レティの全力
私は、大気の振動で落ちた人達を急いで追った。
竜の恐ろしさは嫌と言うほど思い知ったけれど、それに囚われる余裕は私にはなかった。
少なくとも、身体の一部を縫い付けられて動けない竜より負傷者の方が気になった。
空中で投げ出されたのだから、ただで済む筈もない。
飛行ボードの安全装置を作動させる暇もなかった。
「サンさん! 無事ですか!?」
顔を見知った冒険者に駆け寄る。
「……あー、すいません。ヘマしたみたいです」
金剛十字のリーダーは弱々しく笑って言った。
ひと目見て、酷い状態だった。
両脚は明後日の方を向いて、背中かお腹を強くぶつけたのか、口からは大量の血が溢れている。目は薄く開いているけれど、光を拾っているかどうかは怪しい。
「竜に挑んで金剛十字の名を上げる……そんなつもりが、とんだドジを踏みました」
違う。
間違えたのは私だ。
大地竜に挑むべきじゃなかった。
冒険者を巻き込むべきじゃなかった。
拘束する手段ができたからって、慢心なんてしちゃいけなかった。
竜の攻撃に対する備えもするべきだった。
全て、私の見積もりが甘過ぎた―――!
「……スカーレット様、他の連中をお願いします。もしかしたら、運良く怪我の軽い奴もいるかもしれません……。タクローなんて、まだ若いんです。どうか、どうか助けてやってください。お願いします―――どうか、どうか……!」
自分はもう助かりそうにないから、そう含ませるサンさんに泣きそうになる。
お前のせいだ。
アンタの失敗でこんな事になったんだ―――
そう責めても良い筈なのに、彼は仲間の無事だけを祈ってた。
嫌だ。
嫌だ。
こんな死に方、させちゃいけない。
助けなきゃ。
今なら、まだ助けられるかもしれない。
今の私は、魔法が使えるんだから―――
今度は絶対に死なせない!
「あああああああああああああああああああっ!!!」
私は迷わず掌握魔法を使った。
脳みそを雑巾みたいに絞ったのかってくらい激痛が私を襲ったけれど、今はまるで気にならない。
私は掌握範囲全ての癒しを願う。
お願い、生きて。
私なんかのせいで死なないで!
掌握した領域で、私のイメージは全て魔法として働く。私の魔力が続く限り、私の願いを現実にできる。
そしてダーハック山の周囲はモヤモヤさんで溢れている。たった今、大地竜が膨大な魔力を放出したばかりなのもあって、モヤモヤさんの補給に不自由はしない。
助かって。
助かって。
お願いだから、助かって。
できる限りの魔力を注ぎ込む。
本来は不可能とされている回復魔法の広域行使。それを魔力量任せで実現する。
屍鬼の氾濫でもう何人も犠牲になった。
グリットさんだって、私は助けられなかった。
それでも―――
私の見ている前では、もう誰一人だって死なせない!!!
「……これは、奇跡……か?」
瀕死だったサンさんが起き上がる。
竜の咆哮で瓦礫の山に化けた周囲で、1人、また1人と立ち上がっていく。
「あれ? オレ、死んだ筈じゃ……?」
「さっきまで光の階段を上って……そうだ、死んだ母さんが迎えに来たと思ったが……?」
「痛みが……消えて、ん? あの世にしては酷い場所だな?」
「俺、高いところから王都を見下ろして……夢?」
「お前、高いのは苦手だって震えてたもんな。必死で俺にしがみついて……うん?」
かなり危ない状態の人が多かったみたい。
この世界では死後、天から迎えの階段が伸びて魂はそれを昇ると言う。
と言うか、臨死体験がリンクしてる人がいるんだけど、それってマジのやつ? 宗教上の迷信とかお伽話で語られるだけじゃないの?
転生した不思議例もいるから、今更かもだけど。
幸い、起き上がらない人はいない。
いくら強力な回復魔法でも、死んだ人は戻らない。
何とか間に合ったかな。
それなら無理した甲斐もある。
『Grurururu……』
安心で弛みかけた気持ちが、竜の唸り声で我に返る。
危機はまだ脱していない。
2頭の竜は、明らかに私を睨んでいた。
掌握魔法で大量の魔力を使った事で、明確に私を脅威と認識したみたい。
成程、知能が高いだけはある。
何しろ、サンさん達を助ける為に使った魔力は大地崩壊にも劣らない。使った端からモヤモヤさんを補給できる以上、今の私は魔力に限りがないともいえる。疲労と負担の蓄積を考えなければ、だけど。
同時に少し反省した。
肥大化スライムの第一投が躱されたのは、私のせいかもしれない。ウェルキンが接近する時点で私を警戒してたなら、私の投擲だからこそ回避を選択したとも考えられる。
役割分担を間違えたかもね。
でも逆に言うなら、私は囮として機能するって事でもある。
それならと、私自身を最大限に利用する。
私は大地竜に向かって駆けた。加えて、大地崩壊で山積した岩塊を手当たり次第に拾って投げる。
できるなら肥大化スライムを投げつけたいところだったのに、私が持ってきた分はサンさん達のところへ降下する際に放り投げてしまった。慌てていたから、せめて竜へ投げるって考えにも至らなかった。
そこまで冷静さを欠いた自分を少し恥じる。ま、皆を助けられたからこその結果論だけどね。
指示した訳じゃないけど、サンさん達落下した冒険者も私に倣った。竜に近付く危険は侵さないまま、砕けた岩片を次々投げる。
脇腹を、背中を動かせない竜は躱せないと分かったのか、その身を小さく丸めた。
躰を縮めて岩石を凌ぐ―――のではなく、途端に投石は竜に届かなくなった。
やっぱり。
クランプルドレイクを知っているから、何かしらの力場を作れるのではと警戒してた。
案の定、竜へ向かう筈の岩石は、その手前で砕けて塵になってしまう。マルの反作用力場とは違うみたいだけど、防御に長けた何かだと思う。
これを知らずに残ったスライムを投げていたら、その全てが無駄になった可能性が高い。
それに、受け身になるだけとも思えない。
竜の双眸はギラギラと輝いている。
きっと、その内には魔力を蓄えているに違いない。
『全員、防御態勢! さっきの咆哮が来ます!』
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA―――!!!』
私達が備える時間を与えない為か、私が指示を叫ぶのと竜の咆哮は同時だった。
誰もが、さっきの衝撃の再来に身を竦ませる。
けれど、実際に起こったのは大音量が響き渡っただけだった。
私だけはこの状況を不思議に思わない。むしろ、想定通り。
現在、この周辺は私の魔力で満ちている。物理的な衝撃や、体内の魔力で力場を作るならともかく、周囲の自然に魔力で干渉する事はできない。
念の為に警戒は促したけど、大気に振動を及ばせたのも魔力的な作用だったみたいだね。
『Gru……?』
竜が困惑した様子を見せる。
何が起こったのか察せられる筈もないし、考える時間も与えない。
『投擲部隊、残ったスライムを全て投下してください! ここで決着を付けます!』
竜に他の切り札がないとも限らない。
だから私はこの隙を待っていた。
急な私の指示に戸惑いもあったと思うけど、ウェルキンからスライムが投げられるのは早かった。
それに合わせて、私は魔力を集中させる。
スライムを受ければどうなるかは、既に身をもって知った。
当然、大地竜は力場で身を守るに決まってる。
「そうは、させないっ―――!!!」
私はありったけの魔力を竜へぶつける。
魔法の無効化。
力場の分解。
クランプルドレイクに向けて何度も使った魔法が竜の防御を剥ぎ取った。
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