後になって気付く事
城の裏には王族専用の墓地がある。
アドラクシア殿下達のように出生の時点で王族だった人も、嫁入りによって名を連ねた人も同じくここに並ぶ。
ただし、明確に序列は存在する。
嫡流は中心付近に、傍系として別れた一族はその外側に名を刻む。そして今代、最も王妃に相応しいと言われたジローシア様の墓標は、中心から随分離れた場所にあった。
未だアドラクシア殿下が立太子しておらず、あくまでも第1王子妃として亡くなったジローシアの記録は、後世にほとんど残らない。
この国のお墓は角材状の杭を突き立てるだけの、シンプルなものとなっている。ここは王族専用の墓所なので、土台を作って献花台を置くなど趣向を凝らしてはいるけれど、寂しさは残る。
墓碑にはジローシア、とだけ記してある。エルグランデの姓も、槌と山模様の紋章もない様子が、実家との縁が切れているみたいで悲しかった。
私とジローシア様の関係は微妙なものだった。
4大侯爵家の令嬢、けれど派閥が違う事、既にジローシア様が王族している事もあって友人にはなれなかった。特に第3王子と没交渉になって以降、私がアドラクシア殿下の第2妃か、アノイアス殿下の正妃を目指すのではないかと、何故か警戒は解けなかった。
それでも、お世話になったのに違いはない。
お母様が私の先生なら、ジローシア様は職場の先輩だった。決して優しくはないけれど、私が貴族として相応しくあるよう導いてくれた。時折招いてくれたお茶会、ジローシア様と私に個人的な付き合いがあると示すだけで、まだ未成年の私を侮る視線は減った。
お茶会の技術も随分仕込まれた。様々な思惑が飛び交う中で、自分の都合の良い集まりを作る。ほんの少しの利点を差し出して、集まる事で発言力を強める。多くの貴族夫人に決定力はないけれど、夫や息子に対する強い影響力は備えているので、仲良くなれば善意で協力してもらえる。おかげで、研究を広げる際の軋轢も随分減った。
中立派と言えば聞こえはいい。でもそれは、貴族間の繋がりが薄い事とイコールでもある。お父様やお母様が培った独特な人脈は、私には使えない。私は、私の繋がりを一から構築する必要があった。
その手助けをしてくれたのは、間違いなくジローシア様だった。
私が聖女として急速に名を広げたせいで、両親の想定よりずっと早く貴族社会に踏み込んでしまった。
アドラクシア殿下にも忠告された。爵位は無くても貴族に並ぶ影響力を持つ事になった、と。回復薬を世に出し、大火で実績を作った。私を利用しようとする者は増え、拒絶すると妨害を目論む者もいた。当然立ち向かったけれど、当時の私の基盤は強くない。ビーゲール商会をはじめとした協力者に悪影響が出るのを避けられなかった。
そんな際、魔漿液を応用した化粧品を使って貴族女性を取り込む手段を差し伸べてくれた。貴族女性を味方に付けたなら敵対は難しい。周囲への圧力はあっという間になくなった。そこを堂々と糾弾する事で、私がこういった手段を許さないと示す事も出来た。
最初に化粧品でジローシア様を釣ったのは私だったけれど、その価値と活用法を教えてくれたのはジローシア様だった。この時に形成した人脈は今でも生きている。キャシーの観光プランを広めるのにも役立ってくれた。
この事を恩に、自分の分はちゃっかり納めさせるところまでがジローシア様だったけども。
「―――新しい領地へ、アドラクシア殿下と視察に行ける日を楽しみにしてるって言ったじゃないですか……」
涙の代わりに愚痴が零れた。
そして、言葉にして気が付いた。
私も楽しみにしていた。
新技術を惜しげもなく使った景観に殿下達が呆れ、笑い、周辺貴族への影響の大きさを考えて頭を抱え、国の発展を喜んでくれる―――そんな未来を望んでいた。どうだって胸を張れる日を、迎えたかった。多くの人の夢が現実となる領地、そんなジローシア様の見た夢を叶えたかった。
その目標は決してぶれない。
それでも、その夢を与えてくれた人がもういない事が悲しい。
「最後まで、見届けてくださいよ……」
どうしようもない感情を吐露した時、近くに気配を感じた。
王城へ入れる立場があるなら、ここへは誰でも立ち入れる。私がふらりと立ち寄ったように、誰かが参っても不思議はない。
「あら、お久しぶりね、スカーレット様。貴女もジローシア様へご挨拶に?」
