私達の闘いの裏側で
イーノック皇子の暗殺を目論んだニンフと言う男の話。
それで最近の呪詛絡みの全てが繋がった。
リグレス大佐達への取り調べで、収穫祭の襲撃は彼等の嫌がらせだった事が判明している。あの時点で既に狭域化実験は確定してたから、私を害する事で中止に追い込みたかったらしい。私が魔物の恐ろしさを知れば、泣いて実験を取りやめると思っていたんだとか。馬鹿馬鹿しい。
ただ、今回のワーフェル山丸ごとダンジョン化と比べると手段が甘いので、ニンフと言う男からすると、今回に繋がる伏線だったのかもしれない。
私を排除する為に手を貸すと言う前例を作って、失敗しても大した事にはならないって油断を誘った。その伏線を引いたせいで、ダンジョン化を実行したデーキン准尉は最初の犠牲者となっている。運悪く、じゃなくて初めから死ぬ事が前提だった可能性もあるね。
そして偽フォーゼさんを使ってエッケンシュタイン伯爵を唆し、ダンジョン化を可能とするだけの呪詛を得た。
これをノーラに話すのは気が重いね。
つい、彼女が残った拠点の方を窺ってしまう。
「そしてあの男が何を企んでいたのか、何よりこの実験場で何が起こるのかについて、全て吐かせました」
オーレリアが言い切る以上、その男は相当酷い目に遭ったんだろうね。
死を厭う私だけど、その人には欠片も同情しないよね。
「それが4日前、と」
「ええ、できる限りの準備を、と動いていた3日目にクラリックさんから情報がもたらされました。あの男が言うには、今にも辺境で事件が起きていそうな様子でしたから、気が気じゃありませんでしたよ」
なんでも、事件の一報を聞いてむしろ安心したらしい。
これなら間に合うかもって希望に思えたんだとか。
「あの男にしてみれば、飛行ボードの伝達速度は想定外だったのかもしれませんね。普通の手段で辺境に向かったのなら、もう全て終わっているだろうって驕りがあったのでしょう。おかげで先行して準備する時間が得られました」
「それもあるけど、単純にダンジョン化が予定より遅れただけかもしれないね。リグレス大佐達の頭の中では、トゥーム山の魔物の殲滅は1週間で終わっていたらしいから」
実際はその倍をかけて、まだ終わっていない。
気位だけは無駄に高い人達だったから、自分達が足を引っ張った状況のまま実験を有耶無耶にするのは抵抗があったのかもしれない。ニンフって男がそれを知る手段なんてないから、先に暗殺事件を起こしたとも考えられる。
その仮説を聞いたオーレリアは、益々怖い顔をした。
私を戦争の引き金にしようとした男に、いろいろ思うところがあるみたい。
「なるほど、利用したつもりで足を引っ張られた可能性もありますか。まだまだ引き出さなくてはいけない情報も多そうですね。ウフフ……」
「私もあるかな。呪詛魔石の設置がどうしてワーフェル山だったのかとか、呪詛技術と悟らせないままデーキン准尉に使わせるのはどうやったのかとか」
その分、その男は痛い目に遭うんだろうけど、私が気にする事じゃないよね。
「勿論、発覚してすぐに使者を送ったのですけど……間に合わなかったようですね」
「それは仕方ないよ。クラリックさんみたいな体力お化けじゃないと、風を受けながら王都まで連続で飛ぶなんて、現実的じゃないからね」
その時点、王都で飛行ボードを扱えるのは研究室の関係者しかいない。研究職の人にそんな体力を望む時点で間違っているよね。多分、休憩を挟みつつこちらに向かっているから、ミーティアで追い抜いてきたんじゃないかな。
無理した結果、事故に遭ってる可能性もあるし、後で拾ってあげないとね。
「クラリックさんの到着の時点でミーティアの準備は終わってましたから、用意したものを積めるだけ積み込んでこちらへ急いだのです」
「いやいや、大事な説明が飛んでるよ。いつの間にミーティア用の後続車両とか作ったの? アイテムボックス魔法もそうだし、制作を見送った筈の突撃外装が完成してるのはどうして?」
いろいろ尽きない私の疑問には、ウォズが代わって答えてくれた。
「スカーレット様達が出発された後ですが、飛行列車の試作3号を軍に納品するよう、正式に依頼されたのです。そして制作中の3号には突貫衝角の採用も決まりました。後続車両も含めて、今回ミーティアに使っているのは、その流用ですね」
知らないところで、キャシーが小躍りしそうな計画が進んでいたみたい。今度は何て名前にするつもりだろ?
