新しい挑戦
ノーラまで呼んでおいて、本題に入る前に、私を取り巻く状況について話した理由がこれだった訳だ。
「……つまり、情勢が不安定な今は領地で大人しくしていろ、と?」
「どう受け取るかは自由です。王家としては、貴女の功績に最大限応えた結果ですから。そして今後も、貴族として相応しい働きを期待しています」
ノーラが治める事になるエッケンシュタイン領は、元の3分の2程度になる。私の暗殺事件で失った分を合わせると半分にまで届く。それが丸まま私に与えられるというのだから、新興する子爵家としては破格と言える。
何かの功績で土地を賜った例は100年近く聞かない。
17年前に帝国軍を退けたカロネイア伯爵でも、そこまでの評価は得られなかった。王家の直轄地が限られてるって事情もある。
だから、私の貢献に報いたって建前は成り立つ。
勿論、エッケンシュタインの窮状を置いておけば、だけど。
「私、学院生なのですけど、長期に渡って王都を離れてもいいのでしょうか?」
「今更でしょう。どのみち実験で空ける期間が長いのですから、拠点を移しても問題ありません。幸い、魔力波通信機のおかげでいつでも連絡は着きますし、飛行列車ですぐに戻れるではないですか」
あれ?
自分で逃げ道潰してる?
王国史上初のリモート学院生ですか?
代官に任せるって方法もあるけど、私はそうしないって読まれてるよね。
「それに、こういうものも用意はしましたよ?」
「……」
卒業証書だった。
私の名前を入れれば効力を発揮するように、国王陛下の判まで押してある。
子息令嬢と交流し、貴族としての経験を身に着けるって前提があるから、学院に飛び級の制度はない。私みたいに全ての単位を揃えても16歳まで席を用意してくれる。
その原則を破る事も辞さないって本気が窺えるよ。
そして、ここでジローシア様を責めても仕方がない。
この方針を彼女一人で決めた筈がない。国王陛下の承認を得たって事だから、今のジローシア様は伝達役でしかない。私に打診する前に、お父様の許可を貰った可能性もあるよね。
「そこまで、私を王都から遠ざけたいのですか?」
「……本心から言いますが、決して悪意ではありません。貴女が狭域化実験でパリメーゼに居続けた事は、間違っていなかったと思っています。それだけ、影響が大きいのです。今は面会者を厳選する事で凌いでいるでしょうが、いつまでも続かない事も分かっている筈です」
「あんまり避け過ぎると、私が貴族として交流する気がないのだと思われてしまう、ですよね?」
「ええ。一部の者としか関わらないのだと判断されてしまえば、反発する者同士が結束します。反スカーレット派、とでも言うべき勢力ができるでしょう。再び国が割れてしまいます」
それで私に何ができるとも思えないけど、将来的な遺恨は残してしまう。私が居なくなった後の事であっても、考えない訳にはいかない。
「それに、第2王子派の中には、貴女を引き入れる事で継承者争いを引っ繰り返したい過激派もいます。帝国との戦争では活躍の機会が得られなかった事から、更なる軍国化を進めて大陸制覇に乗り出すべきと提唱する勢力もあります。そう言った行き過ぎた者達を鎮める為にも、スカーレットさんには一旦王都を離れてほしいのです」
「わたくしも、でしょうか?」
ノーラが不安そうに口を挟んだ。
領地を得るのは彼女も同じだから、私だけが引き籠ってノーラは王都って訳にもいかない。
「申し訳ありませんが、エレオノーラさんだけでなく、キャスリーンさんやマーシャリィさん達にも、王都を離れていただきます。こちらの都合ですから、勿論エレオノーラさん達の為に教師も手配します。特別試験を受ける事で、単位取得の代わりとする予定です」
「私達を特別扱いしていると批判されませんか?」
「事実ですから、堂々と受け止めますよ。それより、スカーレットさんを取り込む為に周囲の者達へ接触する可能性がある以上、貴女の目の届かないところにご友人を置いておけません。関わり方を間違えた場合、スカーレットさんが暴走する危険もありますから」
うん。
それは否定できない。
黙っている自信もない。臨界魔法案件だよね。
そうなった場合、私が貴族の間で恐怖の象徴になるかもしれない。それはそれで、貴族と距離ができてしまう。ジローシア様達が懸念しているのは分かる。
