3日宣言
アドラクシア殿下達は私に会ってそのまま帰る、なんてことができる筈もなく、きちんと実験部隊を激励していった。
ちなみに実験は一時中断、一部を残して観察を続けながら、戦況を見て再開を判断するらしい。正直、迷惑この上ない。今の国に必要なのが発展だと言うなら、実験の時間は確保してほしかった。
私達への協力要請から少し置いて、実験の参加者はベースキャンプにずらりと並んだ。時々呼び出されるせいで遠慮も無くなってきた私と違って、誇らしそうに殿下の激励を待っている。
普通、王族と対面する事とかないからね。
私にとっては面倒事を押し付けてくる王子でも、国の象徴、貴い人として見ている。アドラクシア殿下は戦争を支持して軍を優遇してきたから特に人気が高い。激励に来てくれただけで光栄って人も多いんだろうね。
残念ながら私は共感できないけども。
『皆、忙しい中、時間を割いてくれた事を感謝する。諸君のこの地での活躍は、ノースマーク侯爵令嬢より聞いた。魔物を駆逐し、人類の生活領域を広げる事業への協力、頼もしく思う。できる事ならこのまま実験を継続し、王国の発展の為に尽力してもらいたいと思っていた』
アドラクシア殿下は一旦言葉を切って、整列する大隊を眺める。
自分の言葉が浸透している事を確認しているようだった。
『だが、そんな王国の未来に水を差す愚か者がいる。皆の記憶にも新しいだろう。エッケンシュタインで領民の虐殺を幇助し、ワーフェル山を屍鬼の巣に変えて王国の一大事業を妨害した愚か者の事だ。この中にも、先の屍鬼掃討作戦で戦友を亡くした者もいるだろう。もしかすると、エッケンシュタインで行方不明となった中に身内がいた者もいるかもしれない。どうしようもない怒りを胸に秘めている筈だ』
王族の言葉を遮ったりはできないけれど、そうだと闘志を燃やしている人が多くいた。
『その怒りを、いつまでも秘している必要はない。我らの国王陛下は、帝国の暴挙をいつまでも見逃しはしない。これ以上、王国で血が流れる事を良しする事はない! 今より7日後、帝国への侵攻を決められた!』
おおっ!!
今度は驚きの声を押さえる事はできず、拠点中がどよめいた。
『怒りを開放する時は来た! 17年前からの因縁に終止符を打つ時は来た! 何より、友好関係を築けない隣国は、これからの王国にとって、発展の邪魔でしかない。土地を開き、新しい街を広げる前に、目障りな隣国を退けるのだ!』
「「「応!!」」」
自然と、拠点中が沸いた。
けれど、その中にはいろいろな感情が混じる。
遂にこの時が来たと、自分達を奮い立たせる者がいる。仇を討つのだ、報復の時だと怒りを滲ませる者がいる。勲功を上げる機会だと目を輝かせる者がいる。
一方で、死地に赴く事に不安を覚える者もいた。
『帝国軍は強い。それは歴史が証明している。17年前の脅威を覚えている者もいるかもしれない。先日のダンジョン化のように、恐ろしい隠し玉もあるかもしれない。だが、私は不安を抱いてはいない! 17年、今度こそ国を守るのだと備えてきた諸君を見てきた。二度と国土の蹂躙を許すものかと、訓練を重ねてきた皆を知っている。王国軍の練度は低いなどと言った外聞を、跳ね除ける時が来たのだ! 我らの17年を思い知らせる時が来たのだ!』
「おお!」
「そうだ!」
「俺達は負けない!」
今度は意思を口々に発する。
アドラクシア殿下もその奮起を咎めたりはしない。むしろ、頼もしそうに彼等の興奮の波が引くのを待った。
『帝国では呪詛技術を軍事転用していると言う。呪詛によって不可解な現象を起こす技術、恐ろしくはある。だが、我々はその暴挙を、決して許してはならない! 民の命を兵器に転用する帝国を、許せるものか! 我が国の民が、呪詛の為に犠牲になる事を、私は二度と許さない! そんな技術を許容する悍ましい国は、絶対に叩き潰さなければならないのだ!』
ダンジョン化で垣間見えた不可解さ、異常性、それらをワーフェル山で見た者も多い。そこから生じる恐れ、怯みを、アドラクシア殿下は怒りに挿げ替えてみせた。
『それに、恐れる必要など何処にもない! 諸君は知っている筈だ。回復薬を、魔法籠手を、空を駆ける手段を、多くを生み出し続ける聖女を! ダンジョン化したワーフェル山を消し去った17番目の魔導士を!』
まだ内定止まりだけどね。
名前を貸すのも仕事と分かってはいるものの、こうして士気高揚に使われると、利用されてるみたいで腑に落ちないものはある。
