2重の祝い事
結婚式と言っても、身分による順番は明確に存在する。
なのに、マーシャ達をお祝いする為に私達が通されたのは、両親達の後すぐだった。
思わずエルグランデ侯爵を窺ってしまう。第1王子派閥の中核、ノースマークに並ぶ大貴族より先になるとは思わなかった。
勿論、お父様もまだ案内されていない。こちらはマーシャ個人と私の付き合いがあるので理解はできるのだけれど。
会場に入った時点で違和感はあった。
家ごとにまとめられるのではなく、私達研究室のメンバーが固められている。強調してあるのは間違いない。
席次を決めたのはマーシャ達でも、キッシュナー伯爵の確認が入っていない筈がない。それでも訂正されてないって事は、何やら思惑を感じるね。
ま、そのあたりを考えるのは後でいい。
今はマーシャのお祝いより優先する事なんて無いかな。
「おめでとう、マーシャ。とっても綺麗だよ」
「ありがとうございます、レティ様」
「思った以上にマーシャが幸せそうで吃驚したよ。これからの生活にも不安はなさそうで安心した」
「ふふっ、レティ様にもそう思っていただけたなら良かったです」
婚約の理由が理由だったからね。
不安に思わない方がどうかしてる。
政略結婚とは少し違うけど、かなり独特な婚約だったから歪な結婚生活も想像してた。仲が良いとは知っていても、マーシャが研究を優先しているように見えて、カーレルさんの不満を心配もしていた。
でも、こうして身体を寄せ合う2人を見てると杞憂だったと分かる。
特にマーシャの頬は緩みっぱなしだしね。
「で、マーシャが嬉しそうなのは報告の儀式が原因ですか? なんて言ってもらったんです?」
あ。
プロポーズの時点で特殊だったから、気にはなってもそっとしておこうと決めていたのに、キャシーが躊躇わずに踏み込んだ。
そこを訊くのはお祝いの定番ではあるけれど、何が出てくるか想像がつかなくて怖いよね。
「うふ、うふふふふふふ……」
火照った頬を更に赤くして、マーシャは恥ずかしそうに体をくねらせる。
普通の女の子なら可愛らしい仕草かもだけど、プロポーズの件を思い出して1歩引いた私は悪くないと思う。
何やら思い出して笑みを零れさせる様子に、尚更警鐘が増す。
マーシャは友達だけど、何でも受け止めてあげられるほど寛容にはなれないからね。
「私が思うままに生きてほしい、と」
へぇ……。
―――僕が貴女を支える。貴女の帰る場所を僕が作る。貴女は思うままに生きてほしい。僕は、疲れたマーシャリィが羽を休める場所であり続ける事を、神様に誓います。だから、貴女にはスカーレット様と共に大空を翔る翼であってと望みます。僕には、それを傍で眺める権利をください―――そう祈誓したのだとか。
マーシャは補佐の立場に特化している。
膨大な参考資料を読み込んで要点を書き出す。手当たり次第に集めた実験結果を一覧にして勘所をまとめる。閃きと発言が直結した私達の思い付きを系統立てて記録する。研究の目的に沿って必要な素材を特性ごとに並べる。
こうした私達に必須の性質は、何処へ嫁いでも家を支えられるように施された教育を起因としている。
だから勘違いされがちなのだけれど、マーシャの性格は誰かを支えて自分を殺し続ける事に向いていない。支援に回る事を得意としていても我は強い。補佐しながら、その作業を通じて自分の意見も通す。
私達と議論を交わしていても、納得できるまで決して己を曲げない。そんな芯の強さも持つ。
そんな彼女を頼る事はあっても、軽く扱った事はない。
マーシャがそう言った女性でなかったら、熱意だけを武器に派閥違いの研究室の扉を叩いたりしないよね。
キッシュナー伯爵すら見誤った彼女の在り方を、カーレルさんは正しく受け止めていた。
マーシャを支えたい、と。
以前にも似た事を宣言されてはいた。
でもこの世界では、女性が家長として立つ事は少ない。
自身が叙爵する私や、理由あって未亡人となった例外を除けば、女性は家を切り盛りする事を求められる。当たり前過ぎて、女性に意向を確認しない場合も多い。
運送会社を経営するカーレルさんもそうだと、私は勝手に考えていた。家の事を任せた上で、空いた時間は私達との研究を許すのだろうと思い込んでいた。マーシャを支えると言ったのも、彼女の時間をできるだけ確保する程度のものだと、根拠なく解釈していた。
なのにカーレルさんは、その前提を取り払った。
嘘の許されない場で宣誓してくれた。
マーシャを、私達同様に一部の例外として扱ってくれた。
2人が幸せそうに寄り添っているのも当然だね。
私の方が、カーレルさんを甘く見積もっていたよ。
知り合って1年弱、マーシャが王都を離れた時間も多かった筈なのに、彼女をしっかり理解してくれている。
マーシャが前に立つ訳だ。
「良かったね、マーシャ」
「はいっ!」
溢れる笑顔が、何より彼女の喜びを示していた。
「カーレルさん、貴方の覚悟に頼ってマーシャを借りる事は多そうですけど、よろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ……と言いたいところなのですが、しばらくは僕が独占する事になりそうです」
うん?
