戦争が終わっても研究は続く
極上素材の入手が決まって、小躍りしたい気分を抑えながら帝都へ戻る。
正直、戦争とかもうどうでもいいんじゃないかな。王国の勝利は揺るがない訳だし。
墳炎龍の素材を持って早く帰りたい。若干力加減を間違えた感があるので、発掘作業が待つのだけれど。
帝都シャルルの上空には、既にミーティアとソールが集っていた。
帝国への降伏勧告は、国王陛下の名代が行う事になっている。今回の場合はアドラクシア殿下だね。
私が帝都まで陥落させてしまうと、報奨が跳ね上がり過ぎる。面倒事も一緒に飛び込んでくるから、最後の手柄は殿下に譲った。ただでさえ英雄扱いが待っているだろうところに、過度な貴族の嫉妬とかいらない。軍属でないのに勝手し過ぎたなんて難癖も必要ない。
別にアノイアス殿下を指名しても良かったのだけれど、ジローシア様には普段からお世話になっているし、ノーラとエッケンシュタイン領の為に骨を折ってもらった事もあるからね。弱点が明確なので扱いやすいって意図も、ゼロじゃないけど。
今回の事で、王位争いはアドラクシア殿下が大きくリードする事になる。
私を上手く使って短期間で戦争を終わらせた事もそうだし、これまで戦争を望んでいた姿勢が、帝国の暴挙を予想し、侵攻に備えていたと評価される。
決着も近いかもね。
私は殿下達との合流より先に、帝都の防壁近くへ下りた。
上空に飛行列車が鎮座しているのだから、警戒も強いだろうと少し距離を取る。
私達はこれまで帝国軍基地を圧倒してきたけれど、その報告が届くのはずっと先になる。それでは戦争が終わらない。
だから、陥落させた基地の責任者をわざわざ運んできた。墳炎龍討伐の様子も含めて、彼等がどうにもならなかった戦況を伝えてくれる。きちんと立場のある人員と確認したから、どんなに桁外れの内容でも無視できないと思う。
既にオーレリアが運んできた捕虜は帝都に入っているだろうから、ダメ押しだけどね。
「じゃ、お願いしますね」
「……」
その中の一人、モレキュラーって将軍は笑顔で見送る私に怯えながら城門へ走って行った。失礼な事に、どの人達も1秒だってここに居たくないと駆けてゆく。捕虜として、きちんとした待遇だった筈なんだけどね。
あの必死の形相で皇帝にも危機感が伝わるなら、結果オーライかな。
私は再び上空へ戻り、今度こそオーレリア達に合流する。
これで私達はしばらく待機となる。
「レティ、お疲れ様です」
「オーレリアも、ね。存分に暴れられた?」
「そちらは今一ですね。基地を半壊されて竦む兵士を拘束するだけでしたから。魔物を狩るほどの爽快感はありませんでした」
「報告書は改めてまとめようか。今後、液状化や風化に備える為の魔法防御についても研究しないといけないし」
「またノーラが大活躍ですね。爵位を取り戻す事の後押しにもなってくれそうです」
虚属性の利用を他国は真似できないだろうと、思い上がるつもりはない。矛と盾の発展は両立させてこそだしね。
「其方達、私の存在は見えんのか?」
オーレリアとの2日ぶりの再会を喜んでいると、普段、無視されると言う経験のないアドラクシア殿下が憮然とした様子で水を差した。
「戦場を駆けた友人との再会くらい、大目に見てください。万が一と言う事もあり得たのですから」
「……報告を聞く限り、そんな危なげな展開はなかったようだがな」
それはあくまで結果論だよね。
追い込まれて決死の牙を向けられる可能性はあった訳だし。
「呪詛による反撃を警戒していましたが、尋問したところによると、戦略的な効果が望める活用方法はダンジョン化以外にはないそうです」
尋問と言っても、軽く聞いてみたに過ぎない。
移動途中の世間話くらいのつもりだったのだけれど、自分の知っている事は全て喋りましたと、最終的に土下座された。
土下座って裁定を相手に委ねる行為だから、許すか罰するか決めないといけない。仕方がないから、皇帝が継戦を望むようなら諫めてほしいとお願いしておいた。高速で頷いてくれたよ。
