王都到着
王都編開始です。
王都ー!
叫び出したい気持ちを抑えて橋を渡ります。
ヴァンデル王国の首都ワールスは北方に大河を構え、南西にその支流河川、東を海によって囲まれている。古くは河川を利用した国内の流通拠点として繫栄し、今でも大陸を繋ぐ海の玄関口としての機能を継続している。
嘗ては雨期の水害に悩まされる地域だったらしいけど、現在は護岸工事と、大規模魔法施設による水流制御の技術で氾濫被害から解放されたらしい。
天然の水堀が魔物被害を防ぐ事から、国内で最も安全な街としても知られている。
陸上の魔物に対しては水堀の防御が有効でも、水棲魔物の被害はあるのではと思っていたのだけれど、実際に見た王都は、聳え立つ堤防が城壁の役割を兼ねた要塞でした。
考えてみれば、増水した河の圧力の方が、散発するだけの魔物被害より深刻だよね。前世、自然災害をニュースで見るだけでポヤッと生きていられた私は、それに備える人々が絞った知恵の凄さを、今頃になって実感しました。
王都の人口は約50万人。
年々増えているらしいけど、河に護られる構造上、街を広げる事はできない。結果として、マンションのような大型の共同住宅が主な生活の場となっている。
道中、小さな町だと城壁に遮られて、遠巻きには町並みが見えない事も多かったのだけれど、王都の北、河の先に広がる農地からでも高層建築物の立ち並ぶ様が確認できて、テンションが上がったよ。新宿や港区みたいな高層ビル群ほどではないけれど、少し日本を思い出して心が躍るよ。
王都を南北に通した主要街道へ、私を乗せた車が走る。
フランは私と一緒だけれど、もう一人のメイド、ベネットは前の先行車両に乗って、検問を通る手続きをしてくれている。他にも令嬢が寮生活できるだけの荷物を載せた車が続いてる。貴族の荷物をトラックの様な貨物運搬用に載せるのは品が無いとされているらしくて、ステーションワゴンタイプが10台ばかり並ぶ。
ちょっとした大名行列気分です。もし、通行時に道路脇に跪かれたら、くるしゅーない、とか言ってしまいそうだった。
私は引っ越し用トラックの一括運搬で構わないのだけれど、周囲が許してくれません。
王都への移動に先立って、私、新しい魔法を開発しました。
異世界の定番、アイテムボックス魔法!
付与したい対象に、広がれ、広がれってイメージしながら魔力を込めると、中の空間だけがホントに広がった。無属性魔法って凄いね。
これで荷物の運搬が楽になるよねって出発直前にフランに報告したら、絶対に他の人に見せないで下さいと、笑顔で凄まれました。
笑顔の圧がだんだん上がってるよね、あの子。
現行の輸送体制の崩壊、密輸をはじめとした犯罪行為への悪用、またその疑惑で生じる冤罪等々、アイテムボックスを活用する事で生じる問題点を挙げ連ねられたら、黙るしかありませんでした。
あり物だけで作った強化魔法練習着(何故か、誰も全身タイツと呼んでくれない)があれだけ大騒ぎになった。
私としては、イメージするだけでいくらでも可能性を広げられるのが魔法だけれど、その開発は慎重に行った方がいいと思い知ったよ。
でも、私が個人的に使う分には止められなかったので、今回の移動車はくつろぎの空間が広がる特別製だよ。備え付けの座席とは別にソファとベッドを運び入れて、ゆったり過ごせました。じっとしているのに疲れたら、軽い運動だってできちゃうよ。
元々がリムジンみたいな要人専用車両だから、仕切りがあって許可なく運転席から後部座席は見えないし、窓だって魔法で透過不透過を調整できる。ドアも私達以外が開閉できないように封印したから、不思議空間を見られる心配はありません。
高速道路が整備されてる訳じゃないので、移動だけで5日もかかる。
できる限りの快適空間を用意するのは当然だよね、とフランに話したら呆れられた。なんで?
実は私、領地の外に出るのは初めてです。
普通は、社交や仕事で他領へ行く両親に連れられて、近隣に暮らす貴族に挨拶をしたり、その子供達と交流するらしいけれど、私はお父様の方針で、そういった場に顔を出す機会がなかった。
領地の視察には出かけていたし、お父様に面会に来る貴族や、お母様が主催するお茶会やパーティーに出席する奥様達と挨拶してはいたけれど、ほとんど箱入り状態だった。
で、私がそうならば、常に一緒にいたフランも外を知らない。
「お嬢様、海!あれが海ですよ!」
結果として、私と同じくらいフランもはしゃいでる。
こういう彼女、最近では珍しい。
ノースマーク領も一部海に面してはいるけれど、強力な魔物が生息する山を迂回する必要があるので、私は行った事がない。水魔法で保冷できるからお魚はお屋敷まで届くけどね。
ちなみに、車の窓はマジックミラーみたいに一方向からのみ覗けるよう調整できるし、魔法で中の空間を広げてるだけだから、景色を見るのに支障はないよ。快適な旅は風景も満喫してこそだからね。
「泳げるかな?」
「ワールスの東側は港で占められていると聞きます。海水浴となると、河の北か南側ではないでしょうか」
「しばらく滞在するんだから、是非行ってみよう!……貴族の令嬢って、人前で水着になっていいの?」
「一般の人々に交じって、と言う訳にはまいりませんが、貴族専用の保養所なら構いませんよ。そういった場所なら、殿方の出入りを制限してくれるでしょうから」
「なら、場所を調べておいて。それから、水着も買いに行こう!」
「かしこまりました。そろそろ水が冷たいかもしれませんが、夏が終わる前に一度は機会を作りましょう」
王都に来たのは学院が目的だけど、まだ開校まで少しある。
準備の時間も必要だけれど、観光ついでに海水浴くらいは良いよね。フランも反対しないみたいだし。
私達が海に浮かれている間に、車は橋の先の検問を抜け、本格的に王都に入る。
フランが目を輝かせていた海は堤防に遮られて、感じる空気が変わった。メインストリートの入り口には、商店の数々が所狭しと並んで歓迎してくれていた。
ノースマーク領都だって田舎ではないけれど、王都は規模が違う。領全体の人口と、王都のそれが同じくらいだから仕方がないね。ただし、限られたスペースに、とにかく店を詰め込んでいるみたいで、雑然とした印象があるね。
前世の日本にもこういう場所はあったから、違和感はないけど、整然としたノースマークの方が好きかな。景観を崩さない発展も、領主であるお父様の手腕の一つだしね。
王都の商店街に興味はあるけど、お嬢様が立ち入る場所じゃない。いつかお忍びで来ようと決めて、先へ進む。大名行列状態で寄り道できる筈もないしね。
日本なら、街の中心ほど高層ビルが並ぶ傾向があったけれど、ワールスの中心の高層建築物は王城と魔塔で、その周辺は貴族の屋敷が囲む。貴族の屋敷は3~5階程度の中層建築物、庭もあるので、広さはともかく高さ的に霞んでしまっている。
私が向かうのはそちら側、学院の寮があると聞いている。
しかし、商店街を抜ける前に轟音が響いた。
王都について早々に面倒事ですか?
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