を染めていた人達は震えあがっただろうね。
中程度の不正者には、3週間程経って十分に噂が浸透した頃、召喚状を送りつける。今度は私達が出向いたりしない。
どの人も、真っ青になってやって来た。
勿論、私達は報告書の不備を突きつけて迎えてあげる。
「選択肢をあげます。不正を認めて裁かれるか、心を入れ替えて私達に絶対服従するか、好きな方を選んでください」
3分の2くらいは改心を選択したよね。
心を折ったせいで、犯罪者として強制労働を受け入れた人もいた。
一方で、呆れるレベルの猛者もいた。
「どうも誤解があるようですので、領主さまに献上品を持ってきました。スカーレット様は研究に勤しむと聞いていますので、特級の魔石と魔物素材を用意しております。どうか、お納めください」
なんと、このタイミングで賄賂だよ。
胡散臭い笑みで下手に出るふりして、私達を篭絡できるつもりなのかな?
ただ残念な事に旧エッケンシュタイン領には、贈賄に関して裁く法はなかった。領主自ら賄賂を要求する目的で、領地の決まりを緩くしているところは多い。困った事だよね。
新しい領地法を敷くほど全体を掌握できていないので、悪法であっても今は倣わないといけない。
この献上品を揃えるお金の出所を洗って改めて背任に問わなきゃだから、手間が増えるよね。贈賄罪の上乗せがなくても行き着く先は変わらないけども。
そもそも、この辺りでは多少強力な魔物であっても、流通の革命が起きつつある今では珍しいってほどじゃない。
そう言った世間の状況や、私が何を成して子爵になったのか調べられない様子では、これからの業務を任せられない。仕事ができないと分かってまで、置いておけない。期せずして能力不足を排除する篩になったよね。
「侯爵令嬢としては集められないほどの素材ではありませんけど、一介の役人に過ぎない貴方の場合、とても普通の方法では無理ですよね。不正収入を使った証拠としてもらっておきますね」
「な!?」
「キリト隊長、拘束してください」
これも元伯爵が領政に関わらなかった影響だろうね。
貴族と役人では動かせるお金の桁が違うって事すら分かっていなかった。
「世間を知らない小娘が適当な事を! 我々がいるから財政が回っているのだ。それに貢献している以上、多少の心付けくらい当然ではないか!? 働く事の大変さも理解せず、潤滑剤さえ許容しないのでは、すぐに領政など破綻するに決まっている! 簡単に我々を切り捨てて、領地に未来があると思うなよ!」
などと言い捨てて引き摺られていった。
何を言っているのか分からない。
贈賄の代わりに、不敬罪の追加を御所望かな?
「……最後の最後に、凄い人が来ましたわね」
「大した事をした自覚がないというか、税に携わっている人間の当然の権利ってくらいに、本気で考えてるんだろうね」
発覚した際には極刑まで覚悟していた重度の不正者の方が、よっぽど退き際が良かったかもしれない。
「早い段階で排除できて良かったよ」
「軽度に分類した者達は残っていますけれど、呼び出さなくてよろしいのですか?」
ノーラは不満そうだけど、私は問題ないと思ってる。
「ここまでの噂を聞いて、まだ小遣い稼ぎをしようって人は少ないんじゃないかな?」
「それでも、不正に富を得た事には変わりませんわ」
「うん。でもその分は仕事を押し付けて返してもらうから。小銭稼ぎに気を回す余裕なんてないくらい、扱き使ってあげよう」
何しろ、人事権はこちらが握ってる。
「不問にする気はないから、査定は思いっきり下げるよ。場合によっては僻地に回ってもらう。逆に、真面目に働いてきた人は思い切り評価すればいい。不正に小遣いを得た分、未来の稼ぎは減るに決まってるよね」
「差別化する訳ですか」
「もともと、役人の人件費が不当に減らしてあったからね。正常化するついでに、丁度いいんじゃない?」
馬車馬のように働いて音を上げずに結果を出したなら、その時は改めて評価し直せばいい。待遇が悪い事が不満で作業効率が落ちた時は、次の世代の交代要員になるだけだよね。その後の面倒まで見る義理もないし。
「問題はこっちの人の扱いかな?」
「一応、中程度の不正に分類したところ、私腹を肥やす目的ではなかったのですよね」
全ての報告が過少に見積もってあったのでなかなか悪質だと思ったら、徴収分もそのままの金額だった。貧困世帯が納めなくてはならない税金を減らしていただけなんだよね。ただし、担当地域全体で行っている為、申告漏れはかなりの量になる。
困窮する領地で、何とか知人を救おうとしたんだと思う。
餓死者まで出る中で公金を横領するなんて、私には全く理解できない。そうかと思えば他人の為に手を汚す人もいてくれた。世の中、いろいろな人がいるものだと改めて痛感したよ。
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