一方的な展開
パリメーゼの国境は、南を海岸、北に断崖で挟まれた平野部となる。
海岸の先には多くの岩石が隆起しており、船で近付く事は敵わない。北の岩壁もまた、ほとんど垂直にそそり立っていて、人の身で登れる傾斜ではない。
必然、両軍がぶつかり合う場所は平野部だけとなり、両国とも戦陣を敷いた。
288周 光の年夏節 1の月2日、王国軍と帝国軍は東西に分かれて睨み合った。
王国側からの布告により開戦時と宣言された正午の瞬間、北部断崖の更に上に広がる山林が、青い炎に包まれた。
「!!!」
突如上がった炎に、帝国側は浮足立つ。
通常、森林への放火は行わない。何しろ、延焼による被害が酷い。規模が大きくなり過ぎた場合には、何ヶ月にも渡って消火活動が必要となる。
戦略的に敵国へ被害をもたらすならともかく、ここは国境で、両国ともに多大な損害を被る事になる。
普通に考えるなら、正気の作戦とは思えなかっただろう。
勿論、私達は無意味に山へ火を放った訳じゃない。
そもそも、山へ踏み込んだのは帝国の方が先だった。
平野部の周辺から崖を登る事はできないけれど、そこから遠く離れれば崖の高度は下がる。山裾から崖の上に回り込める。進軍は不可能でも、少数なら鬱蒼とした森も進める。
そうして帝国は部隊を潜ませ、王国側の山中で再びダンジョン化の魔道具を使うつもりだった。そうすれば、屍鬼の大部分は王国側の山裾へ下りる。交戦中の王国軍の後方を屍鬼が襲い、挟撃できる―――筈だった。
でもその戦略は、十分に予想できた。
過去には狙撃兵を潜ませた例もあるのだから、当然私達も警戒していた。
そして虚属性と探知魔法の組み合わせなら、呪詛魔石の属性誘引力を追跡する事が可能になった。
帝国としては作戦を読まれても、広大な山林内なら核の位置を捕捉できないと思ったのかもだけど、実際は丸見えだった。
私はできるなら、帝国側にも死者を出したくない。
敵国であっても、戦争を目論んだのは為政者の一部だけだと思っている。非道な作戦の立案も将校だろうから、末端の兵士にまで責任を問うつもりはなかった。
だけど、呪詛を使った者だけは別だった。
例え命令されただけだとしても、呪詛を扱う事を許容したなら許してはいけない。
王国が呪詛技術の拒絶を示す為にも、見せしめにすると決めた。
『警告です! 山中に潜んで呪詛による工作を試みた者は、容赦なく攻撃します!』
拡声したノーラの勧告が響き渡る。断崖の遥か上空に、この作戦を主導する彼女の姿はあった。
その声には、エッケンシュタインの民を虐殺された彼女の怒気が漲る。呪詛技術自体にノーラの怒りは向いていた。
もっとも、警告はこれから先の試みに対してであって、既に潜伏した人達に助かる余地はない。
炎が広がるより早く山中を駆けるなどできない。彼等は悉く青い炎に包まれて、凍死した。
逃げ惑い、炎に巻かれながら転落した潜伏部隊の死因を知って、帝国軍は混乱に陥った。
青い炎はその見た目の通り、普通の火とは根本的に違う。
私が虚属性を扱えるようになった事で、属性の融合が可能になった。火と光で熱線、風と光で雷光、なんて組み合わせは勿論、物理的にあり得ない現象も引き起こせる。
以前に少し試した燃える氷、なんかがそれに当たる。
その性質を更に突き詰めると、虚属性を用いれば術師が内包する属性とは別属性の魔石、魔道具も扱える。
とは言え、虚属性を操るって時点のハードルが高いんだけどね。
そしてノーラは、その難題を乗り越えた。
今、山林を燃やしているのはノーラの魔法。
属性変換器を排除した特製の魔法籠手で、火属性の基盤を制御する。火の性質で、ノーラの水属性を具現化する。その成果が青い炎となって山間を包む。
見た目は炎であっても、熱は発しない。代わりに冷気を生み出す。木々を焼くのではなく、木々が含む魔力を燃料に山中へ広がる。含有魔力の少ない植物では0℃に届かない程度でしかないけれど、人や魔物がこの炎に吞まれた場合は、全ての熱と魔力を奪い尽くすまで燃え続ける。あらゆる魔力を取り込むから、反属性での消火も叶わない。
