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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
戦場の魔導士編

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マーシャの親孝行

 回復魔法って何だろう?


 自分の中に湧いた疑問を零した時、不思議なものへ向ける視線が私へ集中した。

 無理のない事だとは思う。回復魔法は回復魔法。そういうものとして建国以前から利用されてきた。

 それが何かなんて、皆からすると疑問を挟む余地もなかっただろうね。


 でも私からすると、ファンタジー存在の筆頭と言っていい。


 魔法を施すと、傷口がみるみる塞がる。

 山を丸ごと一つ消した私だけれど、これはこれで、未だに違和感を覚えてしまう。


 何でも、細胞を活性化させて人体の治癒能力を高めると言う。

 でも人間の再生作用って、かなり複雑にできている。学生時代に聞きかじった程度の知識しかなくても、これが容易でないと分かってしまう。

 単純な切り傷だとしても、血小板が凝集して止血、損傷した細胞を白血球が取り込む。肉芽組織を分泌し、欠損部分を補う。殺菌作用とかまで挙げるときりがない。複数の細胞がそれぞれの役割を果たして身体を癒す。

 必要な細胞なら魔法で活性化して治癒に貢献するかもしれないけど、関わらない細胞だってあるよね。なんでも活性化してしまったら、むしろ人体を壊す事だってあり得る。何を基準に区別しているのかな。

 しかも回復魔法は切創も骨折も、一律で治してしまう。術式を使い分ける手間も要らない。


 かと言って、回復魔法は万能ってほどでもない。

 病気には効き目が弱いし、古傷には作用しない。

 魔漿液に魔法を付与しただけの回復薬にも同じ事が言える。体内に取り入れる為か、病気への効き目は少しだけ良くなるけどね。


 術師が必要な作用を把握して、必要な箇所だけを活性化させている訳じゃない。お医者さんや治療師、回復魔法を使う専門家はいるけれど、彼ら以外にでも回復魔法は使えるからね。

 私だって、医学を齧った程度で専門家とは言い難い。

 それでも、回復魔法を扱うだけなら困らない。

 無属性と言うのもあって、魔力任せで過剰に魔法を注いでも、却って害をもたらしたなんて経験はない。人間、過剰の魔力はモヤモヤさんとして放出されるようにできているから、回復魔法の強弱もあまり考えていない。

 事実として、怪我が治ったって結果だけが積み上がっている。


「17年です。とっくに気持ちの整理は着けていたし、多少の不便は感じても義手の生活が日常でした。しかし、こうして右手が戻ってきて、そのありがたみをしみじみと感じています。本当に、ありがとう」


 そんなフワッとした私の疑問を突き詰めた結果、ヒエミ大戦で失ったキッシュナー伯爵の右手は治ってしまった。


「……」

「……」

「……」


 絶賛する伯爵に対して、私達は気まずく視線を交わし合う。


 きっかけは私だったけど、これ、マーシャの成果なんだよね。だから初期段階で伯爵を実験台にするって無茶も叶った。まだインバース医院で絶賛臨床中の途上技術だからね。


 でも、マーシャには口止めされている。

 論文は彼女の名前で提出してあるけど、研究職以外の目に触れる事は少ないよね。キャシーの飛行列車と違って目立たない。マーシャ自身が吹聴しないから尚更に。


 私の疑問提起の後、マーシャは膨大な回復薬の臨床報告に目を通していった。並行して、インバース医院で治療中の患者さんを怪我の程度ごとに分類し、快方の経過過程を記録していく。

 そして、回復魔法の効き目に個人差がある事を見つけた。


 その差を基に更に分類と聞き取りを続けると、回復魔法の処置に医者の方針が関わると分かった。

 つまり、魔法を施す際に患者の完治を願うか、魔力節約の為に痛みを取り除く事を主眼とするか。別にどちらが良い悪いって問題ではないけれど、データが違いを明確に示していた。

 魔法はイメージを形にするんだから、成程と思えた。私は間違いなく前者の使い方だよね。


 けれど、マーシャの解析はこれで終わらない。


 患者からの聞き取りから、更に回復魔法を受ける側の精神状態を集めてきた。

 とにかく痛みを取り除いてほしい。元の健康な自分に戻りたい。傷一つ残ってほしくない。傷が塞がったなら、後は自然回復に任せたい。

 そんな様々な感情が、治療結果へ顕著に表れる。

 患者が回復を強く願った場合には効果が高く、最低限の効果を望めばそれなりに。ついでに意識を失った状態では、命を繋ぐ方向へ強く働く。

 医者の方向性と患者の願いが重なった場合には、望む結果へ限りなく近づいた。


 回復魔法を使う側と受ける側、両者のイメージが共鳴して更なる効力を生む。意思が魔法を強くする。


 鳥肌が立ったよね。


 術師側だけで完結しない回復魔法の特性にも、その事実を導き出してきたマーシャにも。


 更にマーシャはそれを応用した可能性まで提案してきた。


「精神状態に、精神状態に干渉する事で、もっと効果を高められないでしょうか?」


 すぐに実験する為、私達はインバース病院へ走ったよね。

 人為的に魔法へ介入すると、結果に影響がある事は呪詛技術が証明している。虚属性研究を進めていたから、呪詛技術でなくてもそれが当て嵌まると確信できた。


 効果は覿面だった。


 医者だけ、患者だけでも結果に差は出たけれど、両者を強い催眠状態にする事で劇的に回復作用は強まった。

 医者は完治に必要な処置を具体的にイメージする。絶対に治すと強い意志を持つ。

 患者は健康な自分をできるだけ正確に思い浮かべる。健康体が自然なのだと思い込む。


 病気への効果も随分強まったし、最終的には欠損部分の再生まで可能にしたよね。


 マーシャが頑張った原点に、彼女のお父さんの事があったのは間違いないと思う。だから、被験者としてキッシュナー伯爵を願われた時も驚かなかった。


 伯爵は怪我をしてから長く経過してしまっている為、催眠の精神負荷は相当に深刻なものになった。17年前を強く思い出して、しばらく眠れなかったらしいからね。

 担当医も、欠損治療の権威にお願いした。


 貴族が実験台とか普通にあり得ないところを、マーシャの希望、ノーラとインバース医院の保障、本人の同意書、当時の僚友達の嘆願書、カロネイア将軍の強い要望、アドラクシア殿下の許可、そして国王陛下の特別認可があって、漸く実現した。

 どれだけ書類を書いたかとか、思い出したくもない。


「今も臨床は続けているのでしょう? 患者側の負担が大きく課題も多いと聞いていますが、治ってしまえばこれほど救われた気持ちもありません。研究が進み、多くの者達にとって希望となる事を願っていますよ」


 手放しに褒められても困ってしまう。


 私、疑問を解消したかっただけなんだよね。


 それもマーシャのおかげで、ある程度は納得できた。

 意識する事はなくても、怪我をした側は元の状態を把握している。どんな過程で治癒を行うかも、身体が知っている。

 術師じゃなくて、患者側の無意識下のイメージを形にしている訳だね。身体が自動的に必要な処置を執る。術師側の医療知識は有用であっても、必須にはならない。私みたいに魔力任せな場合は、受ける側の意識だけで完治できる。生命活動を認識できないのと同じで、回復魔法による活性化も自動で最適化される。

 術師と被魔法側、両者のイメージが合わさって効果を発揮しているのは盲点だったよ。


 長年活用され続けただけあって、とても上手く嵌まっている。

 自然が、この世界を作った神様が生んだ奇跡かもね。


 だけど私は本当に、不思議に思っていた事を思わず口にしただけだから、名声とか過分なんだけど?

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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