怒らせてはいけない子
兵士達に遅れて、私達も伯爵邸だった瓦礫の山に降り立つ。
もっとも、私達は見届けるだけなので、特に何をするって事もない。かなり荒っぽい様子でウィードさん達が樽を拘束していくのをぼんやり眺めていた。
「ぎゃひっ!」
だとか、
「うぎっ!!」
だとか、時々悲鳴も混じるけど、特に気にする事もない。
あと、侯爵の私にこんな仕打ちが許されると思っているのか……って叫んでいるのを聞いて、割と本気で引いた。
10年以上侯爵気分のままなんて、頭、大丈夫?
自分の欲望を満たす為に民を売った最悪の犯罪者、しかも、そうして得た財を注ぎ込んだのが、あの卑俗な庭と腹の肉だけとなると、ウィードさん達が怒気を滲ませるのも当然だと思う。
偽フォーゼさんが犯罪に手を染めて生きるしかなかったのも、あの樽の治世が原因らしいしね。
当たり前だけど、爵位を剥奪されるような大罪人に人権なんて保障されていない。犯罪者への暴行や拷問に制限が付くほど、この国の法律は甘くない。特に貴族は様々な特権が許される分、その範疇を逸脱した場合の刑罰は苛烈になる。
それより、私は伯爵の右手が金ピカなのが気になっていた。
「あれ、自分の腕まで装飾している訳じゃないよね?」
「あの庭を見た後だと、無いと言いきれませんけど、おそらくあの魔道具が原因ではないですか? 甘い話で唆された結果の事故でしょう」
確かに、ドアノブみたいな魔道具が転がっている。
逃走資金でも作ろうとしたのかな?
私は好奇心に負けてその魔道具を拾い上げる。
「あ」
執事っぽい人が声を上げたけど、私は特に気にしない。
虚属性を制御できるようになった私は、呪詛に浸食される心配がない。誘引力で呪詛が流れ込んでくる訳だから、その性質を反転させれば干渉は防げる。
「人体を金に……まるで異なる物質への変換って事だよね? どんな原理なんだろ?」
「金……金属、地属性の作用でしょうか?」
「いいえ、属性は内部で混濁していますわ。単一属性の効果ではありません」
「複数の属性が入り混じる……ダンジョンみたいな感じ? もしかして、ダンジョンが特殊な金属を生む機構の再現って事?」
「いいえ、あそこまで混沌としていません。属性は地を含む3……4種類でしょうか? これでダンジョンを再現できるとは思えませんわ」
残念。
私が期待したほどの機能はないみたい。
この魔道具を提供したのはニンフって人だと思うから、体のいい暗殺道具だったのかもしれない。適当な甘言を吹き込んでおけば、欲をかいた伯爵が勝手に黄金像に成ってくれる。
それでも、どんな回路なのだろうと基盤を覗き込んで、更にがっかりした。
「駄目だね、これ。目的をもって装置を組んでるんじゃなくて、適当に魔導線を絡めた結果、偶々人を黄金に変える機能が生まれたんだと思う。意味の分からない配線でいっぱいだよ。元々、別の魔道具を作ろうとした失敗作かもね」
例えるなら、子供の落書きが評論家の感性に刺さったのに近い。評論家はその絵に籠められた意味を絶賛するけど、その子にそんな意図はない……みたいな。
「付与の構築も酷いものですね。術式も行き当たりばったりで、再現なんて考えていません。魔道具に対する冒涜ですわ」
ノーラも不機嫌だった。
魔道具開発に携わるようになって、不細工な回路に思うところがあるらしい。
そんな彼女の声を聞いて、ボンレスハムみたいに縛られた伯爵も、ここで漸くノーラの存在を知ったらしい。
「エレオノーラ? お前、エレオノーラか!? 何をしている! 儂がこんな目に遭っているのが見えないのか? まさか、裏切るつもりではないだろうな。育ててやった恩を忘れたのか? 早く助けろ、愚図が!!」
は!?
どの口でそんな寝言を言えるの?
何処にそんな義理が?
