私の領地
私は、派閥に関わりたくないと心底思っている。
なるべく波風立てないように中立派を称してはいるけれど、できるなら無派閥と言い切りたいところではある。
研究を続けるのに、面倒事は要らない。
その私が貴族の中心?
お父様やエルグランデ侯、この国を支えてきた怪物に並ぶ気も、並べると思った事もないよ?
何の冗談だろうとジローシア様を見ると、呆れを滲ませながらも何処までも真剣な様子だった。どうも逃がしてはくれないみたいです。
「王国発展の象徴である魔塔より実績を積み上げ、軍事面においても頂点に立つのですよ? 周りが放っておける筈がないでしょう? 貴女の一言が、国へ影響を与えかねないのです」
できの悪い子を諭すみたいに切々と話してくれた。
実績は今更だし、軍のトップは今でもカロネイア将軍だけど、私を抑えられる人材はいないよね。
危機感は理解できた。
実際のところ私なんて、お母様に叱られたらあっと言う間に縮こまる自信があるから、どうも抑えられないって自覚は薄い。
でも、周りはそうと受け止めないって話だね。
「ワーフェル山での事は人目に触れる機会が少ない為、あまり話題に上がりませんでした。想像が難しく、理解が及ばないというのもありました。むしろ帝国の策略を防いだ優秀な術師が居ると喜ばれたくらいです。しかしスカーレットさんは、同じ魔法をエッケンシュタイン邸へも撃ち込みましたよね? あれで多くの貴族が震えあがったのですよ」
あー、規模は小さくても比較的身近で、しかも理由さえあるなら、王国貴族に向けると認識された訳だ。元々、目に余る貴族には厳しく接していたから、余計にかもね。
ま、間違ってはいない。
「信賞必罰ってくらいで片付きませんか?」
「程度と言うものを考えなさい。その上、戦争の3日終結宣言、その有言実行、更に魔王級の墳炎龍討伐ですよ? どれだけ恐れられているか分かりませんか?」
そういう反応に関わりたくなかったから、狭域化実験に引き籠っていた訳だけどね。
今更擦り寄って来られても、却って苛々させられるだけだし。
個人的にはそのまま話題の外へフェードアウトしたかったところだけど、失敗したみたいだね。
「恐れるだけなら遠ざければ済みます。関わらない事を選択する貴族も多かったでしょう。ですが、貴女は利益ももたらします。狭域化による都市の拡張、飛行列車を見れば、貴女に関わらない事で時代遅れになる恐れすらあるのです。賞も罰も影響が大き過ぎます」
その2つの技術は利権が巨大で手に余ると判断したから、国に投げたんだけどね。殿下達が上手く調整してくれたとしても、私の関わりを無視できる訳じゃないかな。
虚属性についてはまだ明かしてないけれど、戦争で不可思議な技術があると噂には昇っている。更に墳炎龍を丸ごと持って帰った事は誰でも知ってるから、次は何をするのかって期待も圧し掛かってる。
確かに、無視するって選択肢はないかも。
「それに、ミョウザ子爵にコールシュミット侯爵、貴女からの接触で財を得た家があるなら、次は自分がと考えても不思議はないでしょう? 全てを国に委ねるのではないと証明してしまっています」
「思い付きを実現するのに、都合の良い家を選んだだけだったんですけどね」
「私はそんな事だろうと思っていましたよ。それでも、両家にとって周囲との力関係を塗り変える状況に繋がりました。そして借りを作った以上、間接的かもしれませんが貴女を支持する立場となります。既に派閥関係を揺るがしているではないですか」
私も人間なので、知らない貴族より身内を優遇したいと思ってしまう。
周遊列車の件は、折角キャシーが苦労したんだから、彼女の為に生かす事しか考えていなかった。ウォルフ男爵家が私と繋がりがあるのは周知だけれど、コールシュミット侯爵家については何があったのかと邪推されるかもね。
そこまで考えが及んでいなかった。
ミョウザ子爵領の空港誘致なんて、地図を見て丁度いい場所を選んだだけだったしね。美味しい話を断る訳がないとは思っても、周囲の影響までは想像が足りていない。
「……飴と鞭を牛耳ってしまったのは、理解できました」
「糖度が高過ぎて劇物に近い飴と、領地ごと滅ぼせる鞭、ですよ」
酷い。
そう言えば、と南ノースマークにあった大量の魔物素材を思い出す。あれ、300年前にも利権を求めて貴族同士が暗闘していた証拠品だよね。
でもってエッケンシュタイン博士は武力は備えていなかった筈だから、私と比べて影響力は半分だった訳だ。
成程、面倒この上ないかな、我が事ながら。
そんな博士の功績が偏らないよう調整したのが、魔塔の役割の1つでもある。参考にしたいところだけど、私が魔塔に倣って研究室を国有化させてしまうと、魔塔の権威が落ちてしまう。
似た機関は2つも要らない。
おまけに、魔塔って箱をありがたがる貴族が苦情を持ち込む事も、十分にあり得るよね。先日のエッケンシュタインの信奉者みたいなのが列になるのは避けたい。
「つまり、魔塔を私物化してしまえばいい訳ですね?」
今でも協力してもらっている訳だし、キャシーにマーシャにノーラ、塔長候補が3人もいる。マーシャは副塔長として補佐に回ってもらった方が良いかな。
別に、今所属してる人達を追い出そうって訳でもない。優秀な人材はいつでも歓迎できる。
「……何をどう考えたのか知りませんが、その考えはもっと後に置いておいてください」
技術の偏りを抑える方法を考えたのに、ジローシア様には取り合ってもらえなかった。
そう言えば、魔塔って学院卒業が必須だったかも。
「お父様は勿論、どの貴族も今は様子見の段階です。対策を急ぐ訳ではありませんから、心構えだけしておいてください。それより、貴女とエレオノーラさんには、治める領地について考えてもらわなければいけません」
派閥の話は切り上げるようで、ジローシア様は地図の用意を指示した。
ま、ジローシア様とは派閥が違うから、私の意向に口は挟めないからね。
私も頭を切り替えて地図を覗き込む。
「エレオノーラさんが引き継ぐと言っても、前伯爵の罪をなかった事にはできません。ですから、領地の一部は国へ返還、子爵に降格となります。宜しいですね?」
「……はい。わたくしが望むのは爵位ではなく、民に対して責任を負う事です。父の罪深さも理解していますから、処分は受け入れます」
これは仕方がないかな。
そのままエッケンシュタイン伯爵家が存続したのでは、貴族の不満が噴出してしまう。
爵位が下がるのに、スカーレット様とお揃いですねって喜ぶのはどうかと思うけど。
「残りは国の直轄地になるのですか? ノーラの統治を望む声は抑えられるのでしょうか?」
「大丈夫でしょう。戦争を勝利に導いた功績として、スカーレットさんに贈与されますから」
へ?
「先程も言いましたが、現在、派閥関係が揺らいでいます。この状況で、武力と技術を兼ね備えた貴女に、過度の権力は持たせられません。けれど、功績は嫌と言うほど積み上がっていますから、領地という形で応える事となりました」
!
やられた!
長いエッケンシュタインの治世で荒廃した領地なんて、本来なら褒賞にならない。でも私は彼等に一度手を差し伸べてるし、彼等を救える立場になったなら放っておけない。領民の為になる施策だから反対もできない。
元々、爵位自体が魔導士を国に縛る為の鎖だったんだろうね。
そこまでは覚悟の上だったけど、子爵と言うには過ぎた広さの領地は重石になる。私の人となりを理解した上で、嵌められたよ。
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