実は限界です
『Guuuu……』
肥大化スライムを無防備に受けた大地竜は、その身を竦ませたまま動かなくなった。
唸り声は発しているけれど、それぞれ6ヵ所を固定化された竜は、もう脅威になり得ない。守りを固めようとしたせいで、身体を丸めたままになっている。部分的に動く箇所も、竜自身と地面に挟まれてしまって可動域はほとんどない。
「やった、やったぞ! 竜を、竜を倒したんだ!!」
「見ろよ、あんなに恐ろしかった竜が完全に固まっちまった!」
「……ばっか、喜ぶのがはえぇよ。まだ屍鬼を山ほど相手にしなきゃ、だろ」
「お前こそ笑ってんじゃねーか。少なくとも、この化け物に脅かされずに済むんだから、今は喜んどきゃいいんだよ!」
「はは……、今更震えてきやがった」
「そりゃ、そうだ。俺達生きてる。……生きてるんだもんな」
周囲から歓声が上がった。
まだまだ問題は山積みだけど、嬉しいに決まってる。
特にここに居る人達は、竜の咆哮で地面に叩きつけられた時、死んでいてもおかしくなかった。もう駄目だと受け入れた人もいたと思う。
良かった。
私は彼等を助けられた。
とは言え、私達が竜に対して何かできるのはここまでなんだけどね。
完全に討伐できるなら、冒険者は竜殺しって栄誉が得られるし、私も素材が欲しい。
でも、倒しきるには圧倒的に火力が足りていない。
それに動きを封じたとはいえ、近付くのは怖い。どんな奥の手が隠れているか分からないからね。
大地崩壊は不発に終わったけれど、竜が膨大な魔力を放出するだけで凶器になる。身を守っていた力場を攻撃に転用するとも考えられる。最恐に位置する魔物なんだから、放置するのが吉、だよね。
………………う、だけど素材は惜しい。
このまま拘束しておいて、オクスタイゼン領へ対竜330mm砲の貸し出しを頼む、とかできないかな?
あー、でもそれだと、辺境伯と軍にほとんどの素材所有権を取られるかも……。
それならいっそ、私の体調が戻るのを待って新しい対竜魔法でも作る?
だけど屍鬼騒動が終わったら王都へ報告に戻らなきゃだよね。そんな暇はないかもしれない。
うーん、勿体無い……。
私が未練たらたらに竜の方を見ていると、私達を回収する為にウェルキンが高度を下げてきた。
いつまでもここにはいられない。屍鬼の対処に戻らないとだね。
「スカーレット様」
後ろ髪引かれる私へ、サンさんの声がかかる。
見ると、いつの間にやら喜び合うのを終えた冒険者の皆さんが整列していた。
「我々を助けてくださったのはスカーレット様、ですよね? それに恐らく、竜の咆哮を止められたのも……」
「……」
困った事に、私はその質問についての答えを持ち合わせていない。
掌握魔法の詳細は説明できないし、かといって否定しても意味がない。彼等が死に瀕していた事実は消えないからね。
結局、曖昧に笑う事で応えた。
「ありがとうございました。このご恩は必ずお返しします」
「「「ありがとうございました!」」」
サンさんのお礼に合わせて、みんな一斉に頭を下げる。
とても居心地が悪い。
この国で貴族が誰かを助けるって行為は、こういう事になる。
回復薬を配るのとは訳が違う。身分的に上位者の手ずからの施しは、受けた側に大きな負債を負わせてしまう。
「気にしないでください。今回の一件で、嫌と言うほど皆さんには助けられています。……それに、すぐにでも皆さんの手を借りなくてはいけません」
「あー――!」
私は南、ワーフェル山を改めて見る。
タイミングの悪い事に、竜屍鬼が私の掌握領域を出たのが分かった。その先には私達のベースキャンプがある。
あっちの竜については私達が対処するって見栄は張っていないけど、防衛壁に展開する部隊では物量的にも装備的にも足りていない。私達が何とかしないと被害が広がるだけだよね。
「……お任せください。何なら、今度は我々だけでも対処して見せますよ。一度は竜を拘束する過程を見せていただきましたから」
