強欲
墳炎龍の回収に向かうと、山の傍に大勢が集まっていた。
周辺は放棄したと聞いていたから、元の領民かな。
戻って来たウェルキンを歓声が迎える。
それだけ、墳炎龍討伐は悲願だったのかもしれない。
私なんて素材欲しさに戦略的効果を主張しただけだから、思い入れがなさ過ぎて申し訳なく感じる。帝国に攻め入るモチベーションを上げる為に計画を差し挿んだだけだからね。
「討伐の証明に一部あげた方が良いのかな?」
鱗1枚だって勿体ないんだけど。
「暗黒竜の討伐地にも牙が安置されてますからね。こんな恐ろしい魔物がいたのだと、人類の力を結集してそれを討伐したのだという象徴になります。あの人達の心を支えてくれるかもしれませんよ」
渋っていたら、オーレリアにも勧められてしまった。
確かに、成金貴族のコレクションよりは意義ある活用方法だとは思う。
でも自分で振っておいてなんだけど、全部研究で使い切りたいと思っている。
私、記念公園にある骨も欲しいって常々思ってるんだけど? 飾るより有効活用した方が建設的じゃない?
「でも今回、人類の総力は結集してませんよ? 象徴するのは、レティ様の物欲?」
王家専用車両の顧問から解放されて機嫌のいいキャシーがケロッと言う。
そんなもの、後世に残さないで。
「どういった意図で祀るかは領主の考え方次第じゃない? 討伐した魔導士への畏怖とか、戦争を短期で終わらせた決め手とか」
「どちらにしても恐怖の象徴ですよね。まるで魔王の爪痕じゃないですか?」
「魔王種を単身討伐したのですから、間違ってもいませんね。しかも片手間でしたし」
「それって今回の行軍が、魔王の進軍とか伝えられるって事?」
「仕方がないと思いますよ? レティが連れてきた将校、皆怯えていたではないですか。きっと、どんな恐ろしい目に遭ったのかを懇々と語ったと思います」
「噂には間違いなく、尾鰭背鰭がいっぱい付きますし」
よし、帝国には二度と来ないでおこう。
私が姿を現さない事で噂が更に酷い事になったとしても、直接耳に入らないなら心の平穏は守られる。敵対する魔王種の排除が目的で、王国軍を顎で使ったとか言われても、私は一切関知しない。
「良いよ、何と言われても。極上の素材を手に入れたって達成感が私を守ってくれるから」
「伝説級の素材が丸ままレティ様のものですからね」
「私の家にも鱗がありますけれど、とても厳重に管理されています。出現自体が数百年に一度、本来は討伐も困難を極める伝説そのものですよね。価値も頷けます」
あー、ノースマークのお屋敷にもあったよ。
すっごい厳重に保存されていた。モヤモヤさんが溢れてばっちぃから掃除したかったんだけど、近付いただけで叱られた。当時の私は、鱗を封入しているガラスケースに魔力を飽和させて、モヤモヤさんを外に出さない事で辛抱したのを覚えている。
「無から魔素を生む機構は失われているかもだけど、周辺の魔素を集める性質は間違いないし、凄い魔導変換器が作れるよね。それに、ノーラの鑑定はまだだけど、地、火の複合属性なのは間違いない。もしかすると闇もあるかも。虚属性研究も捗るよね」
「無傷で凍らせてありますから、身体構造の研究も進むんじゃないですか? 生命活動と紐づいた特性も見つけられるかもしれません」
「でもレティ、王家には牙の1つも献上しないといけないでしょう? 鱗が欲しいと擦り寄ってくる貴族も増えますよ」
キャシーと夢を膨らませていたら、オーレリアが水を差した。
「牙だなんて、とんでもない! 竜の牙や爪は魔力収束体だよ? 意図する事なく身体強化と同じ作用を発現する部位なんだから、絶対に手放せないよ」
「……でも、他の貴族と並んでしまう鱗と言う訳にもいきませんよ? 骨……、どこか小さな骨なんてどうでしょう?」
「小さな骨、竜と同じかどうかは知らないけど、人間なら鐙骨とか当て嵌まるよね。でもそれって、聴覚器官に密接しているから、とても贈呈できないよ。貴族なんかに譲るつもりはないし、鱗でいいんじゃない?」
「え? 貴族には譲らないつもりですか? きっと、うるさいですよ?」
「大丈夫。素材の状態で欲しいって事は、研究成果は要らないんですよねって跳ね除けるから」
宝として無意味に飾ったり、賄賂として地盤強化の道具くらいにしか考えていない人達には、垢の一欠片だって譲るつもりはない。
「レティ様、あれ! あれでいいんじゃないですか? あれなら、竜の魔力とレティ様の魔力がいっぱい染み込んでますよ」
そう言ってキャシーが指差したのは、凍り付く過程で墳炎龍に張り付いた氷塊だった。水属性魔力を高濃度で含んでいるから10年以上融ける事はない。珍品と言えなくはないかな。
一応、虚属性研究用の素材として持って帰るつもりだったしね。おまけに、氷はいっぱいあるよ。
「いいね、諦めない貴族はそれで黙らせよう!」