ノーラ、エッケンシュタインの村人、そして帝国の将校、土下座された数は歴代トップなんじゃないかな。ノーラの覚悟を貶める訳にもいかないし、むやみに頭を擦り付けないでほしい。
「そうか、それは重畳。しかし、戦略的に、と言う事は個人の範疇では違うのだな?」
「はい。催眠などの誘導、暗殺への活用については一部で濫用されているようです」
「厄介だな。其方は探知魔法で呪詛魔石を捕捉できるとの事だが、魔道具として汎用化する事は可能か?」
「付与術師の育成は進めています。後は対応する素材次第ですね」
今回、液状化と風化の魔道具のネックがそこだった。
属性の誘引力は、自然に存在する性質じゃないから素材との相性が顕著に出る。今のところは複合属性の魔物素材で賄えたけれど、そのあたりはもっと詰めないとだね。
不思議生物を中心に研究する必要がある。まずは墳炎龍かな。
今回の負債を帝国固有種で支払ってもらうのも良いかもしれない。
「殿下達の警戒は、騎士を育成して充てようと思っています。戦争の準備を優先して遅れていますが、カロネイア将軍が騎士団長と協力して人選を進めてくれています」
優秀な人材の集まりだけあって、複合属性保持者も多い。虚属性に適性のある人もいくらかは確保できたと聞いた。今は専用の訓練中だと言う。
「ふむ。現状、即死さえ免れれば特級回復薬があるからな。判明したのが今になっただけで、危険は常にあったとも言える。多少の遅れは許容しよう」
「ありがとうございます」
王位争いで有利になったからこそ暗殺を警戒しないといけないってのも面倒な話だよね。
どちらにせよ、呪詛技術の撲滅のためには必須の魔道具になるから、開発は進めないといけない。戦争は短期間で終わっても、それに付随する研究は山積みになったね。
そうこう話していると、帝国側で動きがあったと報告が来た。
諦めが悪いようなら城壁も溶かしてしまうつもりだったけど、その必要はないのかな。帝都で民間人を巻き込まないのは難しいから、抵抗しないでくれると助かるよね。
「帝国城に旗が掲げられました! 帝国旗ではなく無地である為、降伏の意思を示すものと思われます!」
「分かった。騙し討ちの警戒は必要だが、降下して皇鎧城へ入る! 武装した上で飛行ボードへ搭乗、技術差を見せつけながら城門を潜るぞ!」
「はっ!」
報告に来た近衛は、誇らしそうに伝達へ走った。
これから始まるのが主人の晴れ舞台となれば、頬も緩むよね。
「これで終わり、ですね」
「おそらくな。将校達から、十分に手加減された事も伝わった筈だ。更に傷を広げるような真似はしないだろう」
「なら、私達は一足先に帰りますね?」
もうすぐ日が暮れる。
早く帰って研究に戻りたいです。
私が拘束される時間は3日と区切ったんだから、この後続く後始末は全て任せてしまいたい。戦後処理の会議中ずっと睨みを利かせるとか、退屈で仕方ない。
「開城に参加しないのか?」
「ええ、それより研究の方が大事ですし、令嬢に守られなければ城を占拠できない臆病者と謗られるのもお嫌でしょう?」
それに、魔導士はあまり前面に出ない方が良い。
顔を知られない事で畏怖も高まるからね。国王を兼ねた例外もいたけど、歴代に倣っておきたいと思う。
何より、墳炎龍の回収に行きたい。
「……気もそぞろといった様子だな。分かった」
「代わりに実験の成功をお約束しますね」
「確かに、それも其方の貢献だな。いいだろう。オーレリア嬢とキャスリーン嬢は連れて帰ってもらって構わんが、ミーティアは残してくれ。上空からの睨みは続けておきたい」
占領軍はウェイルかオルカで届くだろうけど、いつでも滅ぼせるって脅しは必要だろうしね。
「畏まりました。できるなら、私達にも実りある対談である事を祈っております」
「……善処はしよう」
王国以上に魔物が豊富な帝国を下したんだから、私の研究が捗るくらいのメリットは欲しいよね。
こうして、後に3日戦争と呼ばれる事になる、技術革新を象徴する争いは終わった。
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