出征要請
強大過ぎる魔導士への指示は、内密であってはならない。
私は誓約がまだだから魔導士候補でしかないけれど、アドラクシア殿下はその前提に沿って戦争への参加を要請してくれたみたい。
過去16人の魔導士の中には、当時の為政者が対応を間違えて事件に繋がった例もある。魔導士が平民、冒険者だった場合は特にね。貴族が出世の道具にしようと目論んだり、政争を有利に働かせる為に引き込もうとした王族もいた。当然の流れとして、その全員が痛い目を見ている。人間戦略兵器は甘くない。
そんな歴史があって、魔導士の扱いは慎重が強いられているし、魔導士自身も政治に対して公平が義務付けられている。
「それで私はともかく、オーレリアとノーラにまで命令が出たのは何故でしょう?」
謁見車両から応接室へ移動した後で、私はアドラクシア殿下を問い詰めていた。
未成年の出兵はあり得ない。
立場上、私は例外と受け入れているし、戦況が劣勢となればそうも言っていられないと知ってもいる。それでも何の理由もなく彼女達が戦場へ行かされる事に、納得はできなかった。
王族だからと言って何でも命令していい訳ではないと、圧を籠めて睨みつける。
オーレリアとノーラの方がオロオロしているけど、今は構ってあげられない。
アドラクシア殿下は唯々諾々と従わない私にうんざりした様子で溜め息を吐いてから、仕方無さそうに答えてくれた。
「オーレリア嬢については、ライリーナ女史からの要望だ。この機会に経験を積ませてほしいそうだ」
カロネイア将軍じゃなくてライリーナ様からと知って、戦争って現実の厳しさを教えてやってほしいとの副音声が聞こえた気がした。
戦争が教材になるとか、相変わらず戦征伯家の教育はハードモードだね。
そういった事情なら異論はない。
と言うか、ライリーナ様の方針に口を挟むとか怖い事はしない。夏が暑いからって、氷漬けになりたい訳じゃない。
「エレオノーラ嬢の従軍は私の希望だ。彼女にはこの戦争で功績を挙げてもらいたい」
「承諾できません。未成年であるノーラが戦争に行く必要などない筈です。私は彼女の保護者として、その強権を拒否します」
ノーラは魔眼保持者で、人より強力な水魔法が使えるけれど、それだけだよね。慣例を曲げる理由に足りるとは思えなかった。
オブ……なんちゃらの集いは解体したけれど、戦功を望む人なんて軍内にはいくらでもいる。戦場での活躍は彼等に任せればいい。戦争での功績とか、彼女に必要なものとも思えない。ノーラが心に傷を負うリスクの必要性を感じなかった。
アドラクシア殿下が私を魔導士扱いした時点で、私は王命に対してすら拒否権を持つ。制御が困難な魔導士は、当人の意向を無視して従わせる事はできない。
私はその特権を拡大解釈してでも、ノーラを守るつもりだった。
彼女は私と一緒ならと、許容してしまいそうだから尚更ね。
「……」
「……」
睨み合う私と殿下に対して、間に入ったのはジローシア様だった。
「そう頑なにならないで、スカーレットさん。この決定はエレオノーラさんの為でもあるのよ」
「……どういう事でしょう?」
戦争で辛いものを見る事が何故ノーラの為に繋がるのか、私にはまるで理解できないけれど、話を聞く姿勢は見せた。
「エッケンシュタイン伯爵家は断絶。その親族も全て刑罰対象になったのは知っているでしょう?」
「ええ。ですが彼女は私の庇護下にあるからと、連座対象を免れた筈です」
家が取り潰しになるような大罪だったから、連座は必須。一族郎党が捕らえられた。当然、貴族として扱われる事はなく、多くは死罪。関わりが薄い場合でも無期懲役になった。領民虐殺は当主のみで進めた事としても、それによって得た利益を甘受していた縁者が無関係ではいられない。
でもノーラは伯爵家の恩恵を受けた事はないと、彼女の出自を鑑みて連座対象から外れた。潜り込んでいた諜報部員の報告も後押しになったと聞いている。
その事を再び持ち出してノーラに償いを強いるなら、私は王家を敵に回す覚悟もあると警戒を強めた。
「そうですね。貴女の強い要望と、エッケンシュタインの民の希望を、私達王族も政府も受け入れました。それでも、エッケンシュタインの名を持つ彼女を受け入れられない者、慣習通りの連座を望む声が未だにあるのも知っているでしょう?」
「勿論です。その全てと戦う覚悟もあります。私にとって護るとは、そういう事ですから」
侯爵令嬢、研究者、聖女、子爵内定者、魔導士、あらゆる立場を全力で使う。場合によっては手段も択ばない。