「……面白くはありませんが、納得はしました。叙爵後は領地に引き籠っています」
「キャシー様達も一緒なら、研究室そのまま引っ越しでしょうか?」
「そうなるだろうね。今でもウェルキンが移動用研究室みたいなものだけど。ついでに、小型の飛行車両も用意しようか? 個別に王都や領地を行き来する事も増えるだろうし」
「いいですね。わたくしも運転してみたかったんです」
ただでは転んであげない。
私を領地に押し込めるなら、研究の環境は整えさせてもらうよ。魔力波通信機も量産しないとね。
「無理を言った上に申し訳ないのですけど、私のお願いを聞いてもらえないかしら?」
ノーラと気持ちを切り替えていたところ、ジローシア様が神妙な様子で声を掛けてきた。
その様子を見ると、彼女もこの状況を心苦しく思っているのだと分かった。
「何でしょう?」
「復興については任せられると思っています。普通の貴族なら困る事でも、貴女なら難なく成し遂げるでしょう」
権限がないから手を出せなかっただけだからね。
聖女基金はこういう時の為に存在している。以前に通過した際、何だかんだと関わったから、計画も既にある。自分の領地になる予定はなかったので、微調整は要るだろうけど。
「ですから、その先へ注文を付けさせてください。スカーレットさんだからこそ、造り上げられる都市。貴女達でなければ考え付かない新しい街を作ってください」
「新しい街、ですか」
「ええ。技術の粋を結集した街を、発展の頂点に立つ街を見せてほしいと思っています。今、領地へ引っ込むと決めてすぐに漏らした小型車両が普通に飛んで、虚属性を実用化した魔道具が当たり前に並ぶ、お伽話すら超えるような都市を作ってください。多くの人の夢が現実となる領地、私はそれを望みます」
とんでもない事を言われた気がする。
だけど、困った事にワクワクしてしまった。
技術の最先端を行く街―――何より私が見たいと思ってしまっている。
自領だけで扱うなら、その技術が拡散した場合の影響を考える必要はない。私の制御下で発展させられる。貴族への配分なんて考えなくていい。
狭域化の技術や飛行列車、利権が大きいからと手放した技術、私が自由にできるならどこまで進化させられる?
貴族としての権限は子爵止まりでも、外に出ないなら関係ない。領地があるなら人がいる、資源がある。研究室の関係者はみんな連れて行ける。実験地にも困らない。何なら、ウォルフ男爵領にカロネイア、キッシュナーだって融通を利かせられる。
国の研究機関である魔塔と違って、領地を栄えさせる事だけを考えればいい。魔塔から漏れた技術者をできる限り誘致する。育成機関を作っても良い。
名産が要るなら作ればいい。いや、技術自体を交易の道具にしてもいい。珍しい建物が、他では見られない移動手段が人を呼ぶ。名所を作る。
技術者でしかなかったエッケンシュタイン博士と違って、私達は研究と並行して領地経営ができる。生み出したものを領地に活かせる。
「……間違いなく、面白いよね」
「スカーレット様、勿論、わたくしも協力しますわ! いえ、共に作り上げましょう!」
火が入った。
ノーラの頬も緩んでる。こんなの、笑わない筈がない。
「実現して、もらえますか?」
「ええ、必ず!」
「良かった、期待しています。アドラクシア様と視察に行ける日が楽しみです」
仲良くデートしたいから、目新しいデートスポットを作れって事?
なかなか無茶を言いますね。
想像しているのか、顔を緩ませるジローシア様に笑ってしまう。
でも、その挑戦には全力で乗っかれる。
視察に来たジローシア様達が目を丸くして、呆れて、笑うしかないってくらい凄い領地を作ってみせる。私達を隠す代わりに表舞台に立ってくれるだろうから、息抜きの場を提供するくらいはしないとね。
「ジローシア様の希望、拝命いたしました。スカーレット・ノースマークの全てをもって、南ノースマークとエッケンシュタインを、最先端都市にしてみせます。全ての貴族が憧れる街を、私に相応しい領地を、きっとご覧に入れましょう!」
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