閑話 研究室志願
今回はノーラ視点です。
貴族の結婚式、そして披露宴は社交の場でもあります。
マーシャ様は既に貴族籍を抜けられましたが、カーレル様も元男爵令息ですし、キッシュナー伯爵家のお嬢様ですから、招待客のほとんどが貴族となるのも仕方がありません。
マーシャ様にお祝いの言葉を紡ごうと列ができていますし、スカーレット様もあっという間に大勢に囲まれてしまいました。
飛行列車の開発者となり、アドラクシア第1王子の視察に同行したキャシー様もすっかり時の人ですわ。戸惑いながらも挨拶に来られた方に対応されています。
キッシュナー伯爵が第1王子派で元軍人と言う事もあって、オーレリア様も人気です。先程まではわたくしにも話を聞きたいと来られた方がいらっしゃったくらいですもの。立案はほとんどスカーレット様でしたが、短時間で国境戦を終わらせた事は話題のようですわね。
ウォズ様も、カーレル様の事業関係者と情報交換に忙しいようです。
招待状を送って時間を割いてもらう普段の面会と違って、ここでは余程の事がなければご挨拶できます。この機会にスカーレット様達と顔繋ぎしておきたい方は多いのでしょう。
そんな中、わたくしはぽつんと時間が空いてしまいました。
わたくしが今後エッケンシュタインの領主となる事はまだ発表されていませんから、今のわたくしはスカーレット様の庇護下にある大罪人の娘でしかありません。
微妙な立場ですから、好んで話しかけようとする方は多くないですわね。
正直、あまり知らない方と話すのは疲れますので、このまま気配を消していたいと思います。
それより、皆さん歓談に夢中で折角のお料理にほとんど手が付いていませんわ。消費が多いのはお酒くらいです。
マーシャ様が自信を持って推せる料理人にお任せしていましたから、どれも素晴らしい一品なのですけれど。しかも、カーレル様の会社の伝手を使って王国中の食材を集めたそうです。
勿体ないのでわたくし1人でも楽しませていただきましょう。
お願いすれば、後で包んでもらえるでしょうか? 是非、アセットさんにも勉強してもらいたいです。
こちらのローストビーフのソースはカカオでしょうか。強い苦みがお肉の力強い旨味に合っています。ふわりと加わる香りも良いですわ。
コールシュミットで有名だと言う海藻で作ったゼリーも素晴らしいですね。淡い緑の中に閉じ込めた白身、貝、海老が綺麗です。ほんのり鼻に抜けるホースラディッシュの風味が堪りません。
なんとなく手を伸ばした筈のキャベツの酢漬けも凄いです。柔らかな酸味と、キャベツ自体の甘みが程よくて手が止まりませんわ。
お茶……はアシルちゃんかフランさんにお願いしたいところですね。ハーブの組み合わせはセンスが良いのに、少し香りが飛んでしまっていました。残念です。
デザートも種類が豊富なのですけれど、そこまで辿り着けるかしら?