それに、ここに来て聖女としても名声が、エッケンシュタインの窮状に手を差し伸べた事が生きた。当時伯爵令嬢だったノーラを前面に出した事もあって、彼女の厳罰免除を望む声が上がっているらしい。
私達の働きかけ無しで自然と声が高まった事実は大きい。
「知っています。貴女と敵対しようとは思っていませんよ」
「それに、一度王家が下した決定を覆すつもりはない」
「そう言っていただけて、私も安心しました」
ノーラに無理を強いようとしてるんじゃないって2人の意向を聞いて、私は少し警戒を解いた。
「……威圧しておいて良く言う。私は魔導士を抱えてきた為政者の苦労を思い知ったぞ」
「王者としての資質を試されますね」
「……」
他人事みたいに言ったら、殿下が凄く渋い顔になった。
物理的には決して敵わない人材を従わせなきゃいけないんだから、自らをしっかり律するしかないかな。歴史上、魔導士の傀儡である事を選んだ王族もいたみたいだけどね。
殿下達には、私が従ってもいいって思わせてくれる権力者であってほしいと思う。
「では、改めて訊かせていただけますか? 本来、戦場に立つべきでないノーラに、どうして殿下達は出征を命じられたのでしょう?」
「先ほど言った通りだ。私はエレオノーラ嬢に功績を上げてほしいと思っている。彼女の連座免除に不満を持つ貴族達を黙らせる為に、だ」
成程、私の庇護以外の守りを備えさせたい訳だ。
「そしてできるなら、今回の功績でエレオノーラさんには改めてエッケンシュタイン領を任せたいと思っています」
「……まだエッケンシュタインの名前を残す事に拘るのですか?」
「今更、そのつもりはない。300年前の導師には申し訳ないが、今のエッケンシュタインは悪名だからな」
「では何故?」
「エッケンシュタインの民が彼女による統治を望んでいる。それに尽きる。今は暫定的に国の直轄地としているが、現状、あの領地を混乱なく治められるのは其方か、エレオノーラ嬢くらいのものだからな」
「―――」
驚いた。
民の為、そして間違いなくノーラの為の提案だった。
彼女は私の庇護下にはあるけれど、その先の居場所を失くしている。貴族であり続ける事に拘る気はないようだけど、目指す先を見失って、また私への依存も強まっていた。
その彼女に未来をくれた。
「特殊な魔眼を国の為に生かしてほしいという打算もある。その名を継ぐ者がエッケンシュタインを立て直してくれるなら、300年前の偉業まで泥に塗れさせずに済むのも大きい。受けてもらえるか?」
派閥の強化や王家の影響力を高めようって訳ではなく、凄惨な状況にあった領地を救う為の決断だった。
私は感謝を伝える為に深く頭を下げた。
すぐ後ろでノーラも続く。
「エレオノーラ・エッケンシュタイン、受諾いたします。必ず、殿下達のご期待に応えてみせますわ」
自分で答えたノーラの声には張りがあった。
父親のせいで未来を、領民を奪われた事、引き摺っていたんだね。
彼女が覚悟を決めたなら、私に否なんてある筈がない。彼女が功績を積み上げられるよう、協力するだけだよね。
「功績が必要との事ですが、面倒な貴族を黙らせる為なら、その成果は分かりやすい方が良いですよね?」
「ああ、確かにそうだな」
「分かりました。では、帝国を圧倒して見せましょう。ぶっちぎりの成果を持って、ノーラに爵位をもたらせてみせます!」
「ふふふ、漸くスカーレットさんがらしくなってきたようですね」
戦場へ行く。
仕方がない事だとは分かっていても、気分は乗らなかった。でも、友達の為になるなら心構えが全然違うよね。
アドラクシア殿下は、掌を返した私を面倒臭そうに半眼で睨みながら続けた。
「私としても、其方達の活躍を期待している。其方達が築く王国の未来、野蛮で先見性のない帝国へ見せつけてやれ! 私は長く戦争を望んできたが、今、この瞬間に立ち会って思う。この国に必要なのは、戦争などと言う生産性のない行為ではない。発展に挑み続ける姿勢なのだと! 先に待つ新しい王国を作る為にも、戦争の早期終息を志してほしい!」
「「「はっ! お約束いたします」」」
魔導士に全力で取り組ませたい殿下の思惑かもしれないけど、私の心には火が入った。魔導士を権力や王家の威光で動かすのではなく、自発的に動くよう仕向けたんだから、殿下達の思惑で踊る事に躊躇いなんてない。
目の前にぶら下げられた人参を全力で追えばいい。
この数カ月の私の研究成果、全部帝国にぶつけてあげるよ。
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