レティの苛立ち
危機的状況であってもお腹は減る。
身体に無理を課すなら、むしろ栄養の補給は必須だよね。
分かっている筈なのに、気が付くと日が陰っていた。朝は情報収集しながら用意してもらったけど、お昼を食べた覚えはない。
フランに睨まれるまでもなく反省したよ。
今、私が倒れると部隊が崩壊する。指揮や大型屍鬼の討伐は代わりが利いても、研究室や魔塔、魔道具で支援する人達と軍を繋いでいるのは私になる。魔法籠手をはじめとして魔道具が戦線を支えている以上、使用者と整備側が連携しないと防備がもたない。
先は長いんだから、適度に休まないとだよね。
そんな訳で、夕食は情報交換も兼ねてベースキャンプで摂る事にした。
キャシーには作業で手が離せないからと振られてしまったけれど、半日ぶりに身内と食卓を囲む。
「……侘しいですね」
ノーラがそんな感想を抱くのも仕方ない。
昨日までの温かい食事は消えて、手軽さと保存、栄養補給を主とした糧食が並ぶ。朝の時点で、残っていた食材は全て保存食に加工するよう指示を出した。長期戦を覚悟する必要があるし、煮炊きする余裕は無い。ウェルキンで補給は確保できるけど、ウェルキン自体を他にも使っているから街を何度も往復させていられない。そもそも、料理人達は全員リデュース領都へ避難させたしね。
「ゆっくり食べてる時間もないから仕方ないよ。これでも、できるだけ保存食の味を良くしようと頑張ってくれた方じゃないかな」
「その、その気持ちがありがたいですね。中には残って戦うと言ってくれた人もいました」
17年前の従軍経験があるからと残る意思を見せた人もいたけれど、その厚意には甘えられなかった。兵士は民間人を守るのが、貴族達は使用人の安全を確保するのが義務だからね。共に戦うと契約し直した冒険者や、有事には国の為に貢献すべしと定められた魔塔研究員とは前提が違う。
「キャシーは武器を作ってるんだって?」
「ええ。少しでも、少しでも屍鬼に効果のある武器を作るそうです」
「そっか。素材も限られる中で考えがあるなら任せようか」
既に作ってるって事は、それだけ効果が見込めたからだと思う。詳細は聞いていないけど、キャシーが青写真を描けているなら信じていい。
「私の、私の方は浄化の飲み薬を試しています。もし効果があるなら、噛まれてすぐの屍鬼化は防げるかもしれません」
「現状、一番被害が多いのが屍鬼化だから、対策があると助かるよ」
「なるほど、光属性の魔石は無くても魔漿液に付与するだけなら対応した術師が居れば作れるのですわね」
「その代わり、その代わり手作業になりますから用意できる数は限られます。それに、試用実験もできていません。もしかすると異なる属性を飲用する事で深刻な損傷を受ける可能性がありますが、屍鬼化を試す訳にもいきませんから……」
「うん、それでも完成した分はウェルキンに積んでおいて。そういった注意事項を周知した上で使ってもらおう」
ダメージの量によっては浄化薬がとどめになるかもだけど、噛まれてしまえば屍鬼に堕ちる事は阻めない。その状況ならもしかしてって希望に縋ると思う。
勿論、使うかどうかはあくまで任意。
飲まないって選択肢は残しておくけど。
「申し訳ありません。わたくしの捜索は進展がありません」
「範囲が広過ぎるから仕方ないよ。おまけに、投石で飛行を妨害する屍鬼が現れたんだよね」
「はい。飛んでいるわたくし達を牽制すると言う事は、近付いてほしくない何かがあるのかもしれません」
「うん、でも無理はしないようにね。状況次第だけど、リグレス大佐の派遣を検討するよ。あの人なら屍鬼の射程外から討伐できるだろうから」
ただあの人、飛行ボードの試乗経験が無いんだよね。
今から身に着けさせるのと、2人乗りに改造するの、どっちが早いかな?
キャシーに相談したいなって思っていると、私達の傍に飛行ボードが降り立った。
食事中であっても、報告の受付は止められない。
「ハウベ地方の南東、ディタール村をはじめとしたいくつかに避難勧告を出しましたが、説得に難航しています。かなりの人数が避難を受け入れません」
突破を許すつもりはないけれど、屍鬼が迫っている以上、先行して勧告を出した。屍鬼の足は遅いので、今から移動してもらえれば追い付かれる危険は低いと思ってた。
命令でなく勧告に留めたのは、私が部外者だったから。非常時であっても私の権限ではここまでが限界だった。
「仕方ありません。私が辺境伯に書状を用意しますから、明日の朝一番で領都へ飛んでもらえますか?」
「はい!」
困った事に辺境伯は王都にいた。
無理を通せるだけの代理が居ればいいけど。
「俺達が必死に戦ってるってのに逃げるのは嫌、かよ」
「飛行ボードだって余ってる訳じゃないんだ。無理を押して使者を立てたっていうのにいい気なもんだな」
「命より財産が大事って言うならほっときゃいいんじゃねえの? こんな田舎の家や畑なんて知れてるだろうに」
どんな内容にすれば辺境伯領の人間を説得できるだろうって考えながら硬いパンを水で押し込んでいると、そんな会話が聞こえた。
この言いようからすると、オブ……なんちゃらの人だろうね。
口先だけで何かを成し遂げようって気概はない。
そういう連中だと知っているから陰口くらいは気にしない―――筈だったんだけど、この時の私は聞き流せなかった。
「事情を知ろうともせず、勝手な事を言いますね」
「げ、スカーレット様……」
聞き咎められるとは思ってなかったのか、彼等は顔を青くしたけどもう遅い。
「辺境に長年住むからこその愛着が分かりませんか? 村を屍鬼に蹂躙されれば何も残らないかもしれない。街で新しく人間関係を構築するのは難しい理由があるかもしれません。村以外で生きられないから、魔物に襲われて死ぬのも仕方ない。その覚悟が想像できませんか?」
「……」
「伝令1つで全てを捨てろと言われて納得できますか? 貴方達はこれまで兵士として積み重ねてきた時間を否定されて、明日から農民になれと一方的に言われて受け入れられますか?」
「……」
「貴方達兵士は戦うのが仕事です。命を賭ける意思を尊いとも思っています。ですが、守られている側を見下す様子は不愉快です。人々の命も生活も、全て守るのが兵士の本分ではありませんか?」
「「も、申し訳ありませんでしたー!」」
突然私に叱られた兵士2人は頭を深く下げると、大慌てで逃げて行った。見たところ一般兵卒、貴族に噛み付かれて、かなり怖い思いをしたと思う。
その後ろ姿を見ながら気が付いた。
これ、私の八つ当たりだ。
不快に思った事は確かだけれど、個人的な苛立ちを彼等にぶつけてしまった。
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