『私はここに来る前、視察の一環として屍鬼掃討作戦の犠牲者を悼み、消失した現場を見てきた。山が消える、その単純な表現そのままの光景に、思わず笑ってしまった。あれを見れば、思い知るしかない。17番目に叙した彼女が、史上最高であると私は確信している!』
これまで最高の魔法使いとされてきた地殻崩しより、魔力量的に上と実際にジローシア様が確認したしね。何故か公表されてないけど。
曖昧のままにしておいた方が怖いって事かもしれない。
『私は、その彼女に協力を取り付けた。一勢力にのみ与する事を良しとせず、公平を課せられた魔導士殿から見ても、虐殺を許容した帝国は目に余ると言う! 諸君と共に、帝国掃討へ加わってくれるそうだ! しかも、スカーレット・ノースマーク令嬢は、戦争の早期終結を、圧勝を約束してくれた!』
「「「おおっ!」」」
驚きと期待で、再び拠点がどよめく。
早期終結って殿下が言い出した事じゃなかったっけ? 発言の捏造は止めてほしい。過度の期待って重いんだから。
『この聡明なる聖女、絶大なる魔導士が共にあって、王国の敗北などあるだろうか? 明言しよう、断じて無い!! 私は王都で、諸君の活躍と勝利報告を楽しみにしている!』
最後に殿下が拳を突き上げると同時に、喝采が巻き起こった。
興奮も最高潮って感じだね。一般的には王族から掛けられる期待は栄誉だから、この騒ぎも仕方ない。
面倒事扱いしている私の方が異端だろうし。
問題は、殿下が私の名前を出したせいで、興奮した兵士達の視線が私の方にも向いているって事かな。殿下も期待を込めて私を見ている。念の為に殿下の傍に控えたジローシア様を窺ってみると、当たり前みたいな顔で頷かれてしまった。
この空気の中で、私にも何か言えと?
「あんまり話を誇張しないでもらえませんか?」
「誇張も何も、現実の方が信じられなかったくらいだぞ? 報告を受けた時点では、それを持って来た者の正気を疑ったくらいだ。其方は自分が非常識である事を自覚しろ」
仕方がないからアドラクシア殿下に並んで、小声で苦情を言うけど取り合ってもらえない。
長く話し込んでいると仲がいいって受け取られかねないから、適当なところで諦めて兵士の方へ向く。
『多くは殿下が語ってくださいましたので、私から言う事はあまりありません。そもそも私は軍属ではなく、研究者です。戦争なんかより、実験の方を余程大切に思っています』
何を言い出すのか? と、拠点の騒めきが急に止まる。
支配していた熱が、一気に冷めた。
私は構わず続ける。
私まで戦意の向上に付き合う気はないから、声を荒げたりもしない。
『帝国を放っておけない事には同意しますし、戦争も仕方のない事だと思っています。しかし、いつまでも実験を止めておくつもりはありません。ですから、3日です』
何が?
静まり返った全員の視線が、同じ疑問を抱いて私へ集中していた。
『3日で帝国を完膚なきまでに叩き潰し、実験を再開します。ですから、皆さんもそのつもりでいて下さい』
これ以上言う事はない。
私は拡声魔法を止めて殿下の後ろへ下がったけれど、空気は凍ったまま動きださなかった。
「え? マジか?」
「戦争って3日で終わるものなのか?」
「いや、お嬢様だから現実を知らないだけじゃ……」
「屍鬼掃討作戦を34人の犠牲で終わらせたお嬢様だぞ?」
「つまり、そこらの指揮官より優秀って事じゃね?」
「3日……でも、叩き潰すとも言ったよな?」
「しかも、完膚なきまでだってよ。何するんだ?」
「まさか、帝国丸ごと地図から消すのか?」
「そんな事、でき…………そうだよな、あの人なら」
「でも3日はあり得ないだろ」
「実行できたら奇跡だよな」
「俺にとっては、ダンジョン化の生還だって奇跡だったよ」
「え? つまり、あり得るって事か!?」
しばらく置いてから、口々に戸惑いの声が漏れ始めた。どうも本気と受け取られなかったらしい。
まあ、いいや。
「其方、誇張がどうのと言っていなかったか?」
「事実を言っただけですよ。この戦争、私は3日で終わらせます」
「……」
不可解なものを見る目が返ってきた。
でも、無理を言ったつもりなんてない。決意を語った訳でもない。これくらいはできるって見通しくらいはあるからね。
前世では45分で終わった戦争もあったくらいだから、大風呂敷ってほどでもないと思ってる。開戦までまだ1週間あるし、入念な準備を終えてから取り掛かれるなら、それほど無謀な数字でもないよね。
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