17番目の魔導士
叙爵が内定したと言っても、今すぐどうこうといった話にはならない。
領地が貰えるかどうかって話もあるし、私が未成年なのでどこまで権限を持たせるかって議論もしないといけない。
新設する子爵家の臣下をノースマークから引き抜くのか、私が集めるのか、国に任せるのかって問題もある。基本は私が集めるんだろうけれど、身内を私の傍へ置いておきたい貴族の思惑が働く。紹介状が山ほど届くに違いない。
私が学院で全ての単位を揃えている事もあって、例外的な卒業って選択肢も挙がるかもしれない。
とにかく決める事は多くて、最低でも狭域化の再実験の後でないと、話はまとまりそうにないかな。私も王家専用飛行列車とか控えて体が空きそうにないって分かったし、半年は先だね。
「それで、話が逸れましたけれど、私への用とは何だったのでしょう?」
アルドール先生が何しに来たのかとか聞いてない。
「……申し訳ありません、私が話の腰を折ってしまいましたね。端的に言うと、スカーレット様の魔力を測定させていただきたいのです」
あー、なるほど。
基本的に魔力量や属性、使える魔法の詳細については報告を義務付けられていたりはしない。私やノーラの魔眼を公開していないのも同じだね。
でも、屍鬼討伐の私はやり過ぎた。
作戦に参加した人達の間では、既にいろいろな憶測が飛び交っている。彼等が王都に戻ったから、噂はあっという間に王都中へ広がるに違いない。特にワーフェル山消滅はインパクトが図抜けている。
酷い場合には、私は人間なのかって邪推もあるし、私自身も割と疑っている。
だから、私の脅威度を測っておきたいんだと思う。
私がどれだけの魔力を秘めているのか、そしてその制御は可能なのか。いつ爆発するか分からない危険物は近くに置いておけないし、強力な兵器になり得る私を取り込んでおきたいって思惑も感じる。
で、そんな懸念を払拭できる方法がある。
国に仕え、国の為に魔力を使うと、公の場で誓約してしまえばいい。
たったそれだけであっても、今後私が魔法を使うにあたって世間の目が向くようになる。常に監視されると言っていい。
ジローシア様が叙爵の話を魔力測定の後に持ってくるつもりだったのも、安全を確認した上で取り込もうって意図だったのだと思う。
不合格だった場合、国境近くに幽閉されるか、秘密裏に消されるかって未来が待っていただろうね。私相手にそれが可能かって前提は置いておいて。
誓約と言っても、行動を強制的に縛るような効力は働かない。せいぜい、有事の際に出征に応じる義務を負うくらいかな。
それでも、この方法で国民を安心させてきた実績がある。
初代国王や5代目、5度にも渡る帝国侵攻を押し返し、今の国境位置まで王国を広げた大将軍、国土の3分の1を蹂躙した魔黒竜討伐で活躍した大魔法使い、彼等はこの誓約を実現して功績を残した。
だから、国民は今回も大丈夫だろうという安心を得る。
そう思ってもらえるくらいの信用は得てきたって自負もある。
不安を拭えない人も個々には出るだろうけれど、誓約者が我欲の為に魔法を使わない事は国が保証してくれる。
爵位に名を連ねれば、説得力も更に増す。
「ではスカーレット様、こちらに目一杯の魔力を籠めていただけますか?」
そう言った事情ができてしまうから、測定用の魔道具を広げ終わったアルドール先生に、私は素直に従った。
ついでにこれが何かも知っている。
特製の魔力充填器で、古龍数匹分の魔力を収める事ができる。とてつもなく高価で、代替は利かないって事も把握している。
だから私は、魔道具全体を綺麗に飽和させたところで、魔力放出を止めておく。貴重な歴史的遺物を壊す訳にはいかない。
測定器の針は最大値を超えた上で、もう一回りしていた。
ジローシア様達の顔が引き攣ったのが分かる。
「……器用なものですね」
「慣れてますから」
他に言葉もないって様子のアルドール先生へは、何でもない事みたいに微笑んでおく。
伊達に、生活圏でモヤモヤさんを見たくないって理由で10年以上にも渡って、身の回りの全てに魔力を飽和させたりしていない。最近は魔導変換器に任せきりだったけど、それで腕が鈍るなんて事もない。
