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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
魔物氾濫編

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肥大化スライムの使い方

 論理は奇跡に及ばない。


 どれだけ筋道を立てて組み立てたとしても、たった一つの奇跡で定説が覆される事もあるって、この世界の古事だね。

 前世的には百聞は一見に如かず、みたいな意味で使われる。


 要するに、私がスライムを使って何をするのか長々と説明するよりも、検証実験に付き合ってもらおうって訳だね。


 何しろ、重量物を投げるならスライムでなくてもいいのでは? とか、柔らかいスライムは討伐の武器として向いていないのでは? とか、そのスライムを屍鬼(グール)化されないか? とか、非常時に遊んでいる場合なのかとか、明後日の意見をいろいろ貰ったからね。


 被験者はオキシム中佐。


 彼が一番不満そうだったから、とかではなく、研究職寄りだけど軍属だけあってしっかり鍛えてあるのが理由になった。

 私の目論見はスライムを使った竜の拘束。

 だから力尽くで何とかできるものではないって証明の為には、彼がとても都合良かった。一見非力そうな私達や、ちょっと力を籠めたら腕が折れそうなネフ副塔長では検証にならない。


 ちなみに、実験には私が肥大化させたスライムじゃなくて、普通サイズの方を使う。何故って、大きなスライムの重量、数トンはあるからね。水とほぼ同じ比重のスライムは、大きくなると強化魔法無しでは持ち上がらない。こんなのを投げたら、オキシム中佐が平らになってしまう。


「じゃ、行きますよー」


 中佐から少し離れたところで私が声を掛ける。

 彼には予備知識なしでスライムを受けてもらう。


「ええ、構いません」


 返事を待ってから、私は最初の1つを投げた。

 怪我をさせる意図はないからスライムは山なりで飛ぶ。


 身体に纏わりつくのを嫌って、オキシム中佐はゆっくり向かってくるスライムを右手で弾いた。


 ―――ベシャリ。


「……」


 中佐が思うよりスライムの粘度が低かった為、その右手にベッタリ張り付く。ついでに中佐の顔が不快そうに歪んだ。


 私的には想定通りだけどね。

 検証実験に使うスライムも含めて、少し緩めに調整してある。この為に、魔力過多スライムは水じゃなくて魔漿液に浸けた訳だし。


 実験だからって、私は手心を加えない。

 嫌そうな中佐は無視して、2個目、3個目のスライムを次々投げつける。


 スライム塗れにはなりたくないと、今度の中佐は避ける事を選択した。私が緩く放るだけのスライムだから、躱すのも訳はない。当然の判断だと思う。


 ―――1個目の時点だったら、ね。残念ながらその決断はもう遅い。


「……!!!」


 中佐以外には何が起こったのか分からなかっただろうけれど、結局、中佐は棒立ちになって全てのスライムを受けた。顔、胸、左足が、赤、青、オレンジと、なかなかカラフルな仕上がりになったね。


 けれど、そんなみじめな状態もあっという間に終わる。

 中佐が情けない顔になったと思ったら、彼に纏わりついていたスライムはふっと消えた。


「え!? スライムは何処へ?」

「消える新種ですかな?」

「いや、そもそも中佐は何故、ボーっとスライムを受けるような真似を?」


 実験を見ていた人達から驚きの声が上がる。


 けれど被験者となった中佐は、別の驚きで悲鳴を上げた。


「う、動けません!」


「へ?」

「どういう……?」

「動けないって、そんな……え?」


 完全に動けなくなった訳じゃない。

 左手、右足、腰など、部分的にじたばたさせている。


 逆に言うとそれ以外は全く動かない訳だから、傍目にも異常な状況だと見て取れた。観覧者達も騒めき始める。


 異常はオキシム中佐に起きてるけれど、彼は答えを持っていない。しばらく注目を集めた後、ネフ副塔長の視線が私を向いた。


「スカーレット様、説明していただけますか?」

「ええ、……と言ってもご覧の通りです。右手、顔、胸、左足、スライムの当たった箇所が動かせなくなっています」

「……なるほど?」


 オキシム中佐はそうだ、と頷こうとしてるみたいだけど、顔が固定されているので首を振るわせる事しかできていない。


 碌に体勢を変えられなくて大変だとは思うけど、見本としてもう少しそのままいてもらおう。


「中佐は最初にスライムを右手で受けました。その為、私が次を投げる頃にはその右手が動かせなくなっていた筈です。そのせいで残りのスライムを無防備に受けた訳です」

「動かせなくなる……あ! まさか、これは空間の固定化ですかな?」


 スライムを払ったせいでおかしな体勢のまま固まっている右手に気付いたからか、副塔長が原理に辿り着いた。


「はい。先程、330mm砲を当てる為に“竜を縫い止める”との発言から思い付きました。基盤としたスライムに接触した状態で魔法を発動させれば、その部分が一緒に空中で固まります」


 スライム壁を作る工兵部隊に私が同行したのも、これが理由だった。

 慣れないうちは、発動時点で固定化に巻き込まれる事故が発生したからね。引き剥がすには、素材となったスライムの魔力が尽きるのを待つか、私が無効化魔法を使うしかない。


「いや、待ってください。固定化の発動には、ある程度の魔力が必要だったのではありませんか? 防衛壁の構築では、積み上げたスライムに術師が魔力を籠めていた筈です」

「ええ、そうですね。ただしこのスライムは、あらかじめ普通の個体より魔力が多めに籠めてあります。ですから、代謝で生じた魔素と接触するだけで、スライム自体が起動に必要な魔力を生むのです」

「そこまで考えておられたとは……。なるほど、屍鬼(グール)化した竜に近付かなくとも、魔道具が起動できるのですな。それで、投げつける、と」


 私しか分からない事だけど、魔素濃度の高い辺境では、モヤモヤさんの代謝も多くなる。単純に接触機会が増す訳だから、排出分も自然と増える。私みたいにラバースーツ魔法を常時発動させない限りは、大量のモヤモヤさんに塗れた状態になっている。その分、スライムも纏わりつきやすい。


 問題があるとすると、ダンジョン領域内、魔導変換器起動範囲では使えないって事かな。竜屍鬼(グール)を誘き出す必要がある。


「空間の固定化は物理的な破壊はできません。竜がいくら強靭であっても、確実に動きを止められます」


 私の状態が万全なら、収穫祭の時みたいに空間固定化の壁で覆うって方法もあったけど、今は動く巨竜を確実に捉えるのは辛い。


「この方法なら、この方法なら少しでも当たれば動きを阻害できますね。さっきのオキシム中佐のように、次の狙いも付けやすくなります」

「うん。それに相手は痛覚のない屍鬼(グール)だから、小さなスライムだと固定化した箇所を引き千切る可能性もあるけど、これだけ大きければそれも難しいと思う。無理に引き剥がしたとしても、その後は真面に動けないだろうし」


 加えて、動きを止められれば討伐も容易い。

 何しろ、大地竜(アースドラゴン)の魔石は胸元に露出してるからね。剥き出しの弱点を安全に狙えるなら、魔法籠手でダメージを蓄積させる事もできる。


 最強種の竜を、最下級の魔物(スライム)で攻略するよ!




「あの……、概要は分かりましたから、そろそろ助けてもらえませんか?」


 さあ、作業に移ろうってところで、オキシム中佐が懇願してきた。

 おかしな体勢で辛くなってきたのか、その声は割と情けない。


 頭重いし、これから肥大化スライムを量産しなきゃだから、魔力切れまで放っておいたら駄目かな?

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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