都市開発はまだ一歩未満
ジローシア様は王城の面談室で死んでいるのが発見された。
その日は人払いしていた為、侍女や護衛含めて目撃者はいなかった。けれど、王城の出入りは完全に管理されている。人払いされていても扉の前には騎士が立つのだから、殺害できるのは面談者しかいない。
そんな訳で、発覚時に血塗れで呆然としていたデイジー・ハミック伯爵がその場で拘束された。
「そんな事をする人には見えなかったんですけどね」
面識のあるキャシーがいまいち納得のいかない様子でつぶやく。
ハミック伯爵と共同で立ち上げる予定だった観光事業が立ち消えとなった為、業者の選定からやり直している。飛行列車で移動範囲が大きく広がるせいで従来のノウハウが生かせず、難航中らしい。
私達はノースマーク子爵領に引っ込んで情報に疎い事もあって、動機も知らないまま知人を責める気にはならなかった。広く事業を手掛けていたハミック伯爵は研究室の支援者でもあったので、ジローシア様と同程度には付き合いもあった。
第2王子派で、私を引き込みたい思惑も見えたから気を許せる間柄じゃなかったけどね。
「一応、第1王子派に差を付けられたせいで、派閥内での立場を失う事を恐れた凶行って言われてるけどね」
「でも、ジローシア様のお茶会にも積極的に参加して、レティ様とも繋がりを作って、上手く派閥間を渡り歩いているように見えました。確かに派閥が没落すれば事業への影響も大きいんでしょうけど、だからって短絡的な凶行に走るってのがどうも腑に落ちないんですよね」
「元々、ハミック伯爵家に嫁入りした立場で、外様なのに親族を締め出して伯爵に収まった人だしね。優秀なのは間違いないから、私もその動機には納得いかないかな」
「ですよね」
乗っ取り、とも言えるけど、彼女は私欲で動いた訳じゃない。
エッケンシュタインほどじゃないけど、ハミック領は彼女が嫁入りするまで、正確には彼女の夫だった先代伯爵が家を継ぐまで財政が悪化の一途を辿っていた。主な原因は先代の父、祖父の散財。それを埋めようとして様々な事業に手を出して失敗、無茶な税制を作って破綻していた。
その立て直しの為に先代が招いたのが、学院卒業後に自ら商会を立ち上げていた男爵令嬢、つまり現伯爵のデイジー様だった。彼女は伯爵家との繋がりができる事を理由に実家から莫大な支度金を巻き上げ、借金返済に充てた。更に夫婦で一度失敗した事業を立て直し、領地の景気を上向かせてゆく。
けれど、その最中に夫、前伯爵が事故死した。
本来なら未亡人として実家に帰るのが筋のところ、先々代同様に浪費癖のある親族が爵位を継いだのでは夫との苦労が無駄になると、自身が伯爵となる事を決意した。
その際協力を仰いだのが第2王子派で、危機を脱した後は資金面で派閥を支えている事から、アノイアス殿下の覚えもめでたい。
そう言った経歴は、面会したキャシーの頭にも入っている。
「前伯爵が亡くなった時、親族の手による暗殺だって噂もあったそうじゃないですか。それでも犯人捜しより領地の安定を優先したのに、今になって台無しにするとかありますかね?」
「うーん……、そのあたりでジローシア様に弱みを握られたって事はあるかもね。劣勢になっていた第2王子派に止めを刺す為に、ハミック伯爵を篭絡しようとジローシア様が目論んでいたら、激昂する理由にはなるかな?」
「でも、王族の殺害ですから、伯爵家は普通に取り潰しですよ?」
「まあ、ね。それでも、何を迫られたかによるんじゃない? デイジー様に子供はいないから、今更親族に手渡すより国に返還する方を選んだのかもしれないし」
追い詰められて死なば諸共―――なんて考えたんだとしたら、余人の考えが及ばない事もあるかもしれない。他にも、きつい言い方で窮追した中に、デイジー様的に許せない言葉が混じってしまった可能性も考えられる。
初めから人払いしたくらいだから、ジローシア様も表には出せない話し合いのつもりだったろうしね。
「で、検算は終わった?」
別に私達は、雑談だけをしてた訳じゃない。
徴税官からここ10年分の報告書が上がってきたから、その確認作業中だった。
「なんとか……。しばらく数字は見たくないです」
将来の為の実地研修、と言う建前で手伝ってもらっているキャシーが虚ろな顔を上げる。酷使している自覚もある中、不満は口にしても音はあげないキャシーがありがたい。
ハミック伯爵領の件なんて可愛いもので、歴代のエッケンシュタイン領主が思い付くままに税を課した結果、かなり酷い状況になっている。誕生税、成人税、婚約税、結婚税など事あるごとに税金を納める制度や、人口の多いところから絞ろうとしたらしい都会税、周知が不十分で地方には浸透していない景観税なんてものもあった。
ほとんどを廃止したとは言え、正確な税収を把握しなければ新しい税率が決められない。そこで現状把握から始めたんだけど、担当者がまるで信用できなかった。
勿論、景気が上向く事を喜んで真面目に取り組んでくれる人もいる。一方で、領政が機能していないのを良い事に甘い汁を吸っていた害悪も残る。
一掃してしまいたいところだけれど、どうしても人員が足りていないんだよね。私の子爵領とノーラの領地を合わせると、かつての侯爵領の広さがある。町村の首長やその運営に携わる幹部はノースマークの伝手を使って集められても、役人全部を揃えるには領地が広すぎる。
その為、ある程度は旧伯爵領の人間を使い続けるしかない。
「こちらも終わりましたわ」
ノーラもキャシーとほぼ同時に顔を上げた。
別れて行動するのも効率が悪いし、エッケンシュタインのお屋敷を消し飛ばした誰かさんがいるので、今はウェルキンが執務室になっている。
手伝ってもらっている私に対して、ノーラは1人。私はかつての南ノースマーク侯爵領に問題がない分、量的に彼女の方が多い。それなのに、同じ時間で終わらせて、しかも余裕まで残すノーラに舌を巻く。
鑑定で読み取った情報を処理するのに慣れている為か、ノーラって暗算が異様に速いんだよね。
「どう?」
「酷いですね。半分くらいは当てにならない数字が並んでいますわ」
おまけに、不審な箇所が何となく分かるのだとか。
「長年染みこんだ欲は払えそうにないかな」
「領主が代わると、全力で立て直すと、周知した筈なのですけれど」
「そうは言っても、赴任したのは未成年の女の子だった訳だし。要は舐められてるんだろうね」
この1カ月で全ての市町村を視察して、睨みを利かせてきたつもりだったのに、同時に領主は小娘だと侮るきっかけを与えてしまったみたい。
特に地方は生活に余裕がなくなったせいで町村間の行き来が減っている。私が領主邸を吹き飛ばした噂なんかも、滞っているのかもしれないね。
「全て解雇しますか?」
「そうしたいところだけど、代わりが間に合わないよ」
「……人材育成は急務ですわね」
「優秀な役人を育てるより、まずは今いる連中の教育から、かな」
躾と言ってもいい。
部屋の隅でクロが震えた気がしたのは、無視しておく。
「なるべく有効活用しなくちゃって事ですよね」
「なるほど、最後通告くらいは必要ですわ」
私も物騒に笑った自覚があったけれど、キャシーとノーラもなかなかだった。
でも、書類仕事に疲れたからって、憂さ晴らしに行く訳じゃないからね。早く都市開発に取り組む為にも、領政の正常化は必須ってだけで。
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