「頼もしいですね。次は、上から降らせるのは注意を引く為の土魔法だけに留めて、スライムで狙うのは地上に伏せた部隊だけの方が良いかもしれません。万が一、また咆哮のような手段が竜屍鬼にもあった場合、落下の危険を減らせますから」
竜屍鬼が現れた際、大気が震えた。
あれが大地崩壊の片鱗だった可能性はある。生前の名残りなのか、屍鬼となった今でも使えるのかは分からないけれど、安全策を取った方が良いに決まっている。
「助言、感謝します。そもそもスカーレット様は指揮官なのですから、我々の後ろにドンと構えていてください」
「……ありがとう、今度はそうさせていただきますね」
「ええ、次は我々が活躍して見せます。―――お前等、やるぞ!!」
「「「応!」」」
「スカーレット様に負んぶに抱っこで竜殺しなんて名乗る恰好の悪い真似、許されないからな! 魔物の討伐は冒険者の役目だ!」
「「「応!!」」」
サンさんを中心に冒険者がまとまってゆく。
元々、20人を超えるパーティーを束ねているだけあるね。
今度こそ、不測の事態が起こる事なく竜屍鬼を拘束できるといいなと思いながら、私はウェルキンの先頭車両へ乗った。
で、そこまでが限界だった。
「お嬢様!?」
フランが血相を変えて駆け寄ってくる。
扉を閉めると同時に私が倒れたんだから無理もない。
サンさん達の前で強がるのが精一杯だった。実のところは立っているのも辛い。魔力的にも、体力的にも無理をし過ぎた。
彼等に任せるとか、お願いしますとか言う以前に、もう他に選択肢が残っていなかった。ポンコツになった私は、もう戦力として数えられない。
「……追加の掌握魔法に加えて、サンさん達の回復、力場の無効化、流石に無茶だったよ」
大地崩壊を抑えるのにも大量の魔力が要ったしね。
「お願いですからお嬢様、これ以上向こう見ずな真似をしないでください。お嬢様に何かあったらと思うと……」
「ごめん。でも本当に限界だから、しばらくは後ろでじっとしてるよ」
誰かが死ぬかもしれないのは怖い。
だからと言って、私が代わりに犠牲になるって訳にもいかない。それは分かってる。
私は侯爵令嬢だから、帝国の関与が疑われるこの事件で私が死ぬと、大事になる。戦争への流れを確定させてしまうからね。
だから、これでもギリギリのところで自分を押し留めてきた。万が一の無いよう、身の安全は見極めていた。
死にそうになってるサンさん達を見て、ちょっと箍が外れてたかもだけど。
「とにかく急ごう。竜屍鬼が防衛壁まで到達したら、無茶は駄目とか言っていられなくなるよ」
でも竜屍鬼に対処しようと思ったら、拠点に戻って肥大化スライムの回収、魔法籠手で皆かなり魔力を使ったからポーションの搬入、落下で壊れた飛行ボードも多いからその応急処置、ひょっとすると、竜屍鬼の足止めも考えないといけないかもしれない。
……やらなきゃいけない事が多過ぎて泣けてくるね。
「キャシー、ウェルキンを拠点に急がせて。犠牲無しで竜屍鬼を止めるなら、ここから先は時間との勝負になるよ! ……キャシー?」
大地竜を止めても、まだ状況は悪い。私達がゆっくりしている時間はないって誰もが知っている筈なのに、何故かキャシーの反応が鈍い。
と言うか、窓から外を見たまま固まっている。
肥大化スライムが誤爆した、とかじゃないよね?
「キャシー、どうかしたの? 本当に時間が無いんだけど?」
「レ、レティ様! あ、あれ、あれ見てください!」
「?」
見てと言われても、今、私は動けない。
仕方がないからフランの手を借りて窓が見える位置まで向かう。非常時なのに、随分時間を無駄にしてる気がする。
「え? なんで―――?」
でも、わざわざ確認するだけの価値あるものが目に入った。
ワーフェル山の向こうから姿を現した白い車体。
ここにある筈のないもう一つの飛行列車が、確かにそこに居た。
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