「まさかとは思いましたが、想定以上でしたね。この装置を使って測定不能とは驚きました。地殻崩しの魔法使いでもこんな事はなかったそうですからね」
「地盤を砕いて魔黒竜を縫い止めたって魔法使いですよね」
王国史でも最強と謳われる1人で、他に焦滅、海嘯って卓越した魔法使いが並ぶ。特に地殻崩しは歴代最高の魔法出力を誇ったと言われており、彼がいなければ王国は再起できなかっただろうと歴史家は語る。
直接現場を見ていないアルドール先生達は、山を消したと聞いて彼の伝承程度のものを想像したんだと思う。でも、地面を割るのと山を消滅させるのでは大きな乖離があるよね。
「歴史を塗り変えてしまいましたね。とても測定できそうにありません。しかも、随分余裕があるようですね」
「いえ、これでもかなり減ったので驚いてますよ。4分の1は消費したでしょうか?」
「…………よ、4分の1……!」
「はぁ、とにかくとんでもなかったと、要領を得ない報告が届く訳ですね」
正直に話したら、揃って頭を抱えられてしまった。
ワーフェル山の時はモヤモヤさんの供給有りだったから、また条件が違うけどね。でも、あの時は無理を重ね過ぎていたので、万全な今ならもっと威力を出せると思う。
虚属性なんて今は報告できないものもあるし、これでも頭を悩ませないように気を使ってるんだよ?
「いいでしょう。上限が不明ではありますが、制御に問題がない事は確認できました。暴発させる危険はないと判断します。魔法で問題を起こした話は届いていませんし、普段から付与魔法を使っているとも聞いていますしね」
魔法があるせいで、人知が及ばない人材はしばしば登場する。頭ごなしの強制は反発を生むから、ある程度は良識に任せるしかないのかもしれない。
「王国における17人目の魔導士として登録を進めます。子爵への叙任式に合わせて、誓約を行ってもらう事になるでしょう。スカーレットさんはそのつもりでいてください」
魔導士。
誓約で強力過ぎる魔法の使い方を戒めた者をそう呼ぶ。それだけ特殊な魔法使いだって称号だね。
同時に、王国の最大戦力にも数えられる。
ちなみに、カロネイア将軍もこれの候補に挙がった事があるらしい。
あの人は強化に特化しているから、暴走する危険は少ないだろうって判断になったんだけど、戦征伯が本気で暴れた場合は数を集めたくらいで収められるとは思えない。王城を平らにするくらいはできるんじゃないかな。魔法的な防御諸共粉砕しそう。
結局、彼の人となりと実績から、国に害成す事はないって誓約に近い信頼を得たのだとか。
お父様とお母様も、私もそんなふうに育つよう色々考えていたのかもって、今更ながらに思った。
「でも私、軍属になる気はありませんよ?」
「……分かっています。これまでの魔導士の活躍場所は魔物の討伐や戦争に限られていましたが、貴女をそんなふうに縛る事はしません。何より、勿体無いですから」
歴代の魔導師の中には王様もいたし、例外は今に始まった事じゃない訳だ。
つまり、好きに研究を続けていいって事だよね。
基本的に今まで通りでいい、と。
それなら、問題なんて無いね。
「畏まりました。誓約を持って忠誠を示し、これからも王国の為に励むと、約束致します」
私は普段命令を受けた時と同様に、座ったまま深く頭を下げた。
調子の良い事を、なんてふうにジローシア様が睨んでいる気もするけど気にしない。
「今後も貴女の貢献を期待します。強力過ぎる魔法に溺れて、我々王族の信頼を裏切る事のなきよう、留意してください」
「はい、必ず」
子爵になったからって、17人しかいない魔導士に数えられたからって、私は私にしかなれない。
今更臨界魔法を振り回して周囲を従わせるほど暇じゃないし、研究に没頭していれば少し便利なものでしかないし、心配はいらないって保証くらいはできるよ。
あ、魔導士手当って付くんだっけ?
研究に回せる費用の増額は大事だよね。
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