綻びゆく防衛線
結局、ダンジョンの脅威度が徐々に上がっている件については、伏せておく事にした。
知らせたからって打つ手がある訳じゃないしね。
魔法籠手の乱用が後々大変な事態を呼ぶとしても、今の犠牲を許容するなんて私にはできない。時々耳にする死亡報告だって胸が痛いんだから。
「屍鬼の数が多過ぎます! 第15小隊、撤退します」
「投石で飛行ボードを妨害する屍鬼が現れました。ワーフェル山北東部の探索が進みません!」
「応援に来た辺境方面軍の装備では屍鬼に有効な攻撃ができません! 工兵部隊との合流を提案します」
「森にトレント種の屍鬼が紛れています。高度を下げる際は警戒するよう、偵察部隊へ通達してください」
それに、こうして次々と状況が悪化している訳だから、これ以上混乱の種は要らないよね。
魔導変換器をダンジョン化した領域に沿って設置する事にしたけれど、そう言った事情でこれが何の為かは説明できない。
で、私が設置して回る羽目になった。
勿論、私が暇って訳じゃない。むしろ誰より忙しいかも。
でも部隊の指揮はキリト隊長を頼ればいいし、どの道高位屍鬼討伐の為に飛び回らないといけない訳だしね。
本来なら指揮の代理はリグレス大佐が執るべきなんだろうけど、とても任せようとは思えない。何より、あの人は前線でこそ輝くタイプだからね。
「フラン、次の設置場所へ先行して。私は屍鬼を蹴散らした後で追うから」
「はい!」
ウェルキンでの移動中、鬱蒼とした茂みの中に面倒な個体を見つけた。
大食い蛇、亜竜にも匹敵するサイズのあらゆるものを飲み込む大蛇がハウベ方面へ向かっている。巨体の割に岩陰に沿って這う事が多いと聞くから、ウェルキンで俯瞰してなければ防衛部隊への奇襲を許したかもしれない。
逆に不意を突く事になった私は上空から頭部を狙い、その中にある魔石を魔弾魔法で砕いた。
ダンジョン領域外にいるなら魔法を出し惜しむ必要もない。
その後、別の屍鬼が潜んでいないか十分に調べてから、先を往ったウェルキンを追った。
「お疲れ様です、お嬢様。討伐も手慣れてきましたね」
「屍鬼化しても魔石の位置は変わらないからね。こんな時の為じゃないけど、魔物の生態については頭に入っているし、種類の判別さえできれば応用が利くよね」
合流した私達は、設置作業の手は止めずに言葉を交わす。
「強力な魔物が増えてきましたね。このまま持ち堪えられるでしょうか?」
「今のところ、130mm砲が通じない魔物は出てこないから大丈夫だと思うよ。傷を負わせて魔法が通りやすい状態に持ち込んでくれているから、弾薬も節約できてるし」
「現時点では、ですよね。これから更に屍鬼が強力になる事を想定する必要があるのではありませんか?」
今の設置作業がほとんど無意味って事になるけど、可能性は否定できない。
「今ある素材で、魔法籠手の光属性用の基盤をマーシャが用意してくれてるけどね。それで足りるかとなると、少し厳しいかも」
「お嬢様が魔石を作る訳にはいかないのですか?」
「品質が高過ぎるからね。封印遺跡にあった素材が使えるならともかく、今ある分だと魔導線がもたないよ」
私のビー玉は何故か品質を下げられない。王都で見た魔導変換炉が竜の魔石を前提に作られていたみたいに、魔道具の素材と魔石の質は合わせないと期待する性能を発揮しない。最悪、魔力が臨界して爆発する危険もある。
フランがこうして思い付きを口にするのは、私の思考を刺激する為だと、私の方からお願いした。
何が切っ掛けで閃きに繋がるか分からないからね。
「あ、でも、あえて爆弾として使うって方法があるかも。光属性で作れば効果は高いし、飛行ボードで落とすだけなら威力が大きくても危なくないし」
こんな思い付きが思ってもみない成果を呼ぶ事だってある。それに、知らない内に視野が狭窄しているのも怖い。
「これ以上状況が悪くなるなら、素材が勿体ないなどと言っていられませんものね」
「そうは言っても、実際に使うのはもっと後になってからかな。他の魔道具を思いついた時に素材が足りないんじゃ本末転倒だし、あれを作ると魔力消費が大きいから私が動けなくなるよ」
「消費した分の魔素は、近くの山々から補給できるのではないですか? ダンジョンがワーフェル山の魔素を吸い尽くして、回復薬やポーション作成に魔導変換器を稼働させても、あたりから全ての魔素が消えている訳ではありませんよね?」
「魔力的には十分でも、それを扱うのは私って蛇口が1つだけだからね。魔石を作るのは大規模魔法を使うのに相当する。連続で作ると疲労が蓄積するから」
「あ」
この場合、回復薬は頼れない。
呪詛の影響を強く受けたノーラが休憩を必要とするのと同じで、精神的な負担には効果が無い。他にも、睡眠不足や空腹は補えないと判明している。
フランには、王都の大火の時も頭が痛かったと話してある。掌握魔法に大量のスライムへの付与、魔法の連続使用は精神的に摩耗する。頭痛って身体異常があっても、回復薬で軽減はできなかった。
そうこう話している間に作業が終わり、私達は再びウェルキンへ乗り込む。口は動かしても、手と足を止める余裕は無い。
「ま、魔石爆弾は最後の手段に置いとこう」
その時は私が無茶するって事でもあるけれど、フランは止める言葉を吐かなかった。
誰かの命がかかっているなら、私は決して止まらないと分かってくれてる。
ごめんね。
私は心の中だけで謝っておく。
そして、多分、その時はだんだん近づいているんだろうと思っていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




