屍鬼対策会議 1
「何を話し合うというのだ? 屍鬼がそこまで来ているのだぞ!? 早く我々も逃げなければ!」
屍鬼の大量発生に対してどう立ち向かうか、それを論じようって場の第一声がこれだった。
何を言ってるんだかまるで分からない。
つい先日、敵前逃亡がどうのとか言ってなかった?
一般人でも混じってたかな?
発言したのは第15小隊長、ハワード・エルグランデ少尉。ジローシア様の弟さんだね。あの人が頭を痛める様子が目に浮かぶよ。
さっき確認したところ、初動でリグレス大佐が迎撃に出た部隊に参加したようなので、屍鬼の恐ろしさをたっぷり味わったんだと思う。
ちなみに会議に招集したのは、冒険者代表として金剛十字のサンさん、魔塔の出向責任者であるネフ副塔長、開発部からオキシム中佐、遠征部隊の指揮官であるリグレス大佐、そして中隊長以上の3人だった。
私がフランを連れているように副官を伴っている人も居るものの、あまり多いと話がまとまらないから参加者を絞った。だからマーシャやノーラもここには来ていない。
つまり、エルグランデ少尉は呼んでもないのに勝手に現れて、一人で熱弁を振るってるって訳。
ま、闖入者は彼の他にも3人いるんだけどね。
勿論、全員がオブ……なんちゃら関係者。揃って身内以外の冷たい視線に気付く様子はない。
この非常時、話の合わない彼等であっても協力しなければと、大佐の連れだと思って黙認してたんだけど、既に後悔させられたよね。
「リグレス大佐、同じ派閥の貴方もそう思っているのでしょうか?」
私の冷たい声に、参加者の視線が大佐へ集中する。
返答次第では彼等抜きで屍鬼に備えないといけない。当然、軍人失格の烙印を押した上で。
「いや、儂にそんなつもりはない。この事態が深刻な国難であると認識している。全力を持って解決にあたるつもりだ」
オブ……なんちゃらの一員であっても意見は割れているのだと分かって、少し安心した。
もっとも、大佐の返答を聞いて心外そうな4人がいる訳だけど。
「一度起これば村を飲み込み、街を滅ぼし、領地に壊滅的な被害をもたらすのが魔物の氾濫です。しかも、今回はもっと酷い。屍鬼に噛まれた者は、人、魔物問わずに屍鬼となります。今回の氾濫は人里へ辿り着くまでに加速度的に増えるでしょう。更にワーフェル山がダンジョン化した為、屍鬼は際限なく湧いてくるのです。規模によっては王国の総力を挙げても手に負えないかもしれません。ここで拡大を押し留める事は必須です」
ゴクリと、誰かが唾を飲むのが分かった。
私としても言葉にしてみて改めて思う。状況はあまりに悪いよね。
兵器を揃えれば、多少屍鬼化が進行してもそれなりに対抗できるとは思っているけれど、最悪を想定しない訳にはいかない。
「それでも逃げたいならお好きにどうぞ。人手は欲しいですけど、足を引っ張る人員は要りません。除隊扱いですから装備も食料も置いて行ってくださいね。山を2つほど越えれば街道に出ますよ」
「そこまで無事行けるかどうか分からないではないか!? 我々に死ねと?」
「聞こえませんでしたか? 今は非常時なのですよ。堂々と敵前逃亡しようって人達を、軍法会議を省略して除隊で済ませようというのですから、随分甘いと思いますけど?」
実際、こうして相手にしている時間すら惜しい。
だからと言ってご機嫌取りをする気もないから言わせてもらう。
「て、敵前逃亡だと!? 違う! 魔物の相手は俺の役目じゃないだけだ!」
「以前もそんな事を言っていましたね。他には、武をもって国に尽くす? 栄えある王国軍人? 国への貢献が使命? そんな事を言っておきながら、戦う相手を選り好みするのですか? 絵空事でご自分を慰めているだけだと証明しているではありませんか」
「貴様、俺達を侮辱するのか?」
「侮辱も何も、貴方達の言い分に行動が伴っていないと言っているだけですよ。分かっていないかもしれないからと、今が明確な国の危機だと噛み砕いて説明して、それでも屍鬼を相手にするのは嫌だと言うのでしょう? 軍人の本分を放棄するのと同じではありませんか」
「ち、違う。我々は敵国と戦う専門家だ。ここは俺達の戦場ではない」
いやいや、そんな部隊は王国に存在しない。勝手に専門部隊を作らないでよ。
「いい加減にしろ、彼女の言う事は間違っていない」
あまりに見かねたのか、リグレス大佐が口を挟んだ。
味方だと思っていた大佐に諫められて、少尉達は心外そうに顔を歪める。
「そんな!? 我々にあんな気味の悪い死骸と戦えと? 魔物の相手は冒険者共に任せればいいではないですか!」
「……小規模な群れの討伐や、定期的な間引きと一緒にするな。魔物の氾濫への対処は軍が担うと決まっている」
大佐の言う通り、明確に軍の出動条件として規定されている。だから私もカロネイア将軍への報告を急いだ。
前例もある筈なのに、少尉達は初めて聞いたみたいな顔をした。
本当に自分の夢想の中だけで軍人を形作っていたんだね。
「すまない、スカーレット嬢。奴等も初めての魔物の氾濫を経験して混乱しているだけなのだ。処分を急ぐような事は避けてほしい」
「人手が必要なのは事実ですから、きちんと指示に従ってもらえるなら構いませんよ。その代わり、大佐の責任でもってしっかり監督してください」
混乱したからじゃなくて、ただ地が出ただけだと思っているけど口にしない。少なくとも、国難に立ち向かおうって大佐の意思は確かみたいだから、身内は押し付けておく。
オブ……なんちゃら内でも齟齬があるのだと思い知っただろうから、非常時だと自覚している大佐がこの後言い聞かせてくれると思う。
反発するだけの私よりは押さえつけやすいだろうからね。最悪、大佐の指示に従う状態になってくれたならいいよ。
ただし、それはそれとして明確にしておかなくてはいけない事が別にある。
「ところで大佐、ハモン・デーキン准尉は今何処に?」
「……この場には居ない。その者に何かあったのか?」
直球で名指しされるとは思っていなかったのか、一瞬言い淀んだのを見て、大佐にも心当たりがあるのだと直感する。
他の4人を問い詰めるつもりだったけど、そう言う事なら大佐に口を割ってもらわないとね。
「ええ、今回ワーフェル山がダンジョン化するよう工作したのが、彼だと思っていますから」
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