竜屍鬼対策会議
ベースキャンプは騒然としていた。
兵のほとんどは防衛に回っているから、ここに居るのは開発部の面々と魔塔をはじめとした実験協力者、そして撤退した後情報収集に来た飛行ボード隊員となる。特級回復薬が豊富なので負傷者が運び込まれる事もない。
それでこれだけ大騒ぎなら、竜が下りてくるかもしれない山裾に展開した部隊は更に酷いと予想できる。
「飛行ボード隊は各部隊に伝令をお願いします。竜は私達が対処します! 決して山から下りさせません! ですから皆さんは、引き続き屍鬼からの防衛に集中してください」
責任者の弱音は全体へ感染する。士気を下げる真似は許されない。
だから私は胸を張って告げる。
「屍鬼の発生は予測できませんでしたが、竜が生息する山の近隣で実験を行うのですから、その来襲を望んでいた訳ではありませんが想定内です。準備の間、被害を避ける為一時的な避難は促しましたけれど、竜型屍鬼は必ず私達が撃退して見せます!」
あえて強い言葉で、大丈夫ですと念を押す。
勿論、空手形だけども。
私の宣言を鵜吞みにした訳ではないかもだけど、飛行部隊は混乱を治める為にそれぞれへ散って行った。
それを確認した私は、マーシャ達とオキシム中佐、協力者の代表達と向き合う。
キャシーはウェルキンで冒険者の回収に行っているみたい。
「さて、これで後には退けなくなりましたよ。どうしましょう?」
あ、やっぱり―――と分かっていた様子の身内と、青くなったオキシム中佐、ネフ副塔長達との対比が酷い。
「ちょ!? ま、まさか、彼等に伝達させたのは噓ですか!?」
特にオキシム中佐の驚きは悲鳴に近い。
「そうする他ないと言うだけです。前線が混乱して防衛が破られれば、被害が広がります。周辺への屍鬼拡散を止める手段を失う訳にはいきません。屍鬼を押し留めるので精一杯の彼等に、竜に怯えている余裕は無いのです」
「なぁ!?」
協力を仰ぐとしても、精鋭を選抜して情報を閉じた状態じゃないとね。
頭を抱える中佐は放っておいて、私は話を進める。
「スケルトン型ですから火属性の効果が薄い事に加えて、竜は魔法全般に強い耐性を持っていた筈です。屍鬼化でそれが多少弱まったとしても、光属性でも特効は望めないかもしれません」
「……十分に考えられますな」
「他の、他の屍鬼のように、光属性液がかかった箇所から溶け落ちる、とはいかないと思います。他の方法を考えないといけませんね」
「うむ、それに水鉄砲で竜の相手をするには射程の問題もありますからな」
マーシャの発言で初めて知ったけど、あの液体ってそんな効き目をもたらしてたんだね。
即席だったし、現場を見るどころじゃないから知らなかったよ。
ゾンビ映画そのままで、見なくて良かった気もするけれど。
そして水鉄砲についてはキャシーが射程を伸ばす為に頑張ってくれたものの、竜屍鬼からすると一歩で詰められる距離でしかない。
肉薄するのと大差ないかも。
「オキシム中佐、王国軍による過去の竜討伐ではどんな武装が用いられたのですかな? まさか、伝説の勇者パーティーのように聖剣と言う訳ではないのでしょう?」
「……貫通術式を極限まで付与した特殊弾です。特に大地竜は物理耐性にも秀で、骨は神の金属に近いとすら言われています。術式を刻まない砲弾では130mmでも鱗すら通りません。軍では数十年に一度の対竜戦に備えて、330mm砲を2門、保有しています」
立ち直った中佐がネフ副塔長の質問に答える。
でも竜屍鬼の対策としては現実的じゃないね。
付与は私が何とでもするけど、質量はどうにもならない。勿論、330mmなんて戦艦の主砲みたいな大口径、すぐに用意できる訳もない。
「ちなみに、その砲門は今何処に?」
「……両方ともオクスタイゼン辺境伯領に配備されています。他での竜災害の際は、特殊車両で現地まで運ぶ事になっていますので」
あー、それは仕方ない。
リデュース、パリメーゼ両辺境伯領の備えは主に帝国に対して、オクスタイゼン領では対魔物を想定して軍備が整えられている。辺境伯領と呼ばれていても、立地的に役割が違う。
オクスタイゼン領での竜災害は有名だからね。歴史上のほとんどが集中してる。それだけ竜の生息地も多い。
例外のダーハック山は人里から離れている事もあって、竜被害は数百年遡らないと例がない。隣接領地でもあるし、共同保有であるのも理解できるかな。使う予定がないまま所有するには、維持費が天文学過ぎるからね。
移動に10日以上必要だけど。
そう言えば、オクスタイゼン-リデュース間を線路で繋ぐ計画があったね。列車砲として運用する目的だったのかもしれない。
この世界で魔物領域に線路を通しても、状態維持が現実的じゃないから気にしてなかったよ。竜とまみえてから思い出してもどうにもならないね。
ウェルキンなら移動を大幅短縮できるとしても、多分手続きに時間がかかる。そして私はその権限を持っていない。
他の検討がどうにもならなかった時の手段だね。
「竜の骨を砕くのにそれだけの威力が必要なら、高々度から質量物を落とすのはどうでしょう?」
ノーラの案は、高度次第でかなりの破壊力が望める。
「でも当てるのは難しくない? 竜もじっとしている訳じゃないし、あの巨体で結構素早いよ?」
「中佐、330mm砲もそう命中精度が高いものではありませんけれど、どういった方法で補っているのでしょう? 竜はあれで知能の高い魔物です。至近距離から狙える訳ではありませんわよね?」
分からないなら聞いてみる。
オキシム中佐はノーラの質問に困った様子で固まった。
「……その方法が何より難所のようです。罠で動きを止める。地属性や水属性の魔法で足を縫い止める。時には接近した部隊が捕食される隙を狙った事もあったようです」
「……」
中佐が口籠った理由は痛いほど分かった。
それでも、竜が町や村で暴れた場合に比べれば被害は最小限なんだろうね。
「その方法、今回は使えませんね。参考とするなら、罠だけでしょう」
「しかしスカーレット様、防衛線へ下りられるくらいなら、非情な決断もしなければなりません」
心情的には嫌だけど、その非情さを理解はできる。
だけど、今は私も感情で否定している訳じゃない。
「ワーフェル山がダンジョン化している事を忘れないでください。運良く竜屍鬼を倒せても、領域内で再生する可能性が高いのですよ? 運に頼ったり犠牲を前提にするべきではありません」
「そうでした。ごめんなさい、スカーレット様」
凄く申し訳そうなノーラには、意見は意見として発言しただけだから、気にする必要はないってあとで教えないとかな。検討に無駄なんてないしね。
何より、私が良い事を思いつく切っ掛けになった。
要するに、動けなくすればいいんだよね。無力化できるなら更にいい。討伐を考える必要もなかった。
むしろ、討伐しないで放置した方が再生に悩まされる事もないし、竜なんて大物を生んだ分、ダンジョンは魔力的に弱体化してる。
魔法に制限がかかっても、それで私の価値が消える訳じゃない。小賢しく回す頭が私の武器だって証明してみせるよ。
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