聞くに堪えない。
1秒だってノーラの傍に置いておきたくない。
「―――黙りなさい」
強制的に口を閉じさせようと拳を握った時、静かにノーラの怒りが爆発した。
一瞬で場の空気が冷える。
いや、雰囲気がって意味だけじゃなくて気温的に。
北のノースマークでも滅多にないってくらいの冷気が周辺を満たす。
勿論、とても寒い。
できるなら、空気を読まずに今すぐ火魔法で暖を取りたい。全身が震えて、歯がガタガタ鳴っている。
でも、直接冷気をぶつけられた伯爵は、こんなものでは済まなかった。見ると、左半身が凍結していた。
当たり前だけど、解凍したからって元の機能は戻らない。水は凍ると膨張する。その為、ほとんどを水分で構成した人間の細胞は、冷凍すると膨らみ、破損する。伯爵の左手足は壊死して切るしかなくなるだろうね。
それで生活に困るくらい、生きていられるとも思わないけども。
「―――! ―――!」
伯爵はまだ何か言っているようだったけど、唾液も凍ったみたいで彼の口は開かない。
「ノーラちゃんってば、なかなかやるわね」
視界の端では、同じく水属性のライリーナ様が感心していた。普段、魔眼の鑑定能力ばかりが目立ちがちだけど、卓越した水属性術師が称賛するくらいの腕前なんだね。
怒らせた事がないから知らなかったよ。
「貴方はただの犯罪者ですらありません。300年に渡る栄光を終わらせた愚か者です。その所業は国中の笑い者になるでしょうし、悪名はいつまでも語り継がれるでしょう。貴方にできる償いは、被害者の怒りと憎悪をその身で受けて処刑される事だけですわ。せめて、彼等の捌け口となってください」
以前、ノーラが伯爵家を継いだ場合の家族の処遇について確認した時の通り、彼女の決断に容赦はない。罪には罰を、直接対峙しても彼女の根は変わらない。
「助ける? わたくしにそんな権限はありませんし、そんな心算もありません。ですが、恩があるのは確かです。貴方がどんな意図だったにせよ、学院に通い、スカーレット様と出会う機会を作ってくれました。そして離れで過ごしたおかげで、エッケンシュタインの思想に染まらずに済みました。ですから、貴方に下される裁きと罰を、最後まで見届けて差し上げます」
ノーラのそんな決意を聞いても、樽伯爵は観念する様子を見せなかった。
碌に身動きも取れないのに暴れ、口も開かないのに何か罵っていた。
自分は悪くない。全部ノーラの、ニンフの、ノースマークのせいだとでも言ってたんだと思う。
省みるって事を知らない様子に、呆れすら湧いてこなかった。
ノーラもそれ以上は言葉を重ねない。
理解できない、するつもりもない相手に、かける言葉なんて存在しない。
樽伯爵はウィードさんとガイムさんに転がされて行った。
視界に入ると不快なのは間違いないから、ウェルキンに吊って帰っても良いかもね。
「ノーラ、お疲れ様。言いたい事は言えた?」
「……言いたい事なんてありませんわ。わたくしが何を言っても届かない事は、ずっと前から知っていましたもの。ただわたくしは、領主として決して許されない事をした父を、確実に捕らえたかっただけです」
「……そっか」
それが本心にせよ、そうでないにせよ、私が踏み込める事ではないかな。
「それより、ありがとうございます、スカーレット様」
「ん? 何が?」
「貴方のおかげで、わたくしはあんな風にならずに済みました」
「ノーラも言っていたでしょう? 隔離されていたおかげだって。私に出会わなかったとしても、ノーラはノーラだったと思うよ。私がした事なんて、便利に扱き使ったくらいだし」
「……はい。そんなスカーレット様ですから、これからも扱き使われたいと思うのですわ」
頼まれなくてもお願いしたい事は多いけど、扱き使われたいなんて改めて笑顔で言われると、彼女の今後が不安になるよね。
なんて思いながら周りを見ると、ライリーナ様が兵士に次の指示を出していた。銃を構えて屋敷を包囲していた人達は、飛行ボードで街へ散って行く。
樽の逮捕より、臨界魔法の後始末の方が大事になったね。
「で、レティちゃん。あっちはどうするの?」
ライリーナ様が差す方には、執事みたいな恰好をした人がいた。
手にしたナイフと物腰を見れば、見た目通りの素性ではないと分かる。前に会った時は気付けなかったから、今は隠す事を止めたんだろうね。
柔和に微笑んで見えるけど、そこに感情は伴っていない。
貴族の屋敷にあの手の人間を忍ばせられるところなんて、諜報部くらいしか思いつかない。しかも貴族を害する命令が出せるとなると、身分的にその上しかいないかな。
「貴方の任務を邪魔した形になりますが、何か問題はありますか?」
「……いいえ、介入を許した時点でわたくしの不手際でしょう。リデュースにいた筈の貴女が関わって来るとは考えていませんでした。凄いものですね、飛行列車の機動力は」
多分、専用の小型車とか手に入れるんだろうね。
その情報が私のところにまで回ってくる可能性は低いけど。
「何より、ニンフなる男との繋がりを許してしまった事自体が、私の大きな失態です。伯爵の悪事が知れ渡ってしまった以上、最後はついでのようなものでしたから。そう言った訳で、今回は大人しく引かせていただきます。」
彼は、執事の見た目らしく丁寧な礼と共に答えた。
確かに、暗殺するなら領民の虐殺が明るみに出る前でないといけなかった。隠蔽するのが仕事だったろうしね。
「1つ伝言を頼んでいいですか?」
「……承りましょう」
誰に、とか言わない。
命令を出したのが誰なのか、問い詰めたところで口を割るとも思えない。
「私はこういったやり方は好みません、と。貴方の主へ伝えてください」
「……畏まりました。わたくしからも宜しいでしょうか?」
切り返されるのは意外だった。
立場上、他者との接触は最低限にとどめると思っていたよ。
「わたくしに望む資格など無いのですが、エレオノーラ様をお願いします。できれば守っていただきたい」
内容はもっと意外だった。
こうして言葉を交わしていても会話してるって実感が乏しいのに、感情とか持ってたんだね。
でもそんな事は頼まれるまでもない―――そう答える前に、執事風の男は深々礼をして、あっという間に背を向けていた。
一方的に告げただけで、返事は期待していないらしい。
隣ではノーラも深く頭を下げていた。
詳しく聞いた事はないけど、何か繋がりがあったのかもね。彼女はその背が見えなくなるまで、頭を上げようとしなかった。
他の使用人が何処行ったとか、気になる事はあるけど、きっと報告書が上がってくるよね。
「じゃ、帰ろっか」
「はいっ! 今度こそ、わたくし達の研究室へ―――」
こうして、私達の寄り道は終わった。
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