「ちょっと、そこの貴女」
続けてスープを楽しんでいると、あるお嬢様の一団に話しかけられました。
中心となっている方とは挨拶をした覚えがあります。キューケン子爵家のアミカ様ですね。
「はい。何か御用でしょうか?」
「……」
スカーレット様に立場を保障されるわたくしが、スープを口に含んだまま受け答えするなんて不作法はできません。味わいは奥深いのに透けるほど澄んだ芸術のようなスープをきちんと全て飲み干してから、アミカ様と向き合いました。
何故か、彼女達の視線が剣呑になった気がします。
―――後で教えられたのですが、こういった場合はカップを傍に置いて、口にあるスープだけ飲み込んでから話せば良いそうです。申し訳ない事をしましたわ。
「貴女、スカーレット様の研究室に出入りする権利を、私にお譲りなさい!」
……申し訳ありませんが、何を仰っているのか分かりません。
わたくしに研究室の人員を決める権利などありませんし、わたくしが研究室を退く事もあり得ません。御恩をまるで返せていませんもの。
「共同研究者として推薦して欲しいと言う事でしょうか?」
「……どうして私が犯罪者の娘に請わねばならないのです。お優しいスカーレット様に付け込んであの方の隣に居座るのではなく、立場を弁えて席を空けろと言っているのです」
そのくらいなら穏便に済ませられると思ったのですが、アミカ様はあくまで強気に要求を突き付けられました。
「そうよ! 罪人の一族より私達の方が相応しいわ!」
「以前から、土下座で同情を買った貴女は似つかわしくないと思っていました」
「スカーレット様を利用して王族へ取り入った男爵令嬢の席も空くのでしょう? この際、私達のように釣り合いのとれた令嬢とそっくり入れ替えるべきだわ」
「貴い血の意味も理解せず平民に堕ちる伯爵元令嬢もいなくなる事ですし、スカーレット様の友人関係を見直さなければいけません」
取り巻きの方達も口々に詰め寄ってこられます。
わたくしについては、罪人の子であるのも事実ですし、今は立場も失っていますから何を言われても気になりません。
しかし、キャシー様やマーシャ様まで勝手な事を言われるのはイラッとしますね。
スカーレット様に報告すればすぐに片付けてくれると思います。けれど、このまま引き下がったのでは、わたくしがあの方に顔向けできませんわ。
「ご意向は承りました、アミカ様。その上で確認させていただきたいのですが、スカーレット様の面談に御招待された事はございますか?」
わたくしが名前を呼ぶと、アミカ様が鼻白みました。
きっと、わたくしが挨拶した事を覚えていないと思っていたのでしょうね。けれど、スカーレット様に勧められて、学院の方達の名前を覚えるように努めているのです。
途端に浮足立ち、アミカ様達は顔を見合わせ始めました。
名前が分からなければ、こんな事があったと報告するだけで終わりますが、名前も含めてスカーレット様に伝わるなら実家への苦情もあり得ます。子供だけの諍いでは終われないのです。
名前1つで交渉を有利に運べる事もある―――スカーレット様の教え通りですわ。
勿論、これで済ませてあげるほど広量ではありませんわよ。
「その面談の機会を私達が得る為に、席を空けなさいと言っているのです!」
「残念ながら、その道理は通りませんわ。スカーレット様は研究室に定員など設けていませんもの」
「え……!?」
増えた例があまりないせいで、そのように噂されているだけですわね。
実際は、優秀な方なら常に募集しています。
スカーレット様のお眼鏡に適わないだけです。
「事前に調査して、これといった方には招待状をお送りしています。生憎、直接の面談を乗り越えられた方はおりませんが、スカーレット様は共に研究できる方を求めておいでですよ。ご自身を売り込む書状が届いた場合でも、スカーレット様はきちんと調査されています。それでも面談の案内がなかったなら、歯牙にも掛からなかっただけですわね」
「―――!」
驚愕の表情になられたと言う事は、スカーレット様へ打診済みだったのでしょうか。お断りの返信はあった筈ですから、受け入れられなかったのですね。
「わたくしが見たところ、皆さんの中で可能性がありそうなのは、そちらの地風二重属性の方くらいでしょうか? 確か、フェンチメ男爵令嬢ですよね? ご挨拶する機会はありませんでしたが、講義で何度かご一緒した事があります」
「え?」
フェンチメ嬢は少し嬉しそうな顔をした後、アミカ様に睨まれて慌てて表情を消しました。
虚属性研究に携われるかもしれない術師は、いつでも歓迎しますわ。風化の魔道具の量産が捗りそうです。
もっとも、付与職人以上の役割を望むなら、相当の努力が必要でしょうけれど。
わたくしがピタリと属性を言い当てたからか、皆さん少し不気味そうな視線を向けられますね。それだけで警戒を強めてくれるなら、もう少し追い込み甲斐がありそうですわ。
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