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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
魔物氾濫編

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怒らせてはいけない子

 兵士達に遅れて、私達も伯爵邸だった瓦礫の山に降り立つ。


 もっとも、私達は見届けるだけなので、特に何をするって事もない。かなり荒っぽい様子でウィードさん達が樽を拘束していくのをぼんやり眺めていた。


「ぎゃひっ!」


 だとか、


「うぎっ!!」


 だとか、時々悲鳴も混じるけど、特に気にする事もない。


 あと、侯爵の私にこんな仕打ちが許されると思っているのか……って叫んでいるのを聞いて、割と本気で引いた。

 10年以上侯爵気分のままなんて、頭、大丈夫?


 自分の欲望を満たす為に民を売った最悪の犯罪者、しかも、そうして得た財を注ぎ込んだのが、あの卑俗な庭と腹の肉だけとなると、ウィードさん達が怒気を滲ませるのも当然だと思う。

 偽フォーゼさんが犯罪に手を染めて生きるしかなかったのも、あの樽の治世が原因らしいしね。


 当たり前だけど、爵位を剥奪されるような大罪人に人権なんて保障されていない。犯罪者への暴行や拷問に制限が付くほど、この国の法律は甘くない。特に貴族は様々な特権が許される分、その範疇を逸脱した場合の刑罰は苛烈になる。


 それより、私は伯爵の右手が金ピカなのが気になっていた。


「あれ、自分の腕まで装飾している訳じゃないよね?」

「あの庭を見た後だと、無いと言いきれませんけど、おそらくあの魔道具が原因ではないですか? 甘い話で唆された結果の事故でしょう」


 確かに、ドアノブみたいな魔道具が転がっている。

 逃走資金でも作ろうとしたのかな?


 私は好奇心に負けてその魔道具を拾い上げる。


「あ」


 執事っぽい人が声を上げたけど、私は特に気にしない。

 虚属性を制御できるようになった私は、呪詛に浸食される心配がない。誘引力で呪詛が流れ込んでくる訳だから、その性質を反転させれば干渉は防げる。


「人体を金に……まるで異なる物質への変換って事だよね? どんな原理なんだろ?」

「金……金属、地属性の作用でしょうか?」

「いいえ、属性は内部で混濁していますわ。単一属性の効果ではありません」

「複数の属性が入り混じる……ダンジョンみたいな感じ? もしかして、ダンジョンが特殊な金属を生む機構の再現って事?」

「いいえ、あそこまで混沌としていません。属性は地を含む3……4種類でしょうか? これでダンジョンを再現できるとは思えませんわ」


 残念。


 私が期待したほどの機能はないみたい。


 この魔道具を提供したのはニンフって人だと思うから、体のいい暗殺道具だったのかもしれない。適当な甘言を吹き込んでおけば、欲をかいた伯爵が勝手に黄金像に成ってくれる。


 それでも、どんな回路なのだろうと基盤を覗き込んで、更にがっかりした。


「駄目だね、これ。目的をもって装置を組んでるんじゃなくて、適当に魔導線を絡めた結果、偶々人を黄金に変える機能が生まれたんだと思う。意味の分からない配線でいっぱいだよ。元々、別の魔道具を作ろうとした失敗作かもね」


 例えるなら、子供の落書きが評論家の感性に刺さったのに近い。評論家はその絵に籠められた意味を絶賛するけど、その子にそんな意図はない……みたいな。


「付与の構築も酷いものですね。術式も行き当たりばったりで、再現なんて考えていません。魔道具に対する冒涜ですわ」


 ノーラも不機嫌だった。

 魔道具開発に携わるようになって、不細工な回路に思うところがあるらしい。


 そんな彼女の声を聞いて、ボンレスハムみたいに縛られた伯爵も、ここで漸くノーラの存在を知ったらしい。


「エレオノーラ? お前、エレオノーラか!? 何をしている! 儂がこんな目に遭っているのが見えないのか? まさか、裏切るつもりではないだろうな。育ててやった恩を忘れたのか? 早く助けろ、愚図が!!」


 は!?


 どの口でそんな寝言を言えるの?

 何処にそんな義理が?


 聞くに堪えない。

 1秒だってノーラの傍に置いておきたくない。


「―――黙りなさい」


 強制的に口を閉じさせようと拳を握った時、静かにノーラの怒りが爆発した。


 一瞬で場の空気が冷える。


 いや、雰囲気がって意味だけじゃなくて気温的に。

 北のノースマークでも滅多にないってくらいの冷気が周辺を満たす。


 勿論、とても寒い。

 できるなら、空気を読まずに今すぐ火魔法で暖を取りたい。全身が震えて、歯がガタガタ鳴っている。


 でも、直接冷気をぶつけられた伯爵は、こんなものでは済まなかった。見ると、左半身が凍結していた。

 当たり前だけど、解凍したからって元の機能は戻らない。水は凍ると膨張する。その為、ほとんどを水分で構成した人間の細胞は、冷凍すると膨らみ、破損する。伯爵の左手足は壊死して切るしかなくなるだろうね。

 それで生活に困るくらい、生きていられるとも思わないけども。


「―――! ―――!」


 伯爵はまだ何か言っているようだったけど、唾液も凍ったみたいで彼の口は開かない。


「ノーラちゃんってば、なかなかやるわね」


 視界の端では、同じく水属性のライリーナ様が感心していた。普段、魔眼の鑑定能力ばかりが目立ちがちだけど、卓越した水属性術師が称賛するくらいの腕前なんだね。

 怒らせた事がないから知らなかったよ。


「貴方はただの犯罪者ですらありません。300年に渡る栄光を終わらせた愚か者です。その所業は国中の笑い者になるでしょうし、悪名はいつまでも語り継がれるでしょう。貴方にできる償いは、被害者の怒りと憎悪をその身で受けて処刑される事だけですわ。せめて、彼等の捌け口となってください」