その傍で、誘引性のある呪詛魔石を抱えているなんて、爆弾の導火線を火にくべているのに等しい。青い炎が自動的に追う事になる。
ノーラが虚属性を扱えるようになった理由、これも考えが及んでしまえば当然の帰結だった。
誘引力と反発力、相反する力は同時に存在する。
片方だけが現れるなんて事はない。互いが引き合う事で、安定を保っている。つまり、私のような複数属性保持者でなくても、内包はしている筈だった。
その前提で考えてみると、特に女性は虚属性が扱えなければ子供を産めないと気付いた。
母子で属性が異なるなんて珍しくない。そして、保持属性が後天的に変わった例もない。妊娠中の女性は体内に別属性を宿しているって事だから、属性間の反発が起きるなら、母親か子供、どちらかが深刻なダメージを負う筈だよね。
無意識下で虚属性を扱えるなら、意識的に干渉できてもおかしくない。
そこまで気付けたのなら、そのイメージが魔法を形作る。
コツを掴むのは難しいみたいで、研究室ではノーラ含めて片手で数えられる程度だった。それでも修得してしまえば魔法の幅が大きく広がる。
青い炎と並行して風属性の魔法籠手も活用していたノーラは、薄く広げた冷気による探知魔法で呪詛魔石の消失を確認し、虚属性の作用を解除した。
途端に炎は全て消え、後には冷気しか残らない。
延焼の心配は最初から要らなかったからこそ、私達はこの作戦を選択した。山の冷害は酷いから、枯れる木は多いかもだけど。
理屈を知っている私達や、事情をあらかじめ話してある王国側には何でもない事であっても、不可解な現象は恐怖を生む。
この初手で、帝国軍の士気は大きく下がってしまった。
「ひ、怯むな! 屍鬼による奇襲はできなくとも、用兵の分はこちらにある! 突撃しろ! 実戦経験で劣る王国軍を正面から薙ぎ払え!」
だからと言って退く事はできないと、帝国側の指揮官が声を張る。
当然、私達もこの展開は想定していた。
『投下部隊、発進!』
ノーラの号令と共に、飛行ボードの一団が空を駆ける。
彼等の役割は、特別製の魔道具を帝国軍の上から落とす事だった。
帝国軍は空に対する備えを持たない。
それでも当たるものかと、魔道具を躱してみせた。固まって前進する彼等が空からの攻撃を避けたのは、素直に凄いと感心したね。
でも残念ながら、この魔道具は直接ぶつける為に投げた訳じゃない。
落ちた魔道具はそのまま沈み、波紋のように地面を波打たせて効果範囲を広げた。
虚属性を自在に操れるなら、当然魔道具への付与も可能になる。この展開の為に用意した魔道具には、地属性と水属性を組み合わせてあった。
「うわっ! 武器が!?」
「銃が、溶けた?」
「よ、鎧もだ! 拙いぞ」
「足が、沈んで……」
すぐに効果を思い知った帝国軍から悲鳴が上がった。
剣も、銃も、鎧も、あらゆる金属が液体に変わって零れ落ちる。更に地面も液状化して足を取られてしまう。
武器も守りも失い、逃げる事すら阻まれる。
『全軍、前進! 敵を蹂躙してください!』
そこへ、ノーラの無慈悲な命令が下る。
「う、嘘だろ?」
「助け……助けて……!」
「嫌だ、嫌だ!」
強制的に武装解除された帝国軍は抵抗する手段を持たない。
迫る王国軍に慄き、痛ましい悲鳴を上げる事しかできなかった。
辛うじて魔道具の効果範囲から逃れた者もいたけれど、隊列は崩れ、自分も周りも混乱した状況では王国軍に敵う筈もない。あまりの状況に指揮官も指示を出せず、ほとんどは散り散りになって逃げた。
それでも恐怖は終わってくれない。
彼等の逃げた先、立て籠もる筈の砦は見る影もなかった。魔道具の投下部隊とは別行動で、同じ効果の魔法を行使したノーラによって、大部分が流れ落ちている。
「こんな連中と、戦いになるかよ……」
籠城して戦況を立て直す事も出来ずに、彼等は戦意を失って崩れ落ちた。
開戦から僅か数分、帝国軍は瓦解。
パリメーゼ国境戦は決着した。
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