「でもアイテムボックス魔法は? ウェルキンに実装が決まった時点で魔道具に再現する為の魔法式の構築は終わらせたけど、実際に基盤が作れる技術者はいなかった筈だよね?」
魔道具を作る為には、付与魔法が要る。
そして、付与術師は魔道具の属性毎に育てないといけない。私の作る魔道具の多くが無属性になるけど、その育成は遅れていた。
無属性術師の絶対数自体が少ないし、これまで無属性魔法が重要視されてこなかった。しかも多くの無属性の人は魔力量が少ない事もあって、術師に向いていないと他の職業を選ぶ傾向にあった。無用の無属性、なんて揶揄される事も珍しくないくらいだったから、人材自体が見つからない。研究室の無属性付与は全て私の担当だった。
「そこは、回復薬の開発以来育てていた芽が、漸く開花したってところですね。ビーゲール商会が全力で育成していましたから、何とか数人だけ形になりました。勿論、魔力の充填は魔導変換に頼ってますが」
「……つまり、かなり無茶させたって事だよね?」
「破格の待遇で迎えましたから、それに見合う結果を求めただけですよ」
「ん? 迎えた?」
「ええ、去年は魔塔にいましたから。元々優秀な付与術師でしたが、更に才能を伸ばしていますよ」
ビーゲール商会は大事な局面での投資を躊躇わない。しかも、お金を積み上げれば大抵の事は何とかなると知っている。
特に私の分割付与のおかげで資金は潤沢な筈だから、場合によっては強引が過ぎて質が悪いかもしれない。私としても、長期的に人材を育てようって話してる中、魔塔で下地の整った人を引き抜いて来るって発想はなかったよ。
アルドール先生も魔塔の立て直しに忙しい中、知人に優秀な人材を引き抜かれるとは思ってなかっただろうな……。
「……じゃあ、魔法籠手をはじめとして装備が妙に整っているのはどうして? 研究室の人手だけで量産に足りていた筈もないし、他から協力者を集めるとしても、かなり無茶を通す必要があったんじゃない?」
「それは確かにそうですが、無茶が無茶でなくなる大義名分がありましたから」
「大儀? 名分?」
「ええ。暗殺事件が明るみになった後、帝国の暗躍を全力で阻止すると、国王陛下からの告示があったのです。ダンジョン化の解決はその為に必須でしたから、多くの商会の協力も得られました」
つまり、本来なら借りられる筈のない人手も使ったんだね。責任もお金も国持ちで。
「もっとも、陛下の決定が下るより早く、ウォズは動いてましたけどね」
「……どういう事?」
「国の決定を待っていると1日以上無駄にしそうでしたから、少し裏技を使っただけですよ。詳細は存じませんが、スカーレット様は陛下から勅書を受けていますよね?」
虚属性研究の件だね。
なんでウォズが把握してるのか知らないけども。
「内容は伏せられていても、勅書自体は公式なものですから存在は隠せません。そしてスカーレット様はそれを遂行する責任を負いますが、周囲にも協力の義務が課せられます。ですから俺は、スカーレット様が辺境で害される事は王命に反するのも同然だと触れ込んで回りました」
「拡大解釈が過ぎない?」
「あくまでも、陛下が決断を下されるまでの一時的なものですから。それに、そう言った手段で準備を先行させる事は、ジローシア様から了解を貰っていますよ」
あー、ビーゲール商会の資金力どころか、人脈までフル活用した訳だ。
ニンフって男の発言は信憑性を確認しないといけないし、国の決定には時間がかかる。でもって、陛下は勿論、両殿下もそれにかかりきりになる。その状況で、私の名前を出せば優先的に面会が通りそうなジローシア様を狙うあたり、抜け目なさを感じる。
どうしよう? ウォズが本気過ぎるよ。
「勿論、ジローシア様への面会は私が手続きしました。お父様に動いてもらう為でもありましたから仕方ありませんけど、あんなに緊張する面談は、できれば二度としたくないですね」
「でも案外気に入られていましたよね。近くお茶会に誘うと言われてませんでしたか?」
「……思い出させないでください。忘れていたいんです!」
あの人、国の為になる人材は大好きだからね。
アドラクシア殿下のいないところで会いに行ったから尚更だと思う。
「あはっ、あはは、あははははははっ! 2人とも、最っ高!! 愛してるよ!」
私だけが、私達だけが戦っていると思ってた。
ここに居るのは私達だけだから、仕方ないって諦めていた。
でも違った。
遠く離れた王都でも、できる事をしようと足搔いてくれる人がいた。
暗殺を未然に防いで王国軍を動かしてくれたオーレリアがいた。
手段を択ばず、ウォズは装備を充実させてくれた。
クラリックさんが最速で情報を届けてくれた。
多くの人が、私達を支えてくれていた。
負けない。
これで私達が負ける筈がない。
私は胸に湧き上がる思いを皆に伝える為、拡声魔法を使った。
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