「それでいいのでしょうか……?」
オーレリアは不安そうだけど、失敗しても私が吝嗇だって非難されるだけだから、夢素材の前には何でもない。
なんとなく結論は出たところに、通信機が鳴った。
『スカーレット様、お疲れ様です。そろそろ帝国が降伏した頃ではと、連絡しました』
「あー、ごめん。正式な声明はまだだけど、アドラクシア殿下は皇鎧城に入ったよ。降伏は時間の問題だと思う」
『分かりました。想定通りに進んだなら、魔道具の増産は一旦止めておきますね』
「うん、王城には殿下から正式に連絡が入ると思うけど、ノーラのいるパリメーゼと、カロネイア将軍が詰めるリデュースにも連絡を入れておいて。私達は墳炎龍の積み込みが終わったら帰るよ」
『墳炎龍!? ……分かりました、受け入れの準備も進めておきます』
連絡してきたのは王都から、声の主はウォズだった。
これが、今回の侵攻を支えた陰の立役者、魔力波通信機。
構想は以前からあった。
スマホが当たり前の前世を生きた私としては、不便で仕方がなかったからね。
原理もある程度は知っていた。
音の振動を電気信号に変換して送る。受け取った側はその信号を増幅し、再び音として再現すればいい。
けれど、電気ではなく、魔力をエネルギーとして採用したこの世界では課題がいくつもあった。
通信だけは電気を使うという案もあったのだけど、大気に満ちた魔素がジャマーとして働く。空気に異物が含まれている状態になるから、電波が遠方まで届いてくれない。ノイズが大量に混じる。
中継機を作るにしても、魔物が蔓延る地域が多くて難しかった。
ファンタジーが科学を阻害するなら、ファンタジーで乗り越える。
元々、風魔法で言葉を送っていたのだから、音が振動であるという認識は一般的だった。音を魔力波に変換する技術も、既に確立されていた。
希少な遠距離連絡用の魔道具が重宝しているくらいだから、通信の重要性も知られていた。
実は、有線での通信機は存在する。
なんなら、メールみたいな使い方もできる。
微細な魔力波を伝える魔導線が恐ろしく貴重な為、王城や魔塔、軍本部、魔導変換炉を結ぶくらいしか活用されていない。
おまけに、一度の通信で大量の魔力を消費する。短距離なら風魔法の方がずっと効率が良い。その為、緊急時専用となっていた。実際に使われた例は、最近では大火の時くらいかな。
17年前の侵攻もあって、他の軍基地を結ぶ計画もあったそうだけど、魔導線を魔物領域に通す事が必須の為、頓挫したらしい。おかげでワーフェル山のダンジョン化では苦労した。
ただ私としては、既存の魔道具を効率化してインフラを整えるより、無線通信にこだわりたかった。
魔力波を送受信させる装置までは難しくない。
ただし、目視できる程度の距離に限られてしまう。そんなものを通信機とは呼ばない。前世のおもちゃの方が優秀だったよね。
問題は、電波と魔力波の性質が違う点。
電波は放射状に拡散する。そのおかげで位置を問わずに受信できるんだけど、魔力波は直射だった。飛ばす方向を正確に指定しないと届かない。
しかも、距離が離れると更に難易度が高くなる。僅か数度のズレが、どこまでも誤差を広げてしまう。
通信機の位置を固定する案もあったけど、それでは私のこだわりに届かない。
そこで思い付いたのが、送受信魔石の性質を揃える事。既存の遠距離連絡魔道具を参考にした。勿論、魔石を割っても期待した効果は得られない。
代わりに人体属性と同じ魔石を、使用者の魔力で飽和させる。その魔石を2個用意すれば、互いが引き合い、魔力波を導きやすくなる。送信方向も、魔石が自動で選び取ってくれた。
それでも受信側がじっとしている訳じゃないから誤差は生じるんだけど、そこは虚属性が解決してくれた。ある程度のズレは受信側に誘引力を持たせる事で補正できる。
まだまだ課題は多いけど、一応は納得のできるものが完成した。
今は特殊回線専用であっても、もっと洗練できたら一般化もしたいと思ってる。
魔力波通信機のおかげで、帝国を疾走しながらミーティアとウェルキンは連携できた。タイミングを合わせてソールとも合流できた。
カロネイア将軍なんて、これを部隊長全員に持たせて、強化魔法と魔法籠手の万能型部隊の運用で国境戦を圧倒したらしい。ダンジョン化魔道具の位置は探知で分かっているのだから、そこへ的確に部隊を送ればいい。発動前に全て排除できたと聞いた。
実際の指揮を担当したライリーナ様からも、絶賛する通信が届いたよ。
軍事転用は私的におまけだけれど、交通手段の革命、遠距離通信の実現。確実に世界は変わってきているよね。
でも、私はまだまだ満足しない。
さて、あの墳炎龍で今度は何を作ろうか。
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