声を掛けてきたのは知った顔だった。
テーグラー伯爵夫人とガッターマン前伯爵夫人、どちらもジローシア様が繋いでくれた縁だね。
「はい、基本的に王都を離れていますので、今日は偶々機会を作れました」
「そう。きっとジローシア様も喜んでくださっているわね。貴女が次は何をしてくれるのかと、愚痴を言いながらも楽しみにしていましたもの」
「……恐縮です」
国母となるべく教育されて来た人が、私の変革を受け入れてくれていたなら嬉しい。
「貴女のいないところでは褒めてもいたのよ。最近ではお茶会で貴女の話題を口にしない事が少なかったわ。貴女と話していると、幼さをつい忘れてしまう。研究にのめり込みがちな貴女を、女性としても素晴らしいのだと紹介しないと。結婚を考えていないように見えてしまうのが心配だって」
「それで、色々と課題を出してくれていたのですね」
「気に入ったからこそ厳しくしてしまうのは、あの方の悪い癖でしたわね。愛情が分かり難いのです。そのせいで、イローナ様に避けられていた時期までありましたもの」
「ご結婚前の擦れ違いも、アドラクシア殿下を厳しく窘めていたからと言いますからね。深く付き合ってみると、情の深い方と分かるのですけれど」
ジローシア様を語ると、どうしても婚約破棄騒動の事が話題に上る。
彼女が彼女らしくあった結果、起きてしまった事件らしいので仕方がない。この事でジローシア様は株を上げ、彼女を隣に置くアドラクシア殿下を推す声も増えた。
そのせいで、殿下の愛情は派閥を維持する為だって誤解が尽きなかったようだけど。
「ご自分にも、周りにも厳しい方でした。憧れる気持ちもありましたが、結局、憧れだけで終わってしまいました」
「まあ! スカーレット様の憧れだなんて聞いたら、ジローシア様は1日ご機嫌だったでしょうね」
アドラクシア殿下を支える為の女性派閥の構築。
私にはとても真似できると思えなかったけれど、学べる事も多かった。死んだ人に追いつける事はない。私は彼女に、決して敵わないと決まってしまった。
「もう、1カ月になるのね」
黙礼しながらテーグラー伯爵夫人が寂しそうに告げる。
前世的には丁度月命日にあたる。それもあって、今日は足を運ぶ気になった。領地で忙しくしていると時間はあっという間に過ぎるよね。
「私は最近の王都について知らないのですが、変化はありましたか?」
「……そうね。私も、スカーレット様は領地に籠られていて良かったと思うわ。今の王都は派閥の釣り合いが崩れてしまっているの。スカーレット様なら何とかしてしまうかもしれないけれど、諍いは増えたと思うわ」
「ジローシア様の訃報以来、アドラクシア殿下は塞ぎがちで、イローナ様も動けていませんの。そのせいで第2王子派が盛り返し、この隙に功績を上げようと躍起になっています。スカーレット様がいたなら、新技術の恩恵を求めて列になっていたでしょうね」
第2王子派に戦争での手柄はほとんどない。
だから、第1王子派が沈んだこの機会に功績を積み上げておきたいんだろうね。多分、ジローシア様はこの動きを読んでいたのだろうけれど、彼女がいなくなった事で歯止めがかからなくなってしまった。
更にこうなった原因として、エルグランデ侯爵が派閥と距離を置いてしまった事がある。娘を守れなかったアドラクシア殿下を、これまでと同じように支える事はできないと、侯爵も領地に引き上げてしまった。
当然、派閥は力を失くしている。
「折角アドラクシア殿下の立太子で話がまとまりかけていたのに、残念だわ」
「ある程度は仕方がないとしても、せめて殿下には立ち上がっていただかなくては、派閥の維持すら儘なりません」
「……なかなか大変みたいですね」
「ええ、交流もあったけれど、どうしてあんな事をと、恨まずにはいられないわ」
そう言ったテーグラー伯爵夫人は、城の下方、地下牢がある場所をそっと睨んだ。
「動機についてはまだ?」
「ええ、騎士の噂では、黙秘を続けているそうよ」
地下牢には、この件の犯人が収監されている。
ハミック女伯爵、派閥は違ってもお茶会での交流はあった彼女に、ジローシア様は殺害された。
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