 以前、ノーラが伯爵家を継いだ場合の家族の処遇について確認した時の通り、彼女の決断に容赦はない。罪には罰を、直接対峙しても彼女の根は変わらない。


「助ける? わたくしにそんな権限はありませんし、そんな心算もありません。ですが、恩があるのは確かです。貴方がどんな意図だったにせよ、学院に通い、スカーレット様と出会う機会を作ってくれました。そして離れで過ごしたおかげで、エッケンシュタイン(あなたたち)の思想に染まらずに済みました。ですから、貴方に下される裁きと罰を、最後まで見届けて差し上げます」


 ノーラのそんな決意を聞いても、樽伯爵は観念する様子を見せなかった。

 碌に身動きも取れないのに暴れ、口も開かないのに何か罵っていた。


 自分は悪くない。全部ノーラの、ニンフの、ノースマークのせいだとでも言ってたんだと思う。

 省みるって事を知らない様子に、呆れすら湧いてこなかった。


 ノーラもそれ以上は言葉を重ねない。

 理解できない、するつもりもない相手に、かける言葉なんて存在しない。


 樽伯爵はウィードさんとガイムさんに転がされて行った。


 視界に入ると不快なのは間違いないから、ウェルキンに吊って帰っても良いかもね。


「ノーラ、お疲れ様。言いたい事は言えた?」

「……言いたい事なんてありませんわ。わたくしが何を言っても届かない事は、ずっと前から知っていましたもの。ただわたくしは、領主として決して許されない事をした父を、確実に捕らえたかっただけです」

「……そっか」


 それが本心にせよ、そうでないにせよ、私が踏み込める事ではないかな。


「それより、ありがとうございます、スカーレット様」

「ん? 何が?」

「貴方のおかげで、わたくしはあんな風にならずに済みました」

「ノーラも言っていたでしょう? 隔離されていたおかげだって。私に出会わなかったとしても、ノーラはノーラだったと思うよ。私がした事なんて、便利に扱き使ったくらいだし」

「……はい。そんなスカーレット様ですから、これからも扱き使われたいと思うのですわ」


 頼まれなくてもお願いしたい事は多いけど、扱き使われたいなんて改めて笑顔で言われると、彼女の今後が不安になるよね。


 なんて思いながら周りを見ると、ライリーナ様が兵士に次の指示を出していた。銃を構えて屋敷を包囲していた人達は、飛行ボードで街へ散って行く。

 樽の逮捕より、臨界魔法の後始末の方が大事になったね。


「で、レティちゃん。あっちはどうするの?」


 ライリーナ様が差す方には、執事みたいな恰好をした人がいた。

 手にしたナイフと物腰を見れば、見た目通りの素性ではないと分かる。前に会った時は気付けなかったから、今は隠す事を止めたんだろうね。

 柔和に微笑んで見えるけど、そこに感情は伴っていない。


 貴族の屋敷にあの手の人間を忍ばせられるところなんて、諜報部くらいしか思いつかない。しかも貴族を害する命令が出せるとなると、身分的にその上しかいないかな。


「貴方の任務を邪魔した形になりますが、何か問題はありますか?」

「……いいえ、介入を許した時点でわたくしの不手際でしょう。リデュースにいた筈の貴女が関わって来るとは考えていませんでした。凄いものですね、飛行列車の機動力は」


 多分、専用の小型車とか手に入れるんだろうね。

 その情報が私のところにまで回ってくる可能性は低いけど。


「何より、ニンフなる男との繋がりを許してしまった事自体が、私の大きな失態です。伯爵の悪事が知れ渡ってしまった以上、最後はついでのようなものでしたから。そう言った訳で、今回は大人しく引かせていただきます。」


 彼は、執事の見た目らしく丁寧な礼と共に答えた。


 確かに、暗殺するなら領民の虐殺が明るみに出る前でないといけなかった。隠蔽するのが仕事だったろうしね。


「1つ伝言を頼んでいいですか?」

「……承りましょう」


 誰に、とか言わない。

 命令を出したのが誰なのか、問い詰めたところで口を割るとも思えない。


「私はこういったやり方は好みません、と。貴方の主へ伝えてください」

「……畏まりました。わたくしからも宜しいでしょうか?」


 切り返されるのは意外だった。

 立場上、他者との接触は最低限にとどめると思っていたよ。


「わたくしに望む資格など無いのですが、エレオノーラ様をお願いします。できれば守っていただきたい」


 内容はもっと意外だった。

 こうして言葉を交わしていても会話してるって実感が乏しいのに、感情とか持ってたんだね。


 でもそんな事は頼まれるまでもない―――そう答える前に、執事風の男は深々礼をして、あっという間に背を向けていた。

 一方的に告げただけで、返事は期待していないらしい。


 隣ではノーラも深く頭を下げていた。

 詳しく聞いた事はないけど、何か繋がりがあったのかもね。彼女はその背が見えなくなるまで、頭を上げようとしなかった。


 他の使用人が何処行ったとか、気になる事はあるけど、きっと報告書が上がってくるよね。


「じゃ、帰ろっか」

「はいっ! 今度こそ、わたくし達の研究室へ―――」


 こうして、私達の寄り道は終わった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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