よく分からなくて首を傾げると、2人揃って益々顔を赤くした。
意識したのかしてないのか、マーシャの右手はお腹にあった。
「あー、早いですね」
身も蓋もないキャシーの言葉に、マーシャは俯いてしまう。
「……」
「……」
「申し訳ありません。僕達も先程知ったばかりなのですが、間違いないようです」
流石に恥ずかしかったのか、言葉もないマーシャに代わってカーレルさんが答えた。
「もしかして、儀式中ですか?」
「……はい。話には聞いていましたが、我が身に起こるとは思わず、驚きました」
それで儀式が長くなった訳だね。
魔法の存在するこの世界では、神様の存在は幻想では終わらない。
転生者も証明みたいなものだけど。
その為、神様にまつわる儀式ではその片鱗が見られる事がある。
例えば結婚の儀式では、一方が酷い悪意を抱いていると成立しない事がある。感覚的に分かるらしい。
他にも、葬儀を疎かにすると屍鬼化しやすいなんて例もある。
信心深くないからって罰が当たったりしなくても、全く無関係に生活はできない。
そう言った下地があるから、魔導士の宣誓で信用を得られたりもするんだろうね。前例16人の誰かが罰を受けた訳じゃないから、因果関係は不明だけども。
結婚の儀式が2人だけってのも、そう言った理由で決められている。
安全面で考えると難しい慣例でも、倣わなきゃいけない訳だね。
で、稀にその前提が崩れる事例が存在する。
儀式に2人で挑んでも、3人目の生命が混じってしまう。
流石神様と言うべきか、かなり初期段階であっても感じ取ってしまうらしい。不可抗力だから結婚が不成立とはならないけれど、その存在、妊娠は儀式を行う2人には伝わる。
意図せず、儀式が妊娠検診として働いてしまう。
しかも、診断を下すのは神様だからか、その判定は100%で的中する。
「あはは、おめでとう、マーシャ」
「……ありがとう、ございます」
これには生暖かい言葉しかかけてあげられない。
随分忙しかったと思っていたけど、カーレルさんと会う時間は作っていたんだね。
このあたりが良い男を捕まえるコツなのかな?
疲れたからってまっすぐ帰って寝てるのが、未だ婚約者を見つけられない原因かもしれない。スタイルばかりか、女子力でもマーシャに完全敗北してそうだよ。
「無理させるつもりはありませんから、休暇はいつでも申請してください」
「お心遣い、感謝します」
マーシャは真っ赤になって固まってしまったので、最後はカーレルさんに声を掛けてその場を離れる。
挨拶は後が詰まっているから、いつまでも新婚さん達を独占してはいけない。マーシャが再起動する為にも、私達は離れた方が良さそうだしね。
いきなり家族が増えたみたいだけど、3人でお幸せにね。
そうして祝福の場を譲った私達は、キッシュナー伯爵に話しかけられた。
「ありがとうございます、スカーレット様」
「いえ、友人をお祝いするのは当然の事ですから」
おめでたい事が増えるとは思ってなかったけども。
「それもありますが、改めてお礼を言わなければと思ったのです。マーシャリィの時は叶いませんでしたが、貴女のおかげで孫はこの手で抱けそうです」
差し出された伯爵の右手は、義手ではなく